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「これは「自分たちはひとつの身体、ひとつの命、ひとつの心。分かちがたくひとつのものである」というレシピなの。惚れ方もいろいろあると思うけれどね、やっぱりわたしはこの惚れ薬はどうかと思うのよ」
ミオが苦笑するのに、メイがうなずく。
「分かる! 最初のころはいいよ? 恋人になったばかりでべったりしているのも楽しいだろうけれど、そのあともずっと一緒にいることなんてできないもの」
買い物くらいひとりで行きたいこともある。本を読んでいたいときもある。
「相手が錬金術師じゃないとねえ」
「あ、それだったら、四六時中一緒で、夜も昼も一緒、仕事も生活もべったりっていうのが楽しい人もいるかもしれないわよ」
「ああ、なるほど、そういうことか」
ふたりの言葉に、ジェイクは確かに、と合点がいく。
「あと、薬草の効果って体内で切れることがあるのだけれど、媚薬ってどうなるのかしら」
「そりゃあ、もちろん、効果が切れるよね?」
ミオとメイは顔を見合わせた。
「切れたら、とたんに変心させられた側ってのは我に返るものなのかね」
ジェイクも疑問を口にする。
「なんで自分はあんなにこの人を好きだと思っていたんだろう、とか?」
「やだ、ありそう! こわいわ!」
メイは半分笑いに、半分恐怖に染まった悲鳴を上げた。
「そうよね。今まで熱量のこもった目で見つめてきたのが、他と変わらない平坦なものになるんだもの」
ミオがため息をつく。
「そうなったら、はじめにほしがったときより強く媚薬を欲しがるんじゃないか?」
人は初めから持っていないことよりも、持っていたものを失う場合の方がより強く執着する。喪失感を覚えるからだ。
「そうなったら、媚薬を作る人はその後もずっともうけられるかも?」
メイが小首を傾げる。
「いいえ、そうはならないわ。だって、どんな薬でも、体内に少しずつ耐性、これを免疫というのだけれど、それができるの。つまり、身体が薬にあらがったりなれたりするものなのよ」
「じゃあ、媚薬は効きづらくなってくるということか」
「そうなの」
「だったら、大変ね!」
ジェイクの言葉にミオはうなずき、メイが目を見開く。
「だから、媚薬は悪魔の薬と言って良いと思うわ。その効果が切れたら愛する人を失うかもしれないという恐怖におびえながら、それを買い求める金銭にあえぐ日々を送ることになる」
愛する人を得た日々が甘美であればそうであるほど、失う恐怖は大きい。
「もともと、薬の力でできた間違った愛だしね」
メイの言うとおりである。
「だからだよ。そういううしろめたさがあるからこそ、人間はなんとかしようとあがくものなんだ」
「そうね。自分の力ではないからこそ、失ったら最後だわ。もう元には戻らない」
ジェイクに、ミオも同意する。
「それに、媚薬というのは安くない。だったら、それを手に入れるための財力がいるからな。なければ、危険な仕事を受けるか―――」
あるいは犯罪に手を染めるか。
ジェイクは青ざめたミオとメイに言いすぎたな、と思って話題を変えた。
恋愛に関して、それまで遠ざかっていたのがうそのように、最近なにかと身近に感じることが多い。
スタンリーはバーバラと恋人となってもたまにやって来てあれこれ相談して行く。ミオやメイよりも何歩も前を進んでいるというのに、偉そうにアドバイスしている場合ではない。
ジェイクは冒険者活動に専念しつつも工房に帰ってくると、カリスタとなにかと話し込んでいる。
ミオはメイの言うとおり、前向きに考えるではないがいろいろ目を向けて見ようと思った。
と言っても、ミオはリージュで生まれ育ったものの、そう知り合いは多くいない。特に、今は生計を立てるので精いっぱいだ。
そんな中で誘いがあるのは工房にやって来る冒険者たちだ。下心が透けて見えて、気軽に提案に乗れない。
だが、やって来る冒険者たちはみんながみな、ぎらぎらした欲望まみれというのでもないのだと知ることになる。
カリスタから薬がよく出ていると聞いたミオは追加分を作って店の方へ運んだ。
「言ってくれればわたしが取りに行くのに」
「ありがとう。でも、ほら、お客さんが来ているじゃない?」
工房と店を繋ぐ扉を押さえるカリスタに礼を言ったミオは店内に所在なげに立つ人に気づいた。
「いらっしゃいませ」
「あ、ど、どうも」
革鎧を着て腰に剣をぶら下げていることから、冒険者なのだろうが、どうにも気が弱そうな風情だ。
「こいつのことなら気にしなくていいよ。ああでも、確か、腹の調子が良くないんだって? ちょうどいいから、ミオに相談したらどうだ?」
「え、いや、そんな、ミオさんは忙しいでしょうから」
カリスタに世間話ついでにでも体調不良を話したらしい男が遠慮する。
「あら、わたしの名前を知っているの?」
「ミオとメイの錬金工房」という名称ではあるが、姉妹のどちらがどちらか分かっている様子だ。
「そりゃあ、ミオとメイのことを知らない冒険者はリージュではもぐりだよ」
カリスタが代わって答える。
「ああ、ケイトさんね」
「それだけじゃないさ」
カリスタは意味ありげに笑う。
ミオは不思議そうに首を傾げつつも、冒険者を待たせていることから、そちらに対応する。
「改めまして、わたしはミオです」
そうして待つと、少し間を置いてからあたふたと名乗る。
「あ、俺はレジナルド、です」
「それで、レジナルドさんはどういう———」
そんな風にして不調について薬を処方して以降、レジナルドはたまに工房に来ることもあるようだ。というのは、店番はカリスタで、ミオは工房に籠って会うこともないからだ。
カリスタからレジナルドから預かったという小包を開けると焼き菓子が入っていた。
「あら、美味しそう! これ、近くのお店で売っているやつじゃない?」
メイがミオの肩越しに覗き込んで歓声を上げる。
「これは?」
ミオは戸惑ったように尋ねた。
「処方してもらった礼だって。腹の調子は良くなったらしいよ」
「あら、だったら呼んでくれたら良かったのに」
そういうことか、とミオは安堵して明るい調子に戻る。
「わたしもそう思って声を掛けようとしたんだけれどね。レジナルドに止められて。もし、難しい錬成をしている最中だったら大変だって言っていたよ」
「へえ! 冒険者は強引で、自分が思ったら今すぐ!って感じなのに、姉さんのことを考えてくれているのね。ね?」
最後の「ね?」を、ミオの顔を覗き込みながらメイが言う。
「人の立場になれることはあいつの良いところなんだけれどねえ、いかんせん、頼りない。まあ、今回のこれも普段入らないような店に行くのに勇気を出したんだろうね」
そんな風にふたりから言われたら、ミオも意識しないわけにはいかない。
それに、言ってしまえば、ミオのしていることや気持ちを慮ってくれることは、嬉しかった。




