35-3.
ネズミの誘引に関する魔道具作りは難航した。
「うーん、あとひと息というところなんだけれど」
「なかなか、うまくいかないねえ」
ミオとメイはそろって腕組みして首をひねる。
「なうん」
チロが工房の戸口に顔を出して鳴き声を上げる。
「チロちゃん、お帰りなさい」
「ああ、もう昼か。お腹が空いたね」
昼食の催促に現れたチロに、ふたりは気持ちを切り替えるのにちょうど良いと工房を後にした。
「もう、いっそ、チロちゃんにネズミを取って来てほしいくらいだわ」
「いいわね。罠をあちこちにしかけておいて、チロちゃんに追い立ててもらうのね」
昼食を食べた後、食後の茶を片手に、ミオとメイはらちもないことを話し合う。
「にゃうん?」
なんのこと?か、手伝おうか?とでも言っているのか、ミオとメイを見上げる。腹がくちくなっているからか、協力的だ。
チロの口の周りにソースがべったりとついた。舌でなめとるが、おいつかない。そこでミオは布を濡らして少しばかりごしごしやった。
いやーん、とばかりに抵抗にあう。
「そう言えば、童話でネズミ捕りの話があったねえ」
メイがふと思い出す。
「ああ、あったあった」
ミオも記憶を呼び覚まされる。あれは自分がメイに絵本を読んであげたのだ。自分もまた読んでもらって、それを今度は妹に読んであげるのだよと言われたのだ。そう、あれは———。
「童話や昔話って案外、事実を盛り込んであるものね」
メイの言葉で思考が深みにはまっていこうとするのが断ち切られる。
「え、あ、そうね。なにか手がかりがあるかもしれないわね」
昔話や童話には暗号のように世界の秘密が散りばめられているのだということを、祖母からそれとなく教えられてきたのだ。
ふたりは無性に気になって絵本を探すことにした。
「どこに置いたかしら」
「こっちにはないなあ」
作り話だからと切り捨てない。ミオとメイはそうやって、様々な事象から必要なことを掴み取ることができた。他の者たちが気が付かないこと、流してしまうことの中から、拾い上げる。どんな分野でも有用な技能だ。
「ねえ、前もこんな風にあちこち探したわね」
「あったあった。おばあさまが注文した物品の引換書を探していたんだわ」
「そうそう」
そんな風に言いながら、ふたりはなんとか絵本や童話を納めた箱を見つけ出した。
「これこれ!」
「懐かしいなあ」
ふたりは並んで座り、ほほを寄せ合うようにして絵本をのぞき込んだ。
とある村へやってきたネズミ捕り男が村人にネズミ被害があれば助けましょうという。ちょうど困っていた村人が依頼するが、仕事が終わった後、支払いを渋る。怒った男はこの村で捕まえたネズミだけでなく、他の村や町で捕まえたものも放し、村はネズミの大群に呑まれてしまうというものだ。
「あ、ねえ、これ」
「このネズミ捕り男の箱に入れたっていう植物の根を使った団子」
それが、ネズミが好むものだというのだ。
「こんなところに答えがあったなんて!」
「絵本も童話もあなどれないわね!」
ふたりは顔を見あわせ、首をすくめて笑い声を上げた。
そして、錬金術素材一覧を開く。
【やみつきのカノコソウ】
乾燥した根は強烈な臭いがする。
しかし、お茶に用いたらやみつきの味。快い睡眠をもたらす。
どうしたことか、ネコもネズミもこの臭いを好む。
この【やみつきのカノコソウ】こそが、絵本でネズミ捕獲人が根をすりつぶしたもので作った団子を箱に入れてネズミを捕獲したのだ。
ミオとメイはさっそく【やみつきのカノコソウ】の採取に行こうとしたが、窓の外はすでに茜色に染まっている。
「明日にしようか」
絵本を探すためにチロを外に出したから、今は護衛も不在だ。
「うん。今日はおじさんもカリスタさんも疲れて帰って来るだろうから、夕食を作って待っていよう」
「そうね。明日は朝早くから採取に出かけられるようにしましょう。そうしたら、工房は午前中閉めるだけで良いわ」
そうして、ふたりは絵本から発見した事実を返ってきたジェイクとカリスタに夕食の席で披露し、驚き賞賛された。
「ネズミ駆除の方はひどいものだったよ」
「ああ。対象が大きい魔獣を相手にするのも大変だが、小さいもの複数、しかもすばしっこいのは骨が折れる」
ふたりとも、疲労困憊の様子だ。
しかも、ずいぶん汚れていたので、食事の前に交代で風呂を使うように言った。カリスタは申し訳なさそうにしながら、風呂を借りた。こざっぱりした後に温かくおいしい料理にありついて、ようやく人心地ついたという態である。
「ぜひともミオとメイにはネズミを誘い出す魔道具なり薬なりを作ってもらいたいものだな」
「ああ。引退したわたしにまで話を持ってくるくらいだから予想はしていたけれど、駆除は進んでいない」
そこまで言われれば、張り切らずにはいられない。
ミオとメイは翌朝、四人分と一匹分の弁当を作って出かけた。
採取は順調に済んだため、ふたり分と一匹分の弁当は帰宅後に使われることになった。家の中で弁当を食べるという不思議なできごとを新鮮に感じる。
「それにしても、チロちゃん、ずいぶん強くなったわねえ」
「ここいらの魔獣はもう目じゃないわね」
「なん!」
ミオとメイが感心すると、チロが自慢げに顎を上げる。チロはなんと、一匹でも出現する魔獣を狩っていた。獲物は大容量かばんに入れ、冒険者ギルドに解体に出した。後で引き取りに行く。肉を持ち帰らなければ、チロのがんばりが無駄になる。
ミオとメイが魔獣を持ち込んだ際、冒険者ギルドへしっかり話が通っているらしく、ネズミを誘引する魔道具か薬の作成具合をたずねられた。
「これから取り掛かるところです」
「そうなの? 期待しているわね!」
方々から期待を寄せられ、面はゆい気持ちになる。鳴き声シリーズの消耗アイテムの改良は試みであり、錬金術の勉強という一面もあったのだ。
仕事として正式に請け負ったのではない。だが、困難———正確に言うならば、ひたすらめんどうなことをしている者たちのために、便利アイテムを作ることを期待されている。
「がんばらなくちゃ!」
「みんなのためになるけれど、責任がないというところは気が楽ね」
腕まくりするミオに、メイがえへへと舌を出す。
ミオは片眉を跳ね上げてみせたが、ため息まじりに笑う。
「実はわたしも同じように思っていた」
「ね!」
顔を見あわせたとたん、どちらともなく吹き出し、笑い声を上げた。
「おじさんがここにいたら、そのくらいの肩の抜き具合でちょうど良いと言ったかしら」
「ああ、言いそうね」
そうして、ふたりの力みを取り去り、あるいは支えて来てくれた。
「まあ、でも、おじさんのためにもがんばりましょう」
「カリスタさんや他の冒険者たちのためにもね」
そして、ひいてはリージュ市のため、つまりは自分たちのためになるのだ。
ふたりはまだ気づいていない。
本来、錬金術とはそういうためにあるのだということを。人の暮らしをより良くするためにあるのだということを。
だからこそ、錬金術便覧や錬金術素材一覧のはじめのページにこうある。
錬金術師よ忘れるな、「錬金術師の心意気」、「錬金術師の意地」そして、「錬金術師の誇り」を。
ミオとメイは知らないうちに、それらの文言に沿った行動をし始めていた。




