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サイモンが失踪者のことを話しに工房までやって来た際、ミオが優しいと言いつつ浮かべた笑みには嘲笑が混じっていた。それにミオは気づかなかった。けれど、ジェイクとカリスタは読み取った。わずかにジェイクが表情に出したのは他人の問題とはいえ、ほかならぬミオが向けられたからだった。カリスタはサイモンの笑みににじむものに気づきつつ外には出さず、そして、彼女だけがジェイクの心情を読み取っていた。
だから、カリスタは柄にもなく、人の色恋沙汰に口を出した。
ニューイヤーの休みを経て、工房を開けた後、久しぶりに顔を合わせたミオとふたりになった機会を捉えてカリスタは口火を切った。
「ミオはサイモンが好きなのか?」
「え、どうしたの? 急に」
ミオは戸惑った。しかし、カリスタがからかう風ではなく、真剣な顔つきなのを見て、ミオをもまた表情を引き締める。
「あの男はやめておきな」
「どうして?」
「言っていることは立派だけれどね、恋人は自分を幸せにするものであって、自分が幸せにするものだっていう考えがないやつだよ」
「……」
ミオは思わず黙り込んだ。
カリスタにはそう思う根拠があって言っているのだろう。ミオには分からないなにかを察しているのかもしれない。カリスタは当て推量で適当なことを言って人をおとしめるような人ではない。
「口説いているときはどれほどでも優しくていねいに接してきても、付き合い始めたら、もう自分の所有物だと思って、とたんに扱いがぞんざいになったり、自分の願いをかなえる手段だと考える人間は案外多いものさ」
男女ともになのだという。
「誰だって幸せになりたいし、楽をしたい。相手もそうなんだってことなんか、少しも考えないんだ。自分を好きなら、自分のために、自分が良い思いをするために相手は動いて当然だと思うものなのさ」
恋人や配偶者という立場はそれが義務づいていると勘違いする者は多いという。
「その義務は自分にもあるのにね」
「そうさ。だからね、ミオとメイは立場が変わっても相手のことを思いやれる人間を探しなよ。ミオとメイがそうできるんだからさ。一方的にならない関係を築けるのが良いよ」
ミオとメイは片恋の相手が恋人や配偶者になってもその名称にあぐらをかかないだろうとカリスタは言う。その信頼がうれしくくすぐったい。そんな風に言ってくれるからこそ、そうありたいとも思う。
「カリスタさんもおじさんと同じでほめるのが上手ね」
ミオは熱くなる目頭をこらえながら、笑った。
「わたし、おだててくれるから、いろいろがんばれそうよ」
「そうかい。ふたりは本当に良い子だね」
カリスタも微笑んだ。からりとしたもので、ああ、ジェイクも好きだけれど、カリスタのことも好きだなあと実感した。
サイモンはふたつの街のギルドの女性職員たちと急速に親しくなったミオとメイに目を付けた。しかも、若くて見目良い。
そこで、自分がジェイクの場所に収まろうと考えた。邪魔な者は排除すべし。分別のある男の大人が近くにいられるとなにかと目障りだった。
サイモンは頭が回り、場数も踏んでいたので、メイのお試し恋人とは違い、うまく立ち回った。噂を流し、ミオとメイ、ジェイクの間をぎくしゃくさせようと目論んだ。ジェイクが気遣いができるからこそ、なおさらそうなるだろうと踏んでいた。
発展しつつある都市はなんでもありな一面がある。いろんな規則が制定されていく過渡期でもある。そんな街でも噂というものは怖い。根拠のない口伝えが、人々の「真実」となる。
本来の姿は捻じ曲げられ、嘘が正しいものとされるのだ。それらの底には様々な憶測と思惑がどろりとからみあっている。
だが、ミオとメイには冒険者ギルドの女性職員たちがついていた。情報とは玉石混交、虚実入り混じるものから有用なもの、信じるに値するものを拾い上げる必要がある。経験からギルド職員はそういったことに長けていた。
カリスタは噂を聞きつけ、さすがにこれは自分の手に余ると感じ、ケイトたちに相談した。
ケイトたちは冒険者ギルドの職員で付き合いの長いジェイク寄りだ。彼の人柄を長らく見てきたのだ。すぐに各所に手を回した。
冒険者ギルドに仕事を依頼する者の中には商人もいる。
すぐに「あれほど美人の姉妹だから、冒険者でも人柄に定評のあるジェイクが虫よけをしている」「最近では女性の元冒険者がその役目をしている」「ジェイクを悪く言うのは、大方、しつこくつきまとったから追い払われ、それを逆恨みしている相手だろう」と、悪く言えばそうした者に返ってきそうな噂が出回った。
商人は機を見るに敏でなければならない。
サイモンは情勢が悪くなったのを見て取ってすぐに撤退することにした。
結局、子供ではつまらないとうそぶき、自分よりも少し年下のおとなしそうな女性と付き合うことにした。優しく素直で、自分を愛してくれる女性だ。優しく素直は従順ということであり、自分を愛するは妄信ということだ。
つまり、自分に都合の良い女性が良かったのだ。その範疇の中で、先進的で自ら考えて動くことのできる女性、というのだ。ずいぶん限定的ではないか。
サイモンは別れを告げる際、ミオのことを思い上がっていると言った。
メイは無邪気に成功を喜ぶのに、そうできないという悩みは、とどのつまり、自分の力を信じきれないからだ。その上で客観視することが必要だという。
そう言われて、ミオは自分でも驚くほど冷静に受け止めることができた。たぶん、カリスタが前もって忠告してくれていたからだ。
サイモンが言うことにも一理ある。ミオにはそれができない。
けれど、それができる人間など一握りではないか。一流の人間だって、難しい事柄だ。もちろん、難解だからと言ってできない理由にはならないかもしれないが、いきなり難しい域のことをできていないと指摘されても戸惑うばかりだ。
「そこが思い上がりなのです。自分が出来ていないことを反省してできるように努めるべきだ」
ああ、この人と一緒にいると、常に自分の都合の良い時に自分の都合の良い要求を出され、それができなければ、責められるのだなとミオは得心がいく。
「わたしにはサイモンさんの求めるレベルには到底達することができなさそうです」
「そのようですね」
そう言って、ふたりは別れた。
季節は冬が終わろうとしていた。もうじき、春を迎える。
ミオは十七歳になろうとしていた。
~ 第四章 「恋に恋して」 ~ 完




