29-1.<モウモウの槍>
最近、ミオには気になる者がいる。もちろん、色っぽいことはない。
ただ、どうにも頼りなくて、はらはらするのだ。
冒険者として、そんなに弱腰で、他の者とうまくやっていけるのか、いいように使われてやしないだろうかとはらはらして気になるだけだ。
ジェイクやカリスタ、バート、スタンリーを身近にしていたから、比較対象がベテランか一流だったせいもあるだろう。
だから、やきもきして、ついつい手を貸したり、口を出したりしてしまうだけだ。
ただ、ふとした拍子に考え方に芯があるのが垣間見え、好ましくも思う。
最近、姉は楽しそうだ。
「恋人にするにはちょっと」
そういいつつも、レジナルドと知人から始まって徐々に距離を縮めて行っているように見える。ふたりを見ていると、メイはどうにも焦った。
ジェイクはいずれ別れるかもしれない相手だと半ば覚悟していた。でも、以前からずっと一緒に暮らしていたかのように馴染んだ。なのに、カリスタと並んでいるのを見ると、いついなくなっても不思議ではないような気がしてくる。
その上、ミオだ。
ミオはいつもメイと一緒だった。祖母とミオとメイ。三人で世界は完全だった。それが、祖母を失って、世界の均衡は崩れてしまった。工房も閉めたままで、ミオが早く開けなくてはと思いつつ、踏ん切りがつかないのを間近で肌で、つないだ手から、感じとっていた。
そこへ、ジェイクがぽんと飛び込んできた。
メイがちょっとばかり強引に引き入れた。
でも、ジェイクは苦笑しながらも穏やかに馴染んで行った。メイとミオとでは気が回らない点に気づいて対処してくれる。後からなんでもないことのように報告される。
だから、メイもミオも錬金術に没頭できた。おかげで、工房を開けることができた。
ジェイクがやって来てから、実はミオもまだまだ未熟なのだと思い知らされた。それはそうだ。自分よりも一年と半年早く生まれてきただけだ。成人したばかりだ。
祖母を失って、自分が頑張らなくては、と気を張っていたのだろう。そのことにはメイも気づいていた。だから、ミオの支えになろうとしたし、気持ちをほぐそうとしていた。
ミオのためにも、ジェイクがいっしょに暮らしてくれるようになって良かったと思う。
ジェイクは血のつながらない若い娘ふたりと自分とが共に暮らすと、口さがない者たちの格好の噂の餌食になると心配した。でも、メイは思う。そんな風に下種な見方をする上、他の人に悪意を持って言いふらす人間と仲良くする必要なんてないじゃないか。ケイトのように自分たちのことを分かってくれる人間もいるのだ。
「だいいち、おじさんがわたしと姉さんとどうこうなろうなんて、思わないわよ。完全に子ども扱いしているもの」
「そうさね。メイとミオのことは本当に娘のように思っているよ」
客としてやって来た冒険者はカリスタから「虫よけ」が必要だとみなされ、追い払われたが、その捨て台詞をたまたまメイが聞いた。
それに対するカリスタの言葉はメイにとって嬉しいものだった。
「あ、でも、わたしも姉さんも「ように」とか「みたいに」ってことは分かっているからね?」
だから、こぶつきだと思って付き合いをためらわないでほしい、という気持ちを乗せてカリスタを見上げる。ジェイクを見上げるときとあまり変わらない首の角度に、カリスタの高身長をうらやましく思う。
「カリスタさん、身長は高いし美人だし、スタイルもいいし、うらやましいわ」
「ふはっ」
カリスタは吹きだし、からりと笑った。
「メイは可愛いねえ。くるくる表情が変わる。怒っていたかと思えば、人を気遣って、うらやんで。まあ、お褒めの言葉だと受け取っておくよ。メイのように可愛い女の子にうらやましがられるなんざ、わたしも捨てたものじゃないね」
「そうよ! 捨てるくらいならわたしが拾ってきれいにかざりつけておじさんに進呈するわ!」
メイの言い草に、カリスタはぽかんと目と口を開いた後、ふたたび笑い出した。今度は少しばかり長く笑っていた。
ミオとメイは鳴き声シリーズと言われる魔道具のカスタマイズをするようになって、整然とした法則にしたがった錬成、さまざまに工夫を凝らされた素材、どういったときにどういう効能があるものをどんな風に用いるか、といった多くのことを学んだ。
そろそろ消費アイテムだけではないジャンルにも挑戦しようと話し合う。
そこで、元高ランク冒険者の店番のカリスタにたずねた。
「鳴き声シリーズといえば、<ニャーニャのローブ>のバートと<ゲコゲコの鎧>と<ケロロの盾>のスタンリーだね」
「Bランク冒険者ですものね」
「バートさんもスタンリーさんもうちのお得意さんだよ!」
すでに、鳴き声シリーズのメンテナンスには着手している。なお、<ニャーニャのローブ>は破れをつくろい、落ちた回避力を戻そうとしたところ、期せずしてちょっとした効果がついた。所有者であるバートの愛用魂を一層燃え上がらせる結果となってしまった。「世界に俺だけの<ニャーニャのローブ>!」
「そうだったね。リージュのツートップ冒険者ご用達の工房ってことで噂になっているからね」
「あら、そうなの?」
「今度、ふたりが来たらおまけしてあげよう」
「ちなみにどんなおまけをするんだい?」
カリスタが好奇心でメイにたずねる。
「バートさんはチロちゃんを抱かせてあげて、スタンリーさんにはお茶の美味しい淹れ方を教えてあげるの」
ミオはそれは喜びそうだ、と内心思う。
「バートはネコ好きだからともかく、スタンリーはそれを必要としているかねえ?」
バートがネコ好きだというのをカリスタが知っているのは、それが周知の事実だからなのか、彼女が情報通だからか。
「食事をおごったりプレゼントするだけじゃなくて、たまには違う角度から「彼女のため」の行動をしてみるのって、新鮮だと思うの」
不思議そうにするカリスタに、メイが胸を張る。
つまり、恋愛の師匠としての技を伝授するということだ。
「スタンリーさんはバーバラさんのためなら労力を厭わないものね。いいアドバイスになると思わ」
「でしょ?」
褒めるミオに、メイが得意げな顔つきになる。
「他に、鳴き声シリーズを使っている人っているのかしら?」
「そうだねえ。ああ、<モウモウの槍>を使っているやつがいたっけね」
「へえ、<モウモウの槍>か!」
メイが錬金術便覧を引っ張り出して来る。
<モウモウの槍>
刺突に優れた逸品。
突くたびに「モウ」「モウ」と鳴き、訓練に熱中していると、
休憩時にもその鳴き声が聞こえてくる錯覚に陥るので注意。
猛者はそうなってこそだと言い、
「モウ」「モウ」の鳴き声が聞こえるようになると、
満足感を覚える。
そのため、鍛錬狂いのことを「モウモウ」と揶揄することもある。
とんだ風評被害である。
「……こんな風に説明されているのかい」
カリスタは文字の読み書きができた。高ランク冒険者ともなると様々な要素を要求されるのだという。
「その人も休憩時に鳴き声が聞こえるのかしら?」
そんな風に話した数日後、その<モウモウの槍>と使用者と会うことになるとは思いもよらなかった。




