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冬だからと言って、さらには失恋も手伝って食べ過ぎたミオは反省した。自分がそうしたいからといってたくさん料理して、家族にも食べさせた。結果、ジェイクが腹をさすっていた。胃もたれ解消には【目がくらむリンドウ】の根を煎じると良い。幸い、冬の間に採取して天日干ししていたもの、ギルドの女性職員に処方した残りがまだある。
「どうして目がくらむ、なんだ?」
たずねつつ、煎じてくれた薬湯を飲んだ。
「目がくらむほど苦いからよ」
ミオの説明はわずかばかり遅かった。もう少し早く心構えしたかった。恨めしく思いつつ、ジェイクは辛うじて飲み下した。確かに、目の前がちかちかするほどに苦い。
「これもびっくり食材シリーズの一員になれるな」
ジェイクのしかめっ面に、ミオとメイは腹を抱えて笑い転げた。
レジナルドからもらったレシピ帳は果たして、錬金術に関する記載のある書だった。
文字が読めないまでも、そこに描かれた挿絵から推し量ったレジナルドの予想は当たっていたのだ。
ミオとメイはわくわくと本を覗き込む。ただし、劣化が激しいので、丁寧に取り扱う必要があった。
「ひととおり読んだら、写本した方が良いわね」
「そうね。その方が漏れなく頭に入れることができるものね」
レシピ帳は活版印刷が広まる前の時代のものか、すべて手書きで記されていた。違う筆跡で素材の効能などのメモがあちこちに書き加えていた。研究の跡が見られてふたりの興奮はいや増すばかりだ。他の者が懸命に研鑽を積んだ痕跡である。大いにはげまされた。
「あ、これ、【自分だいすき水仙】についての記載があるわ! 「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という古くからの言い伝えがあるんですって。水仙は水辺に咲いて、仙人のように長い寿命を持って、清らかであるという意味から名付けられたらしいわ」
「え、本当? だから、水属性だったんだね!」
ミオからそう聞いてメイは目を丸くしてレシピ帳をのぞき込む。
<モウモウの槍>改変の際に二度目の水属性の<ブモォォの槍>となる際に用いた素材だ。
「仙人って神様のことかしら? それとも精霊? どこの地方の由来なのかしらね? いろいろあるのね」
ミオもわくわくとした表情である。
レシピ帳のそのほかの内容は外見と同様、情報が古い。ひととおり読み終えてどちらともなくため息をつく。
「あまり役に立たなさそうだね」
期待が大きかっただけに、メイの声が落胆をにじませる。
「検証してみるわ。いい勉強になる。それに、昔の錬金術師の研究の様子も分かるし」
なにが間違っていてなにが正しいか、昔の他人のレシピをひもといていく。
ミオはやる気が身体の隅々に満ち溢れるのを感じた。そのおかげか、冬の寒さも気にならなかった。
工房にやって来たレジナルドに改めてレシピ帳の礼を言ったところ、張り切るミオに微笑まし気な視線を向けてきた。
「ミオは研究熱心でまじめだね」
「そうね。自分でも面白みのない人間だと思うわ」
ミオはすごいひらめきなんて持ち合わせていない。ひとつずつやっていくしかないのだ。
「そんなことはないよ。君たちは<コケコッコの時計>のカスタマイズや<ブモォォの槍>の作成なんていうすごい発見をしたじゃないか」
「偶然の要素が強いのよ」
「そうかもしれないけれど、他の人から欲しがられる発明をしたんだよ。それに、まじめで努力家なのはとても素晴らしいことだよ。そういう多くの人たちが積み上げていった上で、今の錬金術師たちがいるわけだろう?」
言いつつ、彼は髪をかき混ぜる。
「なにを言っているのか、わからないよな。ごめん、うまくいえなくて。みんなによくそういわれるんだ。特に、その、女の子としゃべるときなんて、そんな風になって」
確かに、口説き文句のひとつも出てこない。
プレゼントは古ぼけたぼろぼろのレシピ帳だ。でも、ミオはそういうものが好きだ。それをよくわかっている。そして、「自分があげたいもの」「口説く相手に渡すステレオタイプのプレゼント」ではなく、「ミオが好きそうなもの」を考えて、贈ってくれたのだ。
そんなところが好ましい。すぐに口説くような軽い人間、口の上手いものは信用しにくい。
それに、彼の言わんとすることはなんとなくわかる。ちゃんと聞こうとすれば、真理を話していると気づける。
「いいえ、そんなことないわ。もっと話を聞いていみたい」
「そんなこと言われたのははじめてだ」
ふたりで一生懸命にしゃべった。
楽しかった。
だから、もっとと思った。
もっと力をつけて、ミオにふさわしい人間になりたいと思った。隣にいてミオが恥ずかしくない人間に。いや、彼女はそんな風に考えない。
とにかく、自信がもてるようになろうとレジナルドは思った。
努力家でまじめで、優しく堅実なふたりが寄り添うのに安心したのはメイやジェイクだけではない。
カリスタもまた、ミオが老獪な大人の自分本位な欲望に翻弄されて落ち込んでいたことに、やきもきしていた。
ただ、カリスタとしても、うまく事が運べているわけではない。
もう春はすぐそこだというのに、マフラーを返せていない。
返そうと思ったのだ。なのに、ひと冬借りっぱなしだった。寒かっただろう。
でも、冬の冷たさに、そういえば、マフラーを貸したままだと自分のことを思い浮かべてくれるのではないかと、身勝手な考えを持ってしまったのだ。
示した優しさにちゃらんぽらさを返したとあっては、マイナスでしかないだろうに。
分かってはいる。
分かってはいても、上手く立ち回れないのが恋だ。
そうか、これが恋か。
あまりに久々すぎて、忘れてしまっていた。




