32-1.<ホケキョの呼び寄せ>
メイは少し前に誕生日を迎えて十五歳になった。
「来年は成人かあ。おじさん、それまで、うちにいるよね?」
「ああ。もしいなくても、メイの成人の祝いには駆け付けるよ」
「うちにそのまま住んでいたら、駆け付ける必要はないからね!」
ジェイクの言葉にすかさずメイが言う。
「そうだな。メニューに合わせて獲物を狩って来るか」
「【一角ウサギ】に【身軽なシカ】、それとも【つっつきヤマドリ】? チロちゃんはなにが良いと思う?」
とりあえず、否定されなかったことに気を良くしたメイがあれこれとリージュ近隣で出没する魔獣を挙げる。どの肉も料理に用いるとうまい。
「なん!」
どれも捨てがたい、というところか。それとも、全部、だろうか。
メイがチロの返事はどういうものだろうと考えていると、ジェイクがそういえば、毎年、誕生日を祝う地方の話を聞いたことがあるという。
「毎年、誕生日を祝うの?」
「ああ、そういう地域もあるらしいぞ」
「友だちや親せきが多かったら、毎月何人も祝わなくちゃならないね」
その分、ごちそうが食べられる、と言うメイにジェイクが笑う。
この地域では特に誕生祝いというのはしない。それだけに、成人の年の誕生日は特別なのだ。
「メイとミオの作る料理はうまいからな。毎日がごちそうだ」
ジェイクは少なくない宿代と食事代を支払っている。カリスタが店番になった直後から、それ以前の分も含めて払った。
メイもミオも固辞したが、気兼ねなく食事を楽しむためには必要なことなのだと押し切られた。
「おじさん、もてるでしょう?」
「いや、全然」
メイの面白がる風な表情に、ジェイクはひょいと片眉を上げる。
「そうなの? 意外ね!」
「手っ取り早く稼ぐやつの方がもてるのさ」
「わあ、わかりやすい!」
「男の方もそういうものだという考えだから、手っ取り早く稼ごうとする」
もしくは、力を誇示する。
「それで、ステレオタイプの荒くれができあがっていくのね」
そんな話をジェイクが出かけていく前にしたからだろうか、その日、カリスタの昼休憩の際、店のベルに呼び出されて対応したメイはステレオタイプの荒くれ冒険者にからまれた。
内心、顔をしかめながらも、笑顔をキープする努力をした。
散々、冒険者稼業の苦労話をした後、メイを誘ってきたみたいだ。断言できないのは、「そんな風に受け取れる言い回しをした」からだ。
「俺はさ、メイちゃんと一緒にでかけたり遊んだりしたい気持ち、あるよ」
はっきり、一緒にしたいとは言わない。
自分はこういう気持ちだ、というところで止まってしまっている。
「そうなんですねー」
そう言う他、どうすればいいというのか。
「俺、メイちゃんと会いたい気持ち、あるよ」
だから、それで?と言いたいのをメイはこらえた。
これは察して、「じゃあ、どうこうしましょうか」と「メイが」言わなければならないのだろうか。断れば、彼の気持ちを無碍にしたということなのだろうか。自分では一歩も動かず、自分の気持ちだけを伝えれば、相手が良い様になんでもしてくれるというのだろうか。
「それで、錬金術師の工房のご入用はありますか?」
「いやあ、今日はメイちゃんに会いに来たからさあ」
「そうなんですね。ごめんなさい、今、ちょっと奥の仕事がたてこんでいて」
「だからなに? 俺は客だよ? 仕事がたてこんでいても、客の相手をしなくちゃ、だろう?」
果たして、本当に客だと言えるのだろうか。「錬金術師工房への用事はなんだ」という問いに対して「メイに会いに来た」のだったら、客ではないだろう。
メイはげんなりした。あまり遅くなってはミオが心配して顔を出すかもしれない。そうすればこの男も、以前メイがお試しで付き合った冒険者と同じように、ミオも一緒にと言い出しかねない。
どうして姉妹ふたり同時に付き合おうと思うのだろうか。両手に花というのをやりたいのだろうが、そんなことをして、双方から嫌がられるとは思わないのだろうか。ふたりから同時に好かれる、というのに優越感をくすぐられるのだろうか。
「遅くなってすまない、メイ。代わろう」
メイがげんなりしていると、カリスタが戻ってきた。いつもよりやや早い気がする。休憩を短く切り上げたのか、どちらにせよ、助かった。
「ちょっとちょっとぉ、今、俺はメイちゃんと話しているんだよ!」
「ここの店番はわたしだ。わたしが聞こう」
唾を飛ばさんばかりの抗議に、カリスタは平然と返す。
「だから! 魔道具のことについてメイちゃんに聞いているの!」
「今まで魔道具の話題などかけらも出ていなかったがな」
カリスタの言葉に男はうっと詰まる。
「冷やかしなら帰っていただこう」
カリスタはきっぱりと言い切った。
男は腹いせに歯を剥いて嘲笑する。
「え、なに、それ嫉妬? 若くてかわいい女の子がもてているのに対する嫉妬?」
わざとらしく鼻を鳴らして嘲笑まじりで言うのに、激怒したのはカリスタではなく、メイの方だった。
「なんて言いぐさなの! カリスタさんは私をかばってくれただけよ!」
「かばうってそんな。俺が悪者みたいじゃないか」
「そうだって言っているのよ!」
「はあ?! 声をかけてやったのに、そっちこそなんて言いぐさだよ!」
男の声も大きくなっていく。メイは内心ひるんだ。それ以上に、今までのうっぷんが噴き出した。
「声をかけてなんて頼んでいないわよ! そっけなくされているのに気づきなさいよ!」
「なんだとお! 調子に乗りやがって!」
冒険者は腰に吊り下げた剣の柄を握った。
「おっと、抜くなよ? わたしも相応の対処をせざるを得なくなる」
静かなのに存在感のあるカリスタの声に、男は息を飲む。そうして、ようやく思い出したようだ。カリスタが元Aランク冒険者だということに。
「ふん、こんな店!」
負け惜しみも尻切れトンボにあたふたと出ていく。
「カリスタさん、ありがとう」
「いいや、もっと早くに来たら良かったな」
「そんなことないよ。十分に間に合ったよ」
「メイがわたしのために怒ってくれて嬉しい。ただな、ああいうやからは女性を年齢で区別するんだ。いちいち反応しなくて良いぞ。なにせ、わたしはすでに結婚出産離婚のひととおりを経験しているんだから」
だから、今更、年増がどうとか言われても気にならないと言う。
「そんなことないよ! おじさんだったら、あんな風な考え方、しないもの!」
「まあ、ジェイクはわたしと歳が近いからな。それでも、わたしの方が年上だし」
「そんな! おじさん、気にしないよ! というか、そういうの、考えなさそう」
メイの言葉に、カリスタは吹き出した。
「確かに。年齢がひとつふたつ上なんて、大したことじゃないから、意識の範疇になさそうだ」
そんな風に話していると、とうとうミオが心配して顔を出した。
「メイー、どうかしたの?」
「ううん、ちょっとお客さんのふりした虫に絡まれていただけなの」
メイはその日、早めに仕事を切り上げて、助けてもらった礼としてオレンジレモネードを作った。出来上がったころにはジェイクも帰ってきた。
「ああ、温まるな」
両手で包んだカップから立ち上る湯気を浴びながら、ジェイクが目を細める。外はさぞ寒かったことだろう。
「ハチミツを入れているし、栄養満点。冬にはよく作るの」
「風邪予防にも良いわよね」
「ネコには柑橘類は与えるなと聞いたことがあるが、やはりチロは幻獣なのだな」
カリスタの視線の先には、夢中で甘酸っぱい飲み物を飲むチロがいる。白い毛並みの小さなネコ科の動物が無心に飲み食いする姿はとても愛らしい。
「ネコ舌ではあるんだよな」
ジェイクが言うとおりなので、チロの分だけ、ぬるめにしている。
「美味しそうなのに熱くて飲めないなんて、可哀想だものね」
チロの分だけ途中から別に作るのだ。
仕事の疲れが甘酸っぱい温かい飲み物で癒される。こうして、日中に錬金術の仕事に没頭し、帰ってきたジェイクと、帰る前のカリスタと共に楽しめることは、もしかすると、わずかな間だけ許されたことかもしれない。
カリスタは温まった身体が冷めないうちに、とオレンジレモネードを飲み終えるとすぐに帰って行った。




