34-3.
その日、ジェイクは帰ってきたとたん、ミオとメイに両側を挟まれる。ぐいと突き付けられた錬金術師組合からの書面を突き付けられる。
それに目を通しながら、ミオとメイが慨嘆する。
「それでね、活動報告書は年末申告の報告をベースに書くでしょう?」
「自由課題は<コケコッコの時計>のカスタマイズを姉さんと合作で提出するのを許可されたの」
「残る指定課題なんだけれど、わたしもメイも選択肢の中にあるもので分かったものがあるの」
つまりは、要綱と指定課題案内書が届いたとたん、ランクアップ試験のめどが立ちそうなのだという。
「なんだ、よかったじゃないか」
「でも、なんだか、現実味がないの」
「うそみたい」
気負っていたふたりからしてみたら、ぱんぱんに膨らんでいたやる気の行き場がなくなっているのだろう。
「今まで君たちが積み上げてきた知識や経験、技術があったからこそだよ」
「ジェイクの言うとおりだな」
カリスタもうなずき、ようやくふたりはそれでも良いのかという気持ちを持ち始めた。それに気づいたジェイクはその先のことを話す。
人は次のステージに移動するのに心構えを必要とする。いつの間にか移動していたら、戸惑うものだ。
「素材を手に入れる必要があるんだろう? それに説明文をつけるんだったな」
「そうなのよ。【誘惑のスイカズラ】が開花するのはもう少し先ね」
ジェイクの言葉にミオが言う。
「そうか。だったら、その時季になったら採取に行こう。メイのはどうなんだ?」
「【やわい石墨】はここいらじゃあ、手に入らないかなあ」
リージュの素材屋では見かけたことがない。
「だったら、ケイトたちリージュの冒険者ギルドの職員に聞いてみたらどうだ? ハントのギルドの職員にも問い合わせてもらおう」
ギルドの職員は情報通であり、様々な職業の人間との伝手を持っている。どこでどうやってか、いろんなことを仕入れてくる。敵に回すとこれほど恐ろしい者はなく、味方につけると頼もしい限りである。
「え、他の人に聞いても良いのかな」
「錬金術便覧にもこの要綱にも禁止されていないからな。ミオが以前受けたランクアップ試験でも入手経路は問わないとあったことから、おそらく、手に入れる手法やルートを持っていることを重要視されるんだろう」
「そうね。自分で採取する錬金術師ばかりとは限らないもんね」
店先でそんな風にやり取りするものだから、後からカリスタに、「我が子の受験に心を砕く親そのもの」だったとからかわれた。
親しい者が四苦八苦するのを、なにもできずにただ漫然と見守るだけではなく、助言し手を貸すことができるのは僥倖、思いがけない幸運だ。
「おじさんに手伝ってもらったことも報告しておいた方がいいかなあ」
「どうかな。まあ、採取なんかで護衛があったり、伝手を持っている者に助けられたことなんかは記述してもいいんじゃないか?」
「どうして?」
「街中で工房運営をしようとすれば、そうした支援者がいることは強みになるからだ」
「ああ、そっか。そういうのも力になるんだね」
「そうだ。健全な工房運営としてプラスに加算されるんじゃないか?」
しかも、相手は冒険者ギルドという国際的大組織である。さらに言えば、リージュとハントという大きな街ふたつのギルドである。
「報告書には茶話会兼健康問診会のことも書いたんだろう?」
「うん。収支を報告するために年末申告で書いたから、その流れで」
「薬の納品もね!」
「だったら、そういった工房運営の一環で人脈を築けたんだというのも加味されるだろう」
ただ物品を売ってそれきりではなく、次の仕事につなげ、なおかつ助力を得るに至った。
「ミオもメイもそうやって工房を動かして来たんだな」
言外に、ジェイクにほめられている気になって、ミオとメイは顔を見あわせて首をすくめてくすぐったそうに笑う。
そんなふたりを、ジェイクは穏やかな表情で眺め、そんな彼らを、カリスタは温かなまなざしで見つめていた。
「なうん」
工房に通じる奥の扉からチロが顔を出す。裏側の勝手口にはチロが出入りできるように小さな出入り口が作られていた。なお、ジェイクが作成した。案外、いろいろこなす男である。チロとしては勝手に出入りができるので重宝している。
「お帰り、チロちゃん」
「ああっ、姉さん、夕ごはんのしたく!」
はっとメイが気づく。
「やだっ! 昼ごはんも遅くなったのに!」
ミオも息を飲む。姉妹は瞬時に体温が下がるのを感じた。
帰ってきてすぐのジェイクを捕まえるのに忙しく、時刻のことがすっぽり頭から抜けていたふたりである。
「ランクアップ試験のことで頭がいっぱいだったんだろう。仕方ないさ。たまには外に食べに行くか?」
いつも作ってばかりでは大変だろう、こういう時くらいはどうだ、と提案するジェイクに、他人が作った料理というのも魅力的であるとばかりに姉妹は表情を輝かせる。
「あ、でも、チロちゃんがいるわ」
だが、すぐにミオが肩を落とす。
「そうだね。飲食店で一緒に食べられないわ」
以前、ハントへ行った際、カフェに連れ込めたが、こっそり自分たちがオーダーしたものを分けてやったことくらいしかない。
「だったら、屋台で買ってきたのを食べようか」
「うん、それがいい!」
「そうしよう! チロちゃんもいっしょに行って選べるしね!」
ジェイクの提案に、ミオとメイが顔を輝かせる。
「なん!」
チロももちろんそうする、とばかりに鳴き声を上げる。
「カリスタさんもいっしょに行こうよ」
「いや、ふたりは忙しいだろうから」
「今から作るわけじゃないもの。カリスタさんさえ良ければ、いっしょに食べよう?」
「あ、それとも、この後、用事があるなら、引き留められないけれど」
カリスタは誘いの言葉を投げかけてくるミオとメイを見比べたあと、ちらりとジェイクに視線をやった。
「人数が多い方が多くの種類を楽しめる」
そんな風に誘いをかけるジェイクに、カリスタはうなずいた。
「じゃあ、ごいっしょしようかね」
「「やった!」」
ミオとメイの声が重なる。
「ふたりとも、外套を着て来いよ」
財布はどこだ、チロのバスケットは、などと慌ただしく外出する準備をするふたりにジェイクが声をかける。
「でも、すぐ帰って来るんだったら、」
「もう春だし、」
「朝晩はまだ冷える。これから試験課題に取り組むってときに、体調を崩したら元も子もないだろう」
工房を締める作業をしていたカリスタが、たまらず吹き出した。
まさしく、「我が子の受験に心を砕く親そのもの」である。
その日の食卓にはさまざまな料理が並んだ。あれこれ言い合いながら少しずつ味を確かめる。テーブルを囲む者それぞれの好みを知り合う良い機会となった。




