31-2
夕方に工房に戻ってきたジェイクが話があると言う。工房を締め、カリスタも共に食堂のテーブルについた。
「失踪事件?」
ジェイクが大まかに語った話は意外なもので、思わずミオは繰り返した。
「どこであったの?」
メイが不安げな表情になる。
「前々回はハントで、前回と今回はこの町だ」
「失踪者なんざ、履いて捨てるほどいるだろう?」
わざわざみなを集めて話すことなのか、とカリスタは片眉をはねあげる。
「それがな、鳴き声シリーズの愛用者だというんだ」
鳴き声シリーズは高価な魔道具だ。にもかかわらず、道端に置き捨てられていた。しかも、新品ではない。使い込まれた代物で、周辺で聞き込めば「ああ、誰それが使っていたやつだな」と分かるものだった。
ミオとメイは息を呑んだ。
「今や、ミオとメイ姉妹は鳴き声シリーズに関して名声を得ていると言って良いだろう。だから、冒険者ギルドもふたりの耳に入れておこうとしたんだろう」
「冒険者ギルドで捜索するのかい?」
「いや、まだ動く段階ではなさそうだ」
現在は都市の警邏が探索しているそうだ。
「いなくなったのは全員冒険者なの?」
「いや、前々回のハントのは商人だそうだ」
リージュで起きたのは冒険者だという。
「駆け出しだそうだ」
どちらも裕福な家の出で、初手から魔道具を持って冒険者稼業に乗り出したのだという。
「うらやましい話だね。しかし、裕福なら、家の方の線で恨まれているかもしれないな」
「どうだかな。立て続けに起きたからといって、まだ関連性はないとは言い切れない」
冬は昼間でも曇りがちで暗く、日没も早い。暗くなったら出歩かないようにするといったことを話し合った。
カリスタは自分も気を配っておくと言って立ちあがる。
「あ、カリスタさん、良かったら、一緒に夕飯を食べて行かない?」
「話し込んじゃったし、食べていって」
ミオが誘い、メイも同意する。
「いや、昼もごちそうになっているのに、夕食までは、」
「大丈夫、大丈夫。多めに作ればいいだけだもん」
メイは料理ができるまではチロと遊んでいてくれと【ふわふわ狗尾草】を遠慮するカリスタに押し付ける。それを見たチロがうずくまった姿勢から、はっと立ちあがる。ぴんと尾を伸ばして、視線は【ふわふわ狗尾草】に釘づけである。
「おじさん、保存庫から野菜を取って来てくれる?」
「分かった」
ジェイクは料理のお手伝い要員である。
料理ができたと呼びに行ったジェイクが見たのは、【ふわふわ狗尾草】の「ふわふわ」部分が高速のあまりぶれて見える動きに、チロがしっかりとついていっている場面だった。
「にゃうん!」
「ふははっ、いいぞ、チロ、そら、次はこっちだ」
「なうん!」
とろりとした鳴き声だが、動きは非常に機敏で、右に左に、上に下にと跳躍し、あるいは伸びあがり、かと思うとさっと身を翻す。
「お、夕飯のようだ。これで終いだな」
ジェイクが声を掛ける前に気配を読んだカリスタが立ちあがる。
「なん!」
チロが両前足を揃えて上半身を支え、満足そうにカリスタを見上げて鳴く。
「また遊んでくれ」
「にゃん!」
その様子を、後でミオとメイに話すと、「チロちゃん、運動神経がよすぎて、わたしたちの動きじゃあ、満足できなかったのね」と笑った。
そのふたりは、夕食後の茶を楽しんだカリスタを途中まで送って行くようにジェイクに言う。失踪者ふたりは冒険者だという。駆け出しとはいえ、腕に自信がある者が狙われたのだ。ましてや、カリスタは女性である。
「いや、わたしはこれでも元冒険者だから———」
「冒険者だろうとなかろうと、突然後ろから抑え込まれたら危険よ!」
「そうそう。カリスタさんは美人なんだから、もうちょっとそういう心配もすべきよ!」
「ふたりの言うとおりだな。遅くまで引き留めてしまったし、用心するに越したことはない。コートだけなのか? 夜は冷えるぞ、ちょっと待っていろ。マフラーを貸してやる」
三人から丁寧な扱いをされたカリスタは顔を赤らめる。ジェイクはそんな彼女に構わず自室から持って来たマフラーを、手渡すのではなく、なにげない仕草でカリスタの首に巻く。
身長の高いジェイクがカリスタにそうする場面は絵になった。
ミオとメイはさっと視線をかわす。
「ね、ね、おじさん、うちに来てから、全然酒場とかに行っていないでしょう?」
メイが言い出すのに、ミオも乗っかる。
「行ってきたら? 今日はほら、カリスタさんが一緒だし。送りがてらどこかで飲んで来たら?」
「ふはっ、ジェイクの娘ふたりは禁酒しろじゃなくて、飲んで来いというんだな」
普通は逆だろう、とカリスタが腕組みしながら吹き出す。
「そういやあ、最近、ご無沙汰だなあ」
言われてみれば、酒を飲む機会から随分遠ざかっていた。
「お、じゃあ、行くか? 良い店をいくつか知っているぞ」
カリスタは趣味が良い。彼女が言う良い店というのに、ジェイクも気をそそられる。
「そりゃあ、良いな。じゃあ、ミオ、メイ、遅くなくかもしれないから、先に寝ておいてくれ。しっかり戸締りをしてな」
「うん、行ってらっしゃい!」
「おじさん、カリスタさんを家に送れるくらいにしていおいてよ?」
ミオとメイは弾んだ声で送り出した。
扉を閉めると、冬のしんと冷えた夜気が遮られる。しかし、先程から興奮しきりのふたりはそんなことは気にならなかった。
「やったわ!」
「やったね!」
ふたりは握りこぶしを作って、その場で足踏みを素早く繰り返す。そして、互いの腕を曲げてからめ合わせ、ぐるぐるとその場を回転し始めた。
「なうん?」
チロが近寄って来て小首を傾げる。
「チロちゃん、やったよ!」
「おじさんとカリスタさんをデートに送り出した!」
口にしたとたん、なぜか興奮がほどけて、熱量が下がり始めた。部屋の空気の冷たさに気づく。紅潮した頬もどんどん冷えていく。ふたりは足を止め、からめていた腕をほどいた。
「そっか、おじさんとカリスタさん、行っちゃったんだね」
「うん。きっと、ふたりで楽しんでいるよね」
四人と一匹いた家には、今、ふたりと一匹しかいなくなった。
しんと静かな家が、がらんと広々して思われた。
メイはなんだかたまらない気持ちになってチロを抱き上げる。
「なうん」
温かい背中に頬ずりする。
「さあ、戸締りしましょう」
ミオが気を取り直すように言う。仕切り直しだと分かっているから、メイもうなずいた。
「うん、寝る支度をしよう」
もしかすると、今晩はずっと二人と一匹かもしれない。そんな風に考えたからか、ミオとメイは目が冴えてなかなか寝付けなかった。だから、ジェイクが帰ってきた物音にすぐに気づいた。
ミオもメイも起きていくことなく、そのまま目を閉じた。安堵は柔らかな眠気をもたらし、いつの間にか眠りにつき、朝を迎えた。




