34-4.
リージュの冒険者ギルドにハーブティと干し果物を差し入れしたミオとメイは【やわい石墨】について伝手はないかと問い合わせた。
探してみる、とのことだったが、中々、返答はこない。
ミオとメイもリージュの素材屋や市を回ったが、見つからない。
「うーん、これは別のものにした方が良いかなあ」
「そうね。こだわらずに、他のものも探してみた方が良いかもしれないわね」
保険として別のものを用意そうと話し合った。
「【誘惑のスイカズラ】はもう少し先ね」
「開花の前に「五月祭」があるね」
五月の最初の日に行われる夏の豊穣を予祝する祭りである。
「ああ、もう五月祭の時期なのね」
つい先だって春分を迎えたばかりなのに、もうそんなに日が経つのだ。
「去年はそれどころじゃなかったから、今年は楽しもうよ」
メイが甘えるように言う。
「あら、今年だってランクアップ試験があるし、工房のあれこれがあるからそれどころじゃないわよ」
「えー。いいじゃない。祭りの当日楽しむくらい!」
メイが唇をとがらせるのに、ランクアップ試験のことでやきもきしていて、めどが立ったら気が抜けたのだと察する。
「そうね。じゃあ、【やわい石墨】が見つかるか、他のなぞかけが分かったら、五月祭に行って来て良いわよ」
「そんなあ! 夏至まで一か月半もあるんだよ?」
「配送の期間を多めに見ておかなくちゃ」
「だとしても、一か月ちょっとはあるわよう」
それもそうか、とミオはうなずいた。
「ね、ね、せっかくなんだからさ、おじさんに買ってもらった礼服を着なよ」
良いことを思いついたとばかりにメイが身を乗り出す。
「えぇ?! 人込みで汚しちゃわないかしら」
「大丈夫よ。ちょっとくら汚したって、姉さん、自分で洗剤を処方できるじゃない」
その通りである。なんなら、メイだってできる。材料が植物か鉱物かの違いである。
「こんな機会がないと、着ることができないじゃない! おしゃれして見てもらおうよ」
「誰に?」
メイの言葉にミオは自然な成り行きでたずねた。メイもそこまでは考えていなくて、問われてきょとんとする。
「ううんと、おじさん?」
いつもと同じだ。それでは芸がないとばかりに頭をひねる。特に芸を持たせる必要はないのだが、せっかくの「年に一度」の、「非日常」、「お祭り」だとばかりに特別感を出そうとした。
「あ、そうだ。レジナルドさんを誘いなよ」
「えぇ?!」
「レシピ帳のお礼にさ!」
「そんな、わたしと五月祭を見るのがお礼になるわけがないじゃない」
ここにケイトがいたら盛大に反論しただろう。他のリージュ・ハントの女性職員がいたら、より姦しくなったに違いない。
ミオはしきりに気合の入った姿で恥ずかしいだのなんだの言っていたが、結局、メイに押し切られ、面白がったカリスタがレジナルドに連絡し、あれよあれよという間に、五月祭の当日を迎えることになった。
五月祭の日には朝露で顔を洗う。そして、摘んできたサンザシを飾る。
サンザシは五月の名を持つ。葉がついたままの長い枝を、五月一日の日の出前に入り口前に立てておくと魔除けになるとも言われている。
街は花々や色とりどりの布で飾られる。
妖精に扮した衣装を着た者たちが笛や太鼓、鉦の音に合わせて踊りながら、大通りを練り歩く。
最後には少年少女たちが、大広間に立てられたポールを囲んで布を巻き付けて踊る。
ポールの頂上から色とりどりの細長い布をいくつも垂らし、この端を持って躍るのだ。幼い踊り手たちは妖精の子供らに見立てられる。時にポールに近づくことで布を大きくたわめ、時にポールから離れることでぴんと張る。そして、隣り合わせた者と入れ替わることによって、絡み合わせたりもする。
最終的に布は子供らが次々に位置を変えることによって、複雑に巻き付けられていく。それはあたかも、妖精がダンスして地面にその痕跡を残す妖精陣のようである。そうして、このポールは一番昼間が長くなる夏至まで立てられ、豊穣を願うシンボルとなるのだ。
五月祭の朝、早くに目覚めた姉妹は手早く朝食を済ませ、支度にとりかかった。
ジェイクに成人の祝いとして買ってもらったドレスは前日に手入れを済ませておいた。
スカートの背後が膨らんだドレスはひじから袖口がひろがり、うっとりするほどうつくしいレースがあしらわれている。首元のかぎ編みの襟も気に入っている。
メイがミオの髪を結い、帽子を乗せる。出来栄えを二歩下がった位置から確認する。
姿見を覗き込んだミオは傍らで満面の笑みを浮かべるメイに眉尻を下げて見せる。
「ねえ、ちょっと張り切り過ぎじゃない?」
「みんなこのくらい、おしゃれしているよ!」
渋るミオの手を引っ張って、メイが階下へ降りる。
「きれいだな。久しぶりに見たなあ」
ジェイクの感嘆の声に、渾身の着付けとヘアアレンジをしたメイは大いに満足した。ミオははにかんで笑う。妹からしても、こういう姉の姿は新鮮かつ可愛らしいと思う。
数日前、成り行きでミオにレジナルドといっしょに祭りを楽しむように提案したメイは、ついでとばかりにジェイクにはカリスタを誘うように言った。
「そう言えば、リージュに長く居ついたわりには五月祭はほとんど見たことがないなあ」
ちょうどこのころは暖かくなって冒険者稼業が忙しくなる時期だ。祭りのための採取などの仕事も出てくる。
「ね、ね、ちょうど良いじゃない! カリスタさんといっしょに行ってきたら?」
「メイはどうするんだ?」
「わたし? わたしはリネットと行ってくるよ」
祭りの間はリネットはパン屋の娘であるからして、忙しいかもしれないという考えが浮かぶ。ここ数日、兄セオドアがかき入れ時だとばかりに祭り用の見栄えの良いパンを焼くのに付き合わされて大変だと言っていた。だが、だから人通りが多いために留守番するチロに付き合うなどと言えば、ジェイクが気にして自分も残ると言い出しかねない。
「おじさん、結構過保護だからなあ」
冒険者ギルドでつぶやけば、大勢が酒を吹き出すこと請け合いのひとりごとは、幸か不幸か、聞く者はいなかった。ちなみに、冒険者ギルドは酒場が併設されている。いつでも盛況だ。
「あと半年もしたら、メイの礼服姿も見られるな」
ジェイクは気が早いもので、来年は礼服を着てメイと五月祭に行こうと言う。
「どうかなあ。来年はわたしも一緒に行く人がいるかもしれないもの!」
「ははは、そうだな」
こんな時、ジェイクは自分をないがしろにするのかなどとは言わない。逆に、楽しみだな、とでも言わんばかりである。
カリスタもジェイクに誘われて気軽に了承した。そして、一日閉める工房に、店番としてではなくデートのためにやって来た。
手分けしてあちこちの戸締りを確認した後、チロの水入れと餌入れを満たしてミオとメイは交互に撫でた。
「チロちゃん、ひとりでお留守番させてごめんね」
「お土産買ってくるからね!」
「なうん」
そうこうするうち、レジナルドがミオを迎えに来て、みなで工房を出た。レジナルドはミオの装いについて、「きれいだね」とか「似合っているね」とかいった気の利いたことはなにひとつ言わなかった。しかし、ミオ本人はもちろん、だれも悪い風には思わなかった。なぜなら、ミオを見た瞬間、真っ赤になって絶句して固まったからだ。十分に、「きれいだね」とか「似合っているね」とかいった言葉以上のものが伝わってきた。それはもう、ひしひしと。
ミオは最初はもじもじとしていたが、あまりにもレジナルドが動かないものだから、「ほら、行きましょうよ」と引っ張って行った。恥ずかしさも手伝って、風のようにその場を後にした。
いつもとは違う踵が細い靴で急いだため、息が弾む。
「大丈夫?」
レジナルドが心配げに見下ろして来るのに、自然と笑顔になる。
「ランクアップ試験はどう?」
「実はもう目途が立ちそうなの」
「へえ、すごいな」
感心する声に妙に恥ずかしくなって話題を変える。
「レジナルドの方はどうなの?」
春になって新しいパーティに加わったと聞いている。
「うん、連携も取れるようになってきたし、ようやく噛み合ってきたという感じかな」
もうしばらくしたら、遠出もできそうだと話す。
ふたりは祭りのいつにないうきうきとした様子を楽しんだ。
ミオがレジナルドを引っ張って、あっという間に行ってしまうのを見送った一行はゆっくりと動き出す。
「ミオはしっかり者だから大丈夫だろう」
「あれはあれで、良いカップルだな」
こちらは熟年夫婦のようなこなれた感をかもすジェイクとカリスタがふたり連れ立ってのんびりと歩いて行く。
メイはリネットとは別の友人と約束を取り付けた。その時間にはまだ早いころあいだったので、見るともなしにふたりを見ていた。
途中、道すがらにカップワインを出す屋台を見つけ、カリスタになにかささやき、ピンクブロンドが上下に揺れる。ジェイクが買ったカップのひとつをカリスタに渡す。そんななにげない仕草に親密さが表れている。
カップを持つのとは別の手でカリスタの手を握って、ときおりそのまま持ち上げて、見つけたなにかを人差し指で指し示す。カリスタはされるがままだが、その横顔の唇がわずかばかりくすぐったそうに緩んでいる。ふたりしてカップを片手に、ゆったりと祭りを見物している。長身のふたりが寄り添うと絵になった。
「いいなあ」
ミオとレジナルドのように心が飛び跳ねるような付き合い方も、ジェイクとカリスタのように落ち着いたしっとりした接し方も、とてもしっくりくるものだった。
自分も恋をしたい。
ミオのような、ジェイクのような、自分の歩調に合った恋がしたい。
きっと、いつか。
そう願いつつ、友だちとの待ち合わせ場所へと向かった。




