33-1.春遠からじ
ミオは最近、自分でも自分が分からなくなっていた。普段はどういう風に振る舞っていただろうか。
そして、周囲がそれとなく察して、気遣ってくれていることもまた、いつも通りにしなくてはという気負いに拍車をかけていた。
「そうだ、【恥ずかしがりのオリーブトレントのオイル】をリージュの冒険者ギルド職員の人からもらっていたわ。あれを料理に使いましょう」
冬はどうしても家にこもりがちになる。客足がにぶるこういう時は料理か錬金術に打ち込むに限る。家にはチロもジェイクもいる。ふたりとも、さぞかし暇だろうし、せめてもの楽しみにといつもとは違った料理を出そうと思った。寒い冬ならばこそ、火の傍に長時間いても苦にならないこともある。
「オリーブトレントって魔獣のか?」
トレントは樹木型の魔獣である。そのオイルを料理に使うとは、とジェイクが驚く。
「食べるのか?!」
「おいしいよ! わたし、【恥ずかしがりのオリーブレントのオイル】で作ったパスタ、大好き!」
マイルドな味わいだと言うメイもまた、ミオには直接なにも言及しないが、いつも以上にあれこれ気を使っている。
「なうん」
「チロちゃんはまだ食べたことなかったっけ」
「にゃうん」
ミオを見上げてチロが鳴き声を上げる。
「食べてみたい?」
「なん!」
チロのつぶらな目がきらりと光る。この有翼のホワイトタイガーはミオとメイ姉妹と暮らすようになって、食の喜びに目覚めた。おいしい肉を狩ればふたりがさらにおいしくしてくれると学んでいる。きっと、その食欲のままに彼は強くなるだろう。
「ほら、チロちゃんもこう言っているよ!」
「チロは幻獣だからなあ」
胃腸は頑丈で、人間よりも食べられるものが多そうだ。
「なうん?」
チロがちらりとジェイクを見て鳴いた。
これは「食べないのか?」だろうか、「食の冒険はしないのか?」だろうか、それとも、「お前が食べないなら自分が食べようか?」だろうか。
「しかし、なんでまた、「はずかしがり」なんだ?」
錬金術の素材は一筋縄ではいかない。そんなことを考えていたジェイクはさらに仰天させられるとは思いもよらなかった。
「スープは【びっくりショウガ】を使いましょう。冬はこれよね!」
ミオの言葉に、ジェイクが絶句する。
アレを、使うのか?!
ミオとメイにたまに市場に引っ張って行かれることがある。その際、びっくり食材シリーズのことはよく見聞きする。みなすばらしい調味料だ。しかし、びっくりするほど辛かったり酸っぱかったりするのだ。
ジェイクなどはてっきり錬金術の素材だと思っていた。なぜなら、彼も最近よく目にする錬金術素材一覧に載っているのだ。錬金術の素材としても使われる食材、というところか。
「体中がほてってくるくらい辛いショウガね」
「それは身体が温まる程度で済むのか?」
メイが言うのにジェイクは懐疑的だ。
「にうん」
チロがやや怯む。ネコ科の獣の姿をしたチロはその種の禁忌とされる食べ物も平然と食べるが、ネコ舌ではあるのだ。熱いものは苦手としている。
「チロちゃんは熱いものが食べられないから、身体の中から温めるには食材に頼る方が良いと思うの。ショウガにはね、その他に代謝を活発にしたり、血のめぐりを良くしたりする効果があるのよ。香辛料たっぷりでも平気なんですもの、ちょうど良いわ」
「なん!」
ミオの気遣いにチロが感激したようにひと際高く鳴き声を上げる。
「カリスタさんも夕ごはんを食べていってね」
「そいつは楽しみだね」
冬の間に冒険者稼業を休むのであれば、店番を譲ろうかと提案したカリスタに、ジェイクは断った。
「ここの店番は君だからな。なにか用事があるのなら、いつでも代わるが、正職を奪おうなんて思わないさ」
ひと冬の間、工房や住居部分の手入れや掃除をしつつのんびりやるというのに、カリスタはうなずいた。
「ああ、そうだ、もうひとり分、多く作ってくれないか?」
「構わないけれど、誰か来るの?」
「レジナルドが遠出して、帰って来る予定なんだよ。あいつ、最近、今までいたパーティを抜けたんだ。新しいパーティに入ろうにも、春までどのパーティも冒険者稼業は休業するからさ。噂を聞いてソロで行けそうなところへ行ってくるって言っていたんだよ」
ひとりで寒い中動き回っていたのなら、身体が温まる料理はなによりのごちそうだろう、と言うカランタは、ミオの気を紛らわせようと思って発言をしたのだろう。
「街中の宿で出る食事はあまり期待できないからなあ」
ジェイクもそう言うのに、メイがミオをそっと伺う。
「姉さん、どうする?」
こういう時、メイはまっさきにかわいそう、一緒に食べようよ、と声を上げただろう。しかし、サイモンの心無い仕打ちに淡い恋心を踏みにじられたミオを気遣っている。
今、少しばかり自分を見失っている姿を見られたくないなと気が進まなかったミオは、それでも努めて明るく笑った。
「レジナルドも招待しましょう」
とたんに、みながほっと緊張を解くのが肌で感じられる。だから、レジナルドを誘うことが正解だったのだと思う。
「じゃあ、俺がギルドへ行って、受付に帰ったら寄ってくれと伝言を頼んでくるよ」
「待って、おじさん」
メイがすかさず引き留める。
「なにを買って来るんだ?」
ギルドへお使いに行くついでに買い物を頼まれることが多いジェイクは無駄な抵抗をすることなくたずねた。
「お使いも頼みたいのだけれど、せっかくギルドへ行くなら、届け物をして」
「すぐに処方するわ」
ミオもメイの言わんとすることを察して頭を切り替える。
「春の薬の納品のためにも、わたしたちのことをアピールしておかなくちゃ!」
我が意を得たりとメイが顔を輝かせる。
こうでなくては。妹も自分も、工房を運営することが第一なのだ。
「そんなことをしなくても、ほとんどギルドの推奨工房になっているがなあ」
「ちょっと前まではギルドに紹介されたっていうハーブティやドライフルーツを買っていく商人たちも多かったね」
「そうなのよ! 冒険者や街の人だけでなくて商人たちにも来てもらえたのは大きな収穫だと思うわ」
遠方を旅して商取り引きをする遠隔地商人たちが回復剤や解毒剤、下痢止めの他、ハーブティやドライフルーツといった保存の利く食品を買って行った。客層が広がっていくのはうれしい。どこでどういうつながりができるか分からない。
「ドライフルーツか」
「おじさん、ドライフルーツ、好きなの? ドライフルーツのパウンドケーキでも作ろうか?」
「ああ、ありがとう。以前、護衛した魔術師に手持ちのドライフルーツをやったらやたらと気に入っていたことがあってな」
それを思い出していたのだという。
「栄養価が高くて甘くて、手軽につまめるのが良いって言っていた」
「そうなんだ。リージュの人なら、届けてくる?」
好みの果実でドライフルーツを作るというミオに、ジェイクは頭を振った。
「いや、王都の人だからな」
「王都アントウェルかあ。それは気軽に届けることもできないわね」
「まあ、そう会うこともないだろう」
「なおーん」
チロがミオの足に身体をすり寄せる。
「うん? チロちゃん、どうかした?」
「おおかた、自分が代わりに食べると言っているんじゃないか?」
「なん!」
ジェイクの言葉のとおりだと言わんばかりの期待のこもった視線でミオを見上げる。
「じゃあ、今日のデザートはドライフルーツのパウンドケーキにしましょうか」
「にゃうん!」
チロが飛び上がって喜んだ。




