35-1.ネズミパニック
ミオとメイは無事にランクアップ試験の指定課題の採取を終え、提出物を整えて配送した。
【誘惑のスイカズラ】は<ホケキョの呼び寄せ>でも試すので、多めに採取した。
【やわい石墨】は意外なところから得られた。
ハントの冒険者ギルドの職員から得た情報で、以前、行った崩れかけの素材屋で取り扱っていたのだ。
「つくづく、縁があるわね」
ミオが苦虫を噛み潰したような表情で言ったものである。
きっと脳裏にはうさんくさい笑みや惚れ薬に関するあれこれを思い出したのだろう。
ともあれ、メイは他のなぞかけにチャレンジする必要はなく、ふたりはランクアップ試験の課題を提出することができた。
もちろん、要綱を読み直し、必要事項をふたりで二回ずつ確認して、なおかつジェイクにも確認させて送った。ジェイクはとんだとばっちりだなどとは言わず、物珍し気に確かめていた。
夏至までまだ日がある。早々にランクアップ試験の課題と報告書を提出したふたりは、徐々に気持ちが落ち着いてきた。
「メンテナンスに回りましょう」
「そうだね。最近、行っていなかったし」
【誘惑のスイカズラ】が手に入ったのだから、さっそく<ホケキョの呼び寄せ>でいろいろ試したいところだが、まずはやるべきことをやろうと話し合った。工房に籠るのは悪天候の時で十分なのだ。それよりも、晴天の日を有効に使いたい。
幸い、晴れると気温も上がり、外出するのに上着を必要としなくなった。
「ネズミ?」
「そうなの。暖かくなったからか、最近、被害がひどくて。あちこちからも聞くわ」
メンテナンスにおとずれた客先では噂話を耳にすることが多い。
「うちはチロちゃんがいるからか、ネズミの被害は受けないね」
街中を次の客宅に向かって歩きながら、メイが先ほど聞いた噂話を持ち出す。
「そうね」
ふたりとしては、その話はそれで終わりだと思っていた。
だが、ジェイクが珍しく難しい表情を浮かべて帰ってきたかと思うと、帰りがけのカリスタを捕まえてなにかと話し込んでいる。
「おじさん、話があるなら、食堂を使ったら?」
「いや、まあ、そうだな」
なにごとかと店先に顔を出したミオが提案するのに、ジェイクは少し考えてうなずいた。
「じゃあ、カリスタさん、夕ごはんを食べていってよ」
「いいわね。話が終わるころには出来上がると思うから。おじさん、チロちゃんに水をあげておいてくれる?」
メイの言葉をミオが引継ぎ、すかさず、言葉を足す。
「分かった」
夕食に誘われたものの、流れるようにジェイクに小用を頼むものだから、カリスタは口を挟めず、ごちそうになることとなった。
「なんだか、しょっちゅう食べさせてもらって、悪いな」
「遠慮することはないだろうが、なんだったら、ふたりが忙しそうにしているときに、差し入れでもしてやってくれ」
「そうしよう」
さて、ジェイクがカリスタに込み入った話を持ち掛けたのは冒険者ギルドからの依頼である。
「ネズミ被害が?」
「そうだ。ものが小さくて数が多い上に、リージュ全体だからな」
「確かに、リージュは商業都市だ。食品や高級品を扱うのなら、ネズミに大挙されたら、被害は甚大だ」
そこで、リージュ市は冒険者ギルドにネズミ駆除の依頼を出した。警邏では追いつかない数だという。また、冒険者ギルドにはこういった何でも屋のような依頼が舞い込む。
「人海戦術で一気に片付けたいというのがリージュ市の意向さ」
「なるほど」
それで、引退した冒険者であるカリスタにもジェイクを通して声が掛かったのだ。さらに言えば、カリスタは元Aランクという高ランク冒険者であった。
「しかし、そう言うことなら、まずもって相談すべき相手がいるな」
「というと? 誰か強力な助っ人に心当たりがあるのか?」
「そりゃあもちろん」
カリスタはにやりと唇の端を吊り上げる。堂に入った笑みは「この者に任せておけば大丈夫」という信頼感を覚えさせるものだった。さすがは元Aランクだなあ、とジェイクはこっそり心の中でごちた。
さて、ミオとメイが作った料理で腹を満たした後、みなで手分けして片付けた。カリスタに呼ばれて食堂の席にふたたびつく。
そこでカリスタはジェイクから聞いた話をミオとメイにも語った。
「リージュ市が冒険者ギルドに依頼を出したのね」
「リネットもパンを扱うから心配していたわ。殺鼠剤を作って渡したら、セオドアさんの試作パンをくれたわ。たぶん、いい加減、食べ飽きたのね」
ふんふんとうなずきながら聞いたふたりはそれぞれ感想を述べる。リネットはメイの友人でパン屋の娘であり、セオドアはその兄である。食べ物を商うのだから、ネズミ被害には気を配っていることだろう。ただし、メイはリネットの思惑も読み取っていた。
「そこで、ミオとメイに聞きたいんだね」
「どんなこと?」
「わたしたちで答えられることかしら?」
問うカリスタの他、答える側のミオとメイはもちろん、ジェイクも続く質問を半ば予想していた。話の流れというやつだ。
「ネズミの大発生に対して有効な薬は作れるかい? もしくは心当たりはあるかい?」
そして、三人の予想は当たっていた。
「そりゃあ、難しいだろう」
「そうだよね。だってさ、ネズミだよ? しかも、一匹や二匹、家に出たんじゃなくて、リージュ市全体に大発生しているんでしょう?」
ジェイクとメイが言う。
市が乗りだし、冒険者ギルドに依頼するに至ったほどなのだ。
「毒となる植物や鉱物はあるの。それを食べ物に混ぜて置いておくという手法は有効だと思うわ。一般家庭や食糧倉庫なんかにも食餌毒はよく用いられるから」
そうミオが言う。
「ただ、街のあちこちにいるネズミだけにどうやって食べさせるかというのが難しい問題ね」
街中には案外、動物が多い。イヌやネコを飼っている者の他、馬やロバなどがいる。
「そうか。ネズミだけが好む餌に毒を混ぜるというのは無理なんだな?」
ミオの言葉をカリスタが腕組みしながら吟味する。
「わたしたちも魔道具に方向性を持たせることはやってきたけれど、ネズミだけに焦点を絞るのは……そうだわ、<チュウチュウの斥候>と<ホケキョの呼び寄せ>の両方の特性を活かせないかしら」
「あ、そっか!」
言い差してミオがぱんと両手を打ち鳴らし、メイがはっと息を飲む。
ふたりは顔を見あわせた。
もしかすると、解決するアイテムを作れるかもしれない。




