35-4.
<チュウチュウの斥候>、<ホケキョの呼び寄せ>、【誘惑のスイカズラ】に【やみつきのカノコソウ】を加え、あれこれ試した結果、ようやくネズミを誘引する魔道具を作ることに成功した。【やみつきのカノコソウ】はネズミだけでなく、ネコも好むが、ふたりが作ったものはネズミに限定して惹きつける。
ジェイクとカリスタはまだ帰って来ない。
ミオとメイは相談の結果、冒険者ギルドへ持ち込むことにした。ジェイクとカリスタが話を通していたので、ネズミ駆除に役立つアイテムを作っていると知られていたからだ。ちょうど、チロが狩った獲物の解体を依頼していたので、肉を引き取りがてら、ということもある。
ミオはレジナルドの姿を探してそわそわとギルドの中を見渡したが、ネズミ駆除の方に駆り出されているのか、冒険者の姿自体がない。
少しばかり落胆しつつ、メイの後を追って受付へ向かう。
「え、もうできたの?!」
昼前に来たときにはこれから、という話をしたのに、夕方には出来上がっているとあって、ギルドの受付職員は素っ頓狂な声を上げた。
「もともと、最後の詰めまで進めていたので」
「あ、お肉の引き取りもしたいです」
冒険者ギルドの受付はミオとメイからネズミ誘引魔道具の使い方を真剣な表情で聞いた。途中からどんどん人が増え、職員が鈴なりとなる。
「これ、量産できないかしら」
「すぐに大量には作れませんが、明日から取り掛かりましょうか?」
「お願いします!」
「もちろん、冒険者ギルドからの正式な依頼だからね」
「いっそ、指名依頼にしちゃいましょう」
「リージュ市にもミオちゃんとメイちゃんの作った魔道具で退治したって報告するわね」
まだ魔道具を使ってもいないというのに、気が早いものだ。
「ありがとうございます」
「あの、<チュウチュウの斥候>と<ホケキョの呼び寄せ>がいるんですけれど、できれば、」
ミオが礼を言う傍らで、メイが遠慮がちに、だがちゃっかりと主張する。
「分かったわ! <チュウチュウの斥候>と<ホケキョの呼び寄せ>ね!」
「大至急用意するわ。他にも入り用なものがあったら言ってちょうだい」
「でしたら、一度に大量に持ち込むのではなく、少しずつでも早めにいただけるとありがたいです」
ミオもしっかり主張する。
「そうね。ふたりで作るんですものね」
うなずくギルドの職員の後ろの方にいたもの数人がすぐに動き始める。
「今、ギルドにあるものを持ってくるわ」
「まずはそれを使ってね」
そうして、ミオとメイはネズミ誘引魔道具を作ることに追われることとなった。
その日、帰ってきたジェイクとカリスタは冒険者ギルドで事の成り行きを聞いたらしく、大いにふたりを労った。
今日もジェイクたちはずいぶんな汚れ具合だ。
ふつか続けての風呂に夕食は、と遠慮するカリスタを追い立てて入浴させる。その間、ジェイクが話す。
「その誘引する魔道具だが、作り次第、順次ギルド職員を通して冒険者たちに渡るという。まずは俺とカリスタで使ってみることになった」
ミオとメイが作ったからというのもあるが、経験豊富なふたりだからというので白羽の矢が立ったのだ。
「そこで、チロの力も借りたいんだが」
「チロちゃん?」
「ネコじゃなくて幻獣だけれど、ネズミを追いかけられるかしら」
「チロの索敵能力はすさまじいからな。しかも、素早い」
日ごろからリージュ市のあちこちを歩いているチロだから、地理は頭に入っている。身体が小さく、ネコの振りをしているだけあって、冒険者たちよりもよほどネズミが逃げ込む隙間に詳しいだろうとジェイクは言う。
だが、街中でどこで誰の目があるか分からないから、翼を使うのは禁止することが前提である。
「どう? チロちゃん、協力してくれる?」
「ネズミを罠の方に追い立てるの」
「なん!」
ミオとメイの言葉に、チロは気軽に受け入れた。
さて、翌日からはみなは大車輪で働いた。
時間の経過を忘れ、とにかく、作って作って作りまくった。あるいは、ネズミの気配を察知して、追い立てて追い立てて追い立てまくった。もしくは、捕まえて捕まえて捕まえまくった。
魔道具が方々へ行き渡るにつれて、徐々に楽になって行った。だから、予想に反して、一日で終わった。しかし、長いながい一日だった。四人と一匹にとっては一週間にも一か月にも思えるほどで、日が暮れた後、食堂で座り込んで呆然とした。
「なうん」
チロの鳴き声を、ジェイクは正確に把握した。
腹が減った、である。
ジェイクとカリスタは連れ立って出かけ、屋台で食事を買い込み、戻った。並べられた食べ物の匂いに、吸引されるようにして手が伸びる。声もなく、ただ腹を満たす。
そうして、各々、部屋に引っ込み、泥のように眠った。カリスタはさすがに帰宅しようとしたが、疲れているだろうからと部屋を宛がわれた。疲れから、その誘いを跳ね除けることができず、気を失うようにして眠ったカリスタは、眼が覚めてからさすがに気づく。ここは姉妹の祖母の部屋だったのだ。まだ生前の名残が残っている。客間と言うには個人の趣味が色濃く反映され家具が整えられている。
さて、翌朝、若さゆえかひと晩眠って元気を取り戻したミオとメイは朝食をとった後、重大発表をした。
「チロちゃん、お風呂に入ろうか」
「なうんっ?!」
「昨日は疲れすぎていてそれどころじゃなかったけれど、ずいぶん汚れているよ」
「にう」
「ああ、ネズミを追って狭いところへ入って行ったからなあ」
「にうぅぅぅぅ」
「まあ、功労者のひとりなのに、災難ではあるが、今までも身体を洗われたことはあるんだろう?」
「にゃうんっ!」
居並ぶ四人に交互に言われ、じりじりと後退っていたチロはとうとう飛び上がり、逃げ惑った。
なんとか四人がりで捕まえ、洗う。全身を濡らされ石鹸で泡立てられつつ、チロは切ない鳴き声を上げ続けた。
「なうーん、にうーん、なおーん」
がんばったのに、なんて仕打ち!というところか。
もちろん、ミオとメイはチロのがんばりに報いるべく、パウンドケーキや肉料理といったものを作った。
「なん!」
ようやく、チロは溜飲を下げるのだった。
「おじさん、カリスタさん」
濡れネズミならぬ濡れ幻獣のチロをタオルで拭いた後、水入れに水を入れて飲ませてやっているミオから離れたところで、メイが声をひそめた。
「うん?」
「あの、あのね」
どう話すべきかと悩むメイに急かすことなく、ジェイクとカリスタは待つ。
「あの絵本はおばあさまが読んでくれたのじゃないの」
メイの言う絵本というのは、今回のネズミ駆除にひと役買ったもののことだ。
「だって、眼鏡の男の人が、小さい姉さんに言っていたもの。お母さんのかわりに、君が妹に読んでやれって」
小さい姉さんというのはミオが幼い頃のことだろう。
「それが誰か分かるか?」
ジェイクの言葉にメイは首を振った。
「そうか」
それがどうだとかなにが言いたいのかは、まだメイのなかでもはっきりとはしていない。ただ、心に引っかかる。そして、ミオには言ってはいけないような気がした。なぜなのかは分からない。すべてがあやふやで、だけど、妙に気にかかる。
「そのうち、思い出すこともあるさ」
カリスタはそう言う。
「うん」
メイはうなずいた。
それが悪いものでないことを祈りつつ。
カリスタは店番に戻り、ジェイクは冒険者ギルドへ顔を出すという。
「昨日はみんな疲れ果てていたからな。残務処理があるだろう」
ネズミの残党もいることだろうし、と肩をすくめる。
「ようやく本業に戻ることができる」
カリスタはそう言いながら、慣れた工房の開ける作業を行う。
ミオはジェイクがでかける前に呼び止めた。
「あの、あのね」
今度はミオだ。
そして、話す内容も件の絵本についてだった。
「メイはお母さんから絵本を読んでもらっていないの。わたしかおばあさまが読んで聞かせたの」
ミオはメイがそれを気にしていないかどうか、気にした。
似たもの姉妹だ。そして、どちらもどちらを思いやっている。
けれど、家族の問題だ。
ジェイクはどうにも足を踏み出せないでいた。
ジェイクがそうなのだから、カリスタはなおさらだ。カリスタなどはジェイクが話を聞くのは当然として、自分が聞いても良いのかとさえ思う。
だが、ミオとメイからしてみたら、カリスタに対して、身内に近い感覚になっているようだ。それが分かり、なんだか面はゆい気分になる。
信頼は無意識の甘えを生んでいた。ふと、自分の子が無邪気に寄り掛かってくることを彷彿させる。唐突に思う。このふたりを守ろうと。そして、気づく。ジェイクもこんな気持ちなのだ。理屈ではない。無条件で守ろうという気持ちになる。
このふたりの真っすぐさを損ないたくない。伸びやかさそのままでいてほしい。その上で、どんな風に成長していくのだろうという楽しみや期待がある。
カリスタは戸惑った。
けれど、分別を持っていた。
ミオもメイも身内のような感覚を育みつつあるが、それに名前はついていないだろう。つまり、まだ明確なものになっていない。ならば、つかず離れずで見守って行こうと思う。
ジェイクに対するのとは違う、ほの甘い温かな気持ちを、そっとしまい込んだ。




