31-3
<モウモウの槍>改変のため、【魔銅】と【魔鉄】をほとんど使いつくした。
【魔銅】と【魔鉄】はその性質から、希少な鉱物である。
今回は珍しくミオが口火を切った。
「サイモンさんから仕入れられないか、聞いてみない?」
「サイモンさんに?」
メイに聞き返され、ミオは慌てて言う。
「そう。それに、サイモンさんなら、鳴き声シリーズ愛用者の失踪事件のことを、なにか知っているかもしれないし!」
メイは目をしばたかせてしばらくミオを眺めた後、にっこり笑ってうなずいた。
「そうね。サイモンさんに聞いてみようか」
外は吐く息が白くなるほど寒いけれど、たまには工房を出なくては、とふたりは外出する。そうなったらなったで、ついでに市場によって食料品を、などと用事は増えていく。
冬支度を済ませた街並みを、すれ違う人たちの様子を見ながら、今年はブーツを新調したい、手袋が、などと話し合っているとすぐだった。
「来年はメイも成人の祝いをしなくちゃね」
言いつつ、ミオは最近の工房の売上げが好調だから、それなりのことをできそうだと安堵する。自分の時は祖母が亡くなったばかりだったのでそれどころではなかった。諦めていたのに、ジェイクが祝ってくれ、祖母もまた前もって用意してくれていた。
嬉しかった。
亡くなった祖母の温かさにもう一度触れることができた。そして、血縁ではないどころか、出会ってすぐのジェイクが少なくない金額を支払って整えてくれた。
だから、ミオはジェイクの幸せの邪魔をしたくないと思った。もしそれをしてしまうなら、自分はとんだ恩知らずだ。
「わたしも姉さんと同じ店が良いなあ」
メイもまた、ジェイクと別れがたく思っているだろう。せめて、メイの成人の祝いは一緒にしてほしい。もし、その時、来年の晩秋、メイの成人の日には一緒に暮らしていなくても、ごちそうを用意して、ジェイクを招待しようと思う。
「そうね。ごちそうもいっぱい作ろうね」
「うん! なにが良いかなあ」
気が早いメイはすでにメニューに頭を悩ませている。
魔道具店を訪ねて行くと、サイモンはふたりを歓迎した。
【魔銅】と【魔鉄】は残念ながら取り扱っていないという。
「扱っている者を紹介しましょうか?」
ありませんで済まさないところがやり手の商人らしさがある。
取り扱い先を教わった後、ミオは鳴き声シリーズの失踪者のこともたずねてみた。
「失踪者のことなら、聞き及んでいますよ」
ただ、ハントの商人の方は季節柄、最後に出帆する船に乗っただけだろうという。
「慌てて忘れ物をするということはよくあることなんです」
ただ、それが高価な魔道具だというのだから、慌て者にすぎる。
「きっと、これに懲りてうっかりも少なくなるでしょうね」
そう締めくくるサイモンに礼を言って、ふたりは市場へ向かう。
「じゃあ、あとはリージュの二件だけだね」
「そうね。三度目がなければ良いのだけれど」
ミオとメイが失踪者のことについて持ち出したせいか、解決したという話を、後日、サイモンが工房にやって来て教えてくれた。
「わざわざすみません」
「いいえ。こちらこそ、遅い時間にお邪魔して」
そろそろ、あちこちで店じまいをしようかという頃合いだ。
ジェイクも帰ってきたので、工房を締めた後、カリスタも含め、食堂へ移動して話を聞くことにした。
サイモンはジェイクやカリスタにも丁寧に接した。ジェイクとカリスタは元々、荒くれ冒険者のような不躾けなふるまいはしない。
「先だって、警邏のおとり捜査で犯人が捕まったそうです」
「警邏も四番目の事件が起こると踏んでいたんだな」
「そうです。ただ、一番目のハントの件は事件ではなく単なる忘れ物のようですが」
「随分、豪儀な置き忘れだね」
「まったく。船の上でさぞかし悔しがっていたことでしょう」
リージュの二件は鳴き声シリーズの改変の噂を聞いて、高騰するのではと目を付けた者の犯行だ。
「え、改変に成功したのは<モウモウの槍>なのに?」
「そうです。ですが、実際、他の鳴き声シリーズも徐々に値段が上がって来ているのです」
なんと、犯行に及んだのは女性で、二回とも手放させ、酔わせて水路に「足をすべらせる」ように仕向けたが、回収に行く前にどちらも他の者に発見され騒ぎになってしまった。今度こそはと意気込んでいるところへ警邏が動きだし、おとり調査にひっかかったのだという。
「そうだったんですね。わたしたちのしたことが遠因になるなんて」
「気に病む必要はありませんよ。犯罪を起こした者が悪いのです」
ミオがため息をつくのに、サイモンが即座に否定する。毅然とした態度だ。
「そうかしら……」
サイモンの言葉は甘くミオをなぐさめる。でも、それにゆだねてしまって良いものだろうか。
「ミオさんは優しいですね」
サイモンは笑った。
ジェイクはわずかに眉をひそめた。ミオもメイも、そしてサイモンも気づかなかったが、カリスタは察した。
「もちろん、全ての事象がわたしのせいだなんて思わないし、全部を背負い込もうというのではないですよ」
ただ、なにかがひっかかる。心の奥にわだかまるものがある。
「まあね、わたしたちの成功が犯罪を呼び起こすきっかけになったとも言えるものね。そう考えると、ちょっと滅入っちゃうよね」
メイもうなずく。
「ミオさんもメイさんも、気に病むことはありませんよ。他人の起こした犯罪にまで気を回していたら、身が持ちません」
「そうですね」
「うん」
繰り返しサイモンが慰め、ミオもメイもうなずく。そうはしても、やはり心は沈む。
「ミオやメイが悪いのではない。けれど、自分がしたことがどんな影響を及ぼすかを考えて行動するのは大切だと俺は思う」
ジェイクが言葉を差し挟む。
はっとミオとメイはジェイクの方を向く。サイモンは静かに視線だけを動かす。
「ああ、そうか、そういうことね」
「影響かあ。多かれ少なかれ、あるよねえ」
ミオとメイが得心したという風につぶやく。
「なんでもそうだな。だが、全く考えないのと、常に頭に入れてそれを行動に影響させるのとでは、違ってくる」
カリスタもジェイクと同意見のようだ。
そして、ミオとメイは自身の心に問うてみる。
なんとなく、しっくりくるのはジェイクとカリスタの言い分だ。特にミオは心のわだかまりの正体が分かり、いくぶんすっきりした気分になる。
「とにかく、犯人が捕まって、これで鳴き声シリーズの失踪者事件は解決ね!」
メイが声を上げると、重苦しい雰囲気は一変した。
こういうところが、メイのすごいところだとミオは思う。
「サイモンさん、今日はわざわざ教えに来てくださって、ありがとうございます」
ミオは丁寧に頭を下げた。
サイモンはにこやかにとんでもないと言う。
「そうだ、サイモンさん、夕食を一緒にどうですか? カリスタさんも!」
せっかく足を運んでもらったのだから、とメイが誘う。なんとなく、断るかと思っていたミオは、「ありがたくご相伴にあずかります」とすんなりサイモンが受けたことに意外に思った。
カリスタも伴って、めずらしく賑やかな食卓となった。
ただし、サイモンがいるので、チロは別室で食事を用意した。幻獣だということはまだ伏せておこうと思ったのだ。
ミオは張り切って【身軽なシカ】の赤ワイン煮込みを作った。ヘーゼルナッツや生クリームを入れて味に深みを出す。
「うまい。肉が柔らかい」
「おどろくほど臭みがないね」
「本当に。洋ナシの柔らかい歯ごたえとマッチしていますね。シナモンが香り、上品な味わいにしている」
ジェイクが感嘆し、カリスタが驚き、サイモンがうなる。
「ミオさんとメイさんは料理が得意なんですね」
「いつも作っているから」
サイモンの賞賛に、ミオは恥ずかしそうに首をすくめる。
以前、ジェイクとカリスタが飲みに行った時のように、食後のお茶とはならず、早々の解散となった。
まだそう遅い時間ではないから、とミオはサイモンをそこまで送って行くと言ってついていった。
「いや、茹でた洋ナシがあんなにおいしいとは」
「肉の付け合わせにも合いますよね」
「本当に。実に美味しかったです」
サイモンの賞賛に、ミオは内心で追熟を終え、今が旬の洋ナシを使って良かったとこっそり思う。
しばらく歩いた後、サイモンから水を向けてきた。
「どうかしたんですか?」
サイモンはミオがなにか言いたいことがあると気づいていたようだった。
少し前から考えていたこと、メイやジェイクには話せないことがあった。
ミオは、こんなことをサイモンに話して聞かせるのは申し訳ないのだけれど、と断って話し出す。
「メイは成功したら無邪気に喜べるのに、わたしはいつもこれでいいのか、って思ってしまうんです。
もちろん、とても嬉しいんです。
でも、本当にこれは成功しているのかって考えてしまう。
評価されたら、本当に評価される力があるのだろうかって悩んでしまう」
ジェイクには話すことができない事柄だった。なぜなら、ジェイクはミオと同じくらいメイのことも大切にしている。メイよりも劣っているようなことや比べるようなことを言いたくはなかった。嫉妬していると思われるかもしれない。あまり弱音を吐いては、駄目な人間だと失望させてしまうかもしれない。
レジナルドでは、こんな重いことを言ったら、きっと惑わせる。
サイモンはただ静かに耳を傾けてくれた。
それだけで、心が軽くなる気がした。
「ミオさんが今悩んでいることは、ご自身で答えを出すべきでしょう。
だから、わたしはなにも言いません。
ですが、弱音を吐きたくなったらいつでもいらしてください。歓迎しますよ」
そう言って去っていく背中を、ミオはいつまでも見送った。
植物で「セイヨウ〇〇」は「西方の〇〇」と記載したのですが、
「洋ナシ」はどうしようか迷いました。
「洋ナシ」という果物だと思ってください(うまいものが浮かびませんでした・・・「西方の梨」?)。




