33-2.
ジェイクは【目がくらむリンドウ】の根を粗く刻んで天日干しし、煎じたものを、冒険者ギルドに届けた。
「これはどんな効果があるの?」
「胃もたれの解消だそうだ」
教わったとおり答えるジェイクに、冒険者ギルドの女性職員たちはさっと目線をかわした。
「さすがはミオちゃんとメイちゃん」
「分かっているわね」
「ニューイヤーのごちそう続きで胃の調子が悪かったのよね」
「ありがたくちょうだいします」
「お礼を言っておいてね!」
「レジナルドはすぐに向かうようにするから」
「あのふたりの手料理なんて、うらやましい限りだわ」
なお、【目がくらむリンドウ】には食欲増進の効果もある。ギルドで奮闘する女性職員の食欲が落ちないように、というミオとメイの心遣いからだったが、ニューイヤーに続き、食への欲求が高まったままというある種恐ろしい事態を引き起こした。幸運なことに、ギルドの女性職員たちはもうひとつの効果のことを知らないままであった。
ジェイクが届け物と伝言、そして買い物をしている間、ミオとメイは工房での仕事を早々に終わらせ、料理に取り掛かっていた。
「パスタと野菜たっぷりのスープとパンとパウンドケーキでもうお腹いっぱいになっちゃうわね」
「レジナルドさんが来るなら、煮込み料理とかにする?」
「ううん、いいわ。パスタだって十分においしいわよ。なんてったって、【恥ずかしがりのオリーブトレントのオイル】を使うんですもの」
客が来るなら特別感のある手の込んだ料理にするかとメイが提案するも、ミオは首を振る。なにより、メイはすっかり【恥ずかしがりのオリーブトレントのオイル】のパスタを楽しみにしているのだ。
「おじさんをびっくりさせてやりましょう」
「うん! ふふふ。トレントでもオリーブトレントのオイルはおいしいって教えてあげようね」
わざとたくらむような表情を作って見せると、メイも含み笑いで目を光らせる。
錬成は料理と似ているというジェイクの言葉のおかげで、気負いが取れ、失敗することが少なくなった。
ふたりは元々、料理を得意としていたのだ。
皮をむき、刻み、すりつぶし、火にかける。素材を他の素材と混ぜ、味を調え成形する。
さて、レジナルドは、工房ではなく家の方は初めておとずれる。しかも噂の錬金術師姉妹の手料理をごちそうになることへの緊張を隠せない様子だ。しかし、遠出帰りだからという予想に反して、こざっぱりした風体であった。
「スタンリーさんが男は清潔感だっていうから」
なんでも、師匠から教わったのだと言う。
ミオとメイは顔を見あわせた。
「わたしたち、いつの間にか、師匠になっていたの?」
「ねえ。スタンリーさんの方がわたしたちよりも充実した恋愛をしているというのに」
呆然とした表情のミオに、メイが肩をすくめてみせて、あっとなった。自分の失言に気づく。気まずい気持ちを隠して、レジナルドを食堂へ通す。
「ソロで活動しているって聞いたけれど、怪我はしていない?」
ミオはそう言いながら、回復剤や解毒剤を渡す。レジナルドが代金を払おうとしたが受け取らなかった。
「それ、在庫だから気にしないで。春になったらまた採取に行って新しく作るから。消費しちゃって」
「うん、ありがとう」
照れくさそうに笑い合うふたりにほっとしながら、メイはスープをよそい、ジェイクやカリスタが皿を運ぶ。
「まずは【びっくりショウガ】の野菜スープをどうぞ」
とうとう、その時がやってきた。
ジェイクはスプーンを握りしめて皿の中を凝視する。レジナルドが戸惑うのが視界の端に映る。それほどまでに硬い表情をしていたのかと思いつつ、戦々恐々とスプーンを動かす。
恐る恐る食べてみると、辛いには辛いが、ちゃんと調和している。
おいしい。辛い。おいしい。辛い!
身体がほてってきて食べているうちに汗をかいてくる。
ぶわりと皮ふの毛穴が開く。頭皮からも汗が噴き出し、つうとこめかみからしたたり落ちる。
「ああ、こいつは本当に冬にもってこいだねえ」
「ね、野菜をたっぷり食べられるしね」
カリスタが汗をぬぐい、メイが嬉しそうに答える。
「最近、ろくなものを食べていなかったから、こんなごちそうを味わえるなんて」
「お代わりもあるけれど、この後にパスタやパンを出すよ」
「なん!」
早々に皿を空にしたレジナルドにミオが言うと、すかさずチロが鳴き声を上げる。
「ふふ。うん、パウンドケーキもね」
チロにとってはメインディッシュとも言えるデザートである。
「あ。忘れてた。チロちゃんも一緒だった」
レジナルドにちらりと視線をやってメイが思わずつぶやく。
ミオは少し考えた後、意を決してレジナルドに告げた。
「あのね、レジナルド。秘密にしておいてほしいんだけれど、実はチロちゃんは幻獣なの」
「ああ、そうなんだ?」
レジナルドは目を丸くした。
「だから、普通のネコとは食べるものが違うの」
「狩りもするんだよ! 警戒が得意なの!」
ミオの説明にメイも付け加える。
「じゃあ、自分が食べるものは自分で狩って来るんだな」
レジナルドはなるほどと頷いた。
「なうん」
当の本人は次の料理を催促する鳴き声を上げる。
【恥ずかしがりのオリーブトレントのオイル】のパスタはミオとメイが目論んだとおり、ジェイクをうならせた。それだけでなく、カリスタやレジナルドも称賛し、大いにふたりを満足させた。
そして、チロお待ちかねのパウンドケーキである。
「なおん」
夢中で食べて、あっという間に皿が空になる。名残惜しそうに皿をなめるチロに、メイがもう一皿置いてやる。
「にゃうん!」
チロが喜々としてかぶりつく。目を細めてはぐはぐと咀嚼し、味わっている。その姿を見られるだけで作った甲斐があるというものだ。
「はは、ずいぶん、グルメな幻獣なんだなあ」
チロを見ながらレジナルドが笑う。頼りなげな風情はどこへやらリラックスした様子だ。
「いや、こんなにうまいものを毎日食べられる幻獣がうらやましいよ」
「俺も外出する時も弁当を持たせてもらっている。もう宿の料理を食べられる気がしない」
カリスタが満足のため息をつき、ジェイクがしみじみ言う。
レジナルドは去り際にひとしきりためらった後、意を決してミオになにかを差し出した。
「これは?」
だいぶ古く、いたみもひどい紙束のようなものだ。
「たぶん、レシピ帳だと思う」
「レシピ帳!」
声を上げたのはメイだ。ミオは自分の手に置かれた古ぼけて今にもばらばらになりそうな本に視線を落として口をきけないでいた。
「今回の遠出で見つけたんだ。俺は文字が読めないからはっきりしたことは言えないけれど、でも、絵も描かれていたし、数字もあったから、」
レジナルドは今日の晩さんの礼にと言った。
「そ、そんな、夕ごはんくらいでこんなものをもらえないわ!」
「いや、ミオやメイが使った方が有用だよ」
「でも、売ればお金になるかもしれないし」
「いいんだ。それを手に入れたとき、ふたりの顔が思い浮かんだんだ。だから、こうするのがいいと思ったんだ」
遠慮するミオの手を取って、その手のひらの上にレシピ帳を載せ、レジナルドは良い様に使ってくれと言う。
女の子、それもいいなと思っている子の手を取るなんてことは滅多にしないレジナルドだが、その時ばかりは受け取ってほしいという気持ちが先行して気づかない。
ジェイクとカリスタは口を挟まずに事の成り行きを見守っていた。膠着状態を破ったのは、やはりメイだった。
「じゃあ、こういうのはどう? 姉さんとわたしでそのレシピ帳を隅から隅まで読んでみて、もし、錬金術のことについて書かれていたら、有効に使う。そうしてできたものでレジナルドさんに使ってもらえそうなら渡すの」
「ああ、それ、良いな。もし、素材で入用なものがあったら言ってくれ」
助け舟に安堵の表情を浮かべながら、レジナルドは協力するという。
「そこまでしてもらうのは、」
「いいじゃない、姉さん。どういうものに関して書かれているか分からないんだし」
メイは好奇心いっぱいで、すでに新しいレシピ帳に心を持っていかれている。
「この読み込まれた感じ! 古いところがまた良いわね! わたしたちで読める言語かしら?」
しかも、冒険者が遠出をして見つけてきたものだ。隠された宝じみた高揚感を覚える。屈託ない様子にレジナルドは思わず笑い声を上げる。
「メイは読みたくて仕方がないみたいだな。ミオも興味があるだろう?」
「う、うん」
「じゃあ、この冬は退屈しなくて済むな」
「……うん。うん! ありがとう!」
サイモンが見たら苦笑して自分がもっとちゃんと装丁されたレシピ帳をプレゼントするとでも言っただろう。けれど、メイの言うとおり、こういうぼろぼろの古びた風合いが心をくすぐるのだ。サイモンは分かっていない。錬金術師は忘れ去られてしまった知識を掘り起こす時、初めて知る情報に触れる時、果てのない冒険に出かけるような高揚感を覚えるものなのだ。
ミオはレシピ帳をそっと胸に抱いて、とびきりの笑顔でレジナルドに礼を言った。




