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「あなたが、その、薬を処方したのですか?」
「おやあ。お嬢さんは惚れ薬がどんなものか分かっているご様子ですね。そうですよ。催淫剤です。わたしは【いかがわしいイカリソウ】を使いましてね。ご存知ですか? あれは精力剤として古くから用いられてきたのです」
もちろん、知っていた。だからこそ、惚れ薬の作成依頼をされたときも、言いよどんだのだ。
恋の病に陥ったお嬢様とやらは、相手と心を通わせたいのではないかと思った。だから、一般的に言われる惚れ薬では性急すぎるのではないかと考えた。
そんなミオの考えを読み取ったかのように、素材屋はにんまりと笑う。
「いやはや、お若いですなあ。しかし、こういうことも人間の生理的なものです。そういったものを知らないでいては、未熟としか言いようがない。ましてや、不潔だとか言いませんよねえ?」
ミオは歯噛みした。そんなつもりはない。けれど、ミオの気遣いは、大まかに見れば、若輩者の未熟な考えなのかもしれない。
「そんなことないわ。姉さんはお客様の実情に合った処方をしようとしただけよ」
メイが言うのに励まされる。そうだ。自分は当事者であるお嬢様と話をしていない。そのため、どういうものが必要か分からなかったので断ったのだ。
「そんなこと! 既成事実さえ作ってしまえば、現実は後からついてきますよ」
お客様の思い通りにね、と笑う素材屋にぞっとした気持ちになる。
相手の生理的なものに作用させ、強引に思い通りにしようなど、お嬢様にとっても良いことではないのではないか。
「これだから、若い娘さんの錬金術師は、と言われないようにしませんとね」
反論できないままでいると、素材屋はそんな風に言って去って行った。
「なに、あれ! 嫌なやつ!」
メイは憤慨しきりだ。ミオは一理あると思った。どうしたって、若い女性は頼りないと思われてしまう。
「姉さん、あんなの、気にしなくていいよ!」
「うん。裏返せば、それはわたしたちの持ち味で、そのおかげでケイトさんたちギルドの女性職員の茶話会兼問診会を任せてもらえるようになったのだもの」
分かっている。けれど、欠けているものがあるということも、頭から離れることはなかった。
沈んだ様子のミオとメイに、夕食が済んだ後、ジェイクは事の次第を聞いた。
「なうん」
チロが慰めるような鳴き声を上げる。
「うん、ありがとう、チロちゃん」
ミオはチロの気持ちを嬉しく受け止める。
「ねえ、おじさん、男の人ってやっぱり、女の人なら誰でもいいって思うものなの?」
話していうちに徐々に憤りがよみがえってきたメイがそんなことを聞いてしまう。
ジェイクは落ち着け、と苦笑する。
「おじさんは好きな人以外としない。だって、好きな人がいたら、他は色あせるだろう?」
「ロマンチストなのね」
メイがぱちぱちとまばたきする。
「子供っぽいのさ」
現在、恋人のいないジェイクは自嘲する。
「そういう幼稚性は女性に容認されそうよ」
メイは取り澄ました表情で言う。ジェイクは飲んでいた茶を吹き出しそうになる。さり気なく、話題を変えることにした。
「それにしたって、媚薬とか惚れ薬とか本当にあるのか?」
ジェイクは存在自体があやふやではないかと言う。
「いろいろあるけれど、たとえば、一緒に飲むと互いに恋をするという薬ね。これは一杯分だけのレシピで、一旦はひとつの杯に入れる。それをふたつの杯に分けて、一緒に飲むの」
「あ、それ、ハードルが高い」
ミオの説明にメイが驚く。
「うん? なぜだ?」
訳が分からずにジェイクがたずねる。
「だってさ、たいていは片方が片方に恋をしているでしょう? ひとつの杯に入っている飲み物をわざわざふたつの杯に分けて、おまけに一緒に飲むっていう状況が、もうすでに仲が良いんだもの。そんなことができるくらいなら悩まないわよ」
飲み物を一緒に飲めるようになるほど親しくなれるものならと、どれほどの者が思うことだろうか。恋愛とはそこにこぎつけるまでが大変なのだ。
「そうなのよ。もう、これは兄妹のような仲を打破するためのものじゃないかとすら思える、親密なふたりに用いるものなのよね」
「うーん、なるほどなあ」
ジェイクが感心してうなる。
「おじさんともなると、気になる女性に声をかけて飲み物を飲むくらいの図太さは出来上がるかしら」
「でも、最近のおじさんは繊細だよ。断られたら傷ついちゃうから、自分から行動できないって!」
ミオとメイがひそひそと声を落として言い合うが、狭い食堂の中、食卓を挟んだ目の前のことである。筒抜けだ。もちろん、ふたりも分かっていてやっている。この場合の「おじさん」はジェイクだけでなく、年配男性のことを指すのだろう。




