31-1. 鳴き声シリーズ愛用者の失踪事件
【がまん強いカラタチ】の果実や葉を入浴剤に処方したものを、中程度の大きさの包みひとつと小さい包みをいくつも作った。
土産を手に冒険者ギルドへ行き、<モウモウの槍>が手に入った礼をして、今度は他の属性の魔力を持つ者で、実践に付き合ってくれる冒険者へ依頼を出すことを相談した。
「あら、そのくらいなら、みんな協力するわよ。そうねえ。お礼は回復剤とか解毒剤で十分よ。話しておくわね」
ケイトは快く引き受けてくれた。
「わあ、【がまん強いカラタチ】の入浴剤! ここのところ寒くなって来て、肌がかさつくようになったから、嬉しいわ!」
「今度は果実と葉を使っています」
「カリスタさんが店番してくれるから、工房を閉めないでも採取に行けるの。とっても助かるわ。ケイトさん、良い人を紹介してくれてありがとう!」
チロと一緒に行けば、魔獣の存在をいち早く知ることができる。もし、逃げ遅れても、<もくもく玉>や<ぬるぬる玉>を使えば良い。そう思っていたのだが、あまり登場しなかった。チロの威嚇で大抵逃げていくからだ。
採取から帰った日、チロはお礼に干し果実が入ったパンケーキをもらってご満悦だった。
「ふふふ。可愛い妹分の感謝の言葉だけで、どれくらいも頑張れちゃう!」
ケイトは言葉通り大車輪で動き、早々に冒険者を集めてくれた。ミオとメイも工房に籠って、<モウモウの槍>を改変する。
<モウモウの槍>が手に入らない間に、各属性に合う素材を探しており、候補を絞り込んでいる。そこで、これぞというものを試していた。
「水属性は【いたみどめのウィロー】をまず試したいわ」
「鎮痛剤や解熱剤に使うものではないの?」
ミオが言うのに、メイが錬金術素材一覧を引っ張り出して来て説明を読む。
「そうよ。他には体内の水分を排出する作用もあるわ。でも、この植物は元々、強靭な根を持つ上、湿潤を好むのよ」
そのため、水辺によく見かけられる。
「風属性は【遠くまで香るクローブ】ね」
「それは鎮痛や防腐、殺菌作用がある素材ね」
メイが錬金術素材一覧のページを繰る。
「これは遠くまで香るという百里香という別名があるのよ。つまり、風の影響を受けるということね」
「なるほどね! ええと、「バニラのような甘くもったりした香りと言う者もいれば、スパイシーな鼻腔を刺激する香りという者もいる」ですって。……正反対ね」
さて、ミオとメイは火、水、風の属性については見つけることができた。
しかし、土に関しては難航した。
「土かあ。植物って土の中に根を張るよね?」
「そうなのよ。だから、球根を持つ植物かと思ってそちらを調べているんだけれど、これといって決め手に欠けるのよね」
植物に詳しいミオでも迷うことはあるのだ。
メイもあれこれと錬金術素材一覧をめくって調べる。
「ふうん。じゃあ、【浅紅金剛チューリップ】か【大きな顔のアマリリス】かな」
「あとは【自分だいすき水仙】ね」
「時季的には【自分だいすき水仙】がちょうど開花時期だね。もうちょっと早かったら【大きな顔のアマリリス】の開花時期に間に合ったのにな」
そういうことで、【自分だいすき水仙】を試してみた。しかし、これが水属性となってしまった。
「そっか、水属性だったんだ」
「せっかくの三本目は失敗しちゃったわね」
「ううん、失敗じゃないよ。ただ、属性がかぶっちゃっただけで。でも、属性を知ることができて良かったよ」
ともあれ、火属性に続く、水、風属性の<ブモォォの槍>を冒険者ギルドの修練場で試してみて、無事に「ブモォォ」という鳴き声とともに穂先から魔法を噴出した。
「うおおお!」
「すげえ!」
「俺、この槍、ほしい!」
「ばっか、お前、<モウモウの槍>でさえ高騰しているんだぞ。<ブモォォの槍>なんざ。しかもそれ、各属性の原点、第一作品だぞ?」
ごくり。
居並ぶ者たちの生唾を呑みこむ音が聞こえた。
「そういえば、報告書を出せと組合に言われたけれど、<ブモォォの槍>本体は提出しなくても良いのよね?」
修練場で<ブモォォの槍>試用に立ち会い、満足げに眺めていたケイトが傍らのミオとメイにたずねる。
「報告書とともに一旦、送るように言われています」
「前回の火の属性はお客さんのものだったから」
組合の方でも、理論を認めるが、初めてのことなのでぜひとも現物の試用を見たいということだった。
「じゃあ、<ブモォォの槍>が返って来たら———」
ケイトの言葉は途中で近くにいた冒険者たちの喚声に遮られる。
三人の会話を聞いていた冒険者たち、試用のために集められた各属性の者と見物人たちが一様に沸いた。
「うおおおおお!」
「俺に! 俺に売って下さい!」
「いや、俺が!」
「ちょっと待て、お前ら、そんな金あるのかよ!」
「ばかめ、火の属性と同じく分割払いだ!」
「ギルドを通してお願いします!」
ケイトはす、と一歩前へ出て、パンと掌を打ち合わせた。
「はい、静かに!」
素晴らしい統率力で、冒険者たちは口をつぐんだ。
「<ブモォォの槍>については、後日、「ミオとメイの錬金術工房」の正式発表をリージュおよびハントの冒険者ギルドからも通達します。
よって、今日はこれまで!
解散!
あ、<ブモォォの槍>の試用者は残ってね。質問したいことがあるから」
これがあるから、ケイトはこの<ブモォォの槍>の試用に付き合ってくれたのだろう。
後で礼を言ったミオとメイにケイトは笑った。
「いいのよ。ギルドマスターもそうしろって言っていたの。リージュとハントの冒険者ギルドでは、最近、冒険者たちが活気づいていて、ふたりのお陰だと言っているのよ。茶話会兼問診会のことで女性職員たちからの評価も高かったから、おおむね良い方に受け入れられているわ。ジェイクやカリスタもついているしね」
ミオとメイはつくづく、どんなことがどんなことへとつながっていくか、分からないものだなと思った。
今、行う努力がどこでどういう形で実を結ぶのか、楽しみですらある。人の縁もそうだ。
チロにジェイク、ケイト、カリスタ。バート、スタンリーにレジナルドとサイモン。
祖母という大きな存在を失った後、様々な出会いがあった。
惚れ薬なんていうとんでもないものを作るようにと高圧的に言ってくる者もいれば、祖母が作った魔道具を長らく愛用してくれている者もいる。ミオとメイがメンテナンスに方々を回るのが苦にならないのは、そういった祖母の昔の足跡をたどり、その息遣い、錬成に触れるような気がするからなのかもしれない。
一方、冒険者ギルドとしても、高ランク冒険者と親しく付き合うミオとメイを紐付きにしようとしていた。そんな彼女らが腕を磨くことについては大いに後押しもしようものだ。
ケイトはケイトで、錬金術師姉妹を利用しているという意識はない。ギブアンドテイクの良い関係を築いていると思っている。とどのつまり、ちょっとした土産をもらったり、健康アドバイスを受けたりしているので、ケイトは彼女の得意分野で姉妹のフォローをして返しているということだ。
ミオとメイはたまたま温かい人たちに恵まれて優しさに触れていると思っているが、人間は自分の思惑や望みがあり、そのために動く。ミオとメイの現況はそれらがうまくかみ合っている状況だといえた。そして、そういった状況を引き寄せるのも一種の才能や運である。中には自身で築き上げる辣腕家もいる。
冒険者ギルドという大きな組織の腹積もりがミオとメイを呑みこもうとしていたが、結果的にはそうはならない。錬金術師組合とそれと双璧を成す組織が立ちはだかるからだ。
その話はもう少し後のことである。




