28-1. 惚れ薬作成依頼
ミオとメイは都市の有力者に呼び出され、広場のすぐ傍に建つ建物の中にいた。そこは一階と二階が水路から運び込まれた物品の倉庫であり、三階以上は都市運営に用いられている。
その一室で待つことしばし。
「ねえ、姉さん、これはやっぱり、君たちの腕を見込んで薬作成を!ってやつかしら」
メイがわくわくして目を輝かせ頬を赤らめるのに対し、ミオは浮かない表情だ。
「わたしたちはまだそんな実績はないわ。立地的に錬金術師の工房は近くにないから立ち退きってことはないとは思うんだけれど。それとも、この先、有力者に鼻薬を効かせて誰か同業者か薬師かが工房を持つという話かしら」
そんな風にして、呼び出しの内容について話し合っていると、扉がノックされて開いた。
少し太り気味の男が中肉中背の男を案内して来た。
「こちらの方が「ミオとメイの錬金工房」の噂を聞かれてね。ぜひとも依頼したいというのだ」
ミオの隣でメイが肩に力を入れるのを感じる。いつものように歓声を上げないだけ、分別がついたのだ。
太り気味の男が都市の有力者で、そんな者が丁寧に接する相手とはどんな者なのか。
しかし、中肉中背の男は名乗らなかった。
「当家の事に関わりますから」
そう言って、早々に有力者を部屋から出した。
ミオもメイも、これは断りづらそうだと戦々恐々とした。
権力者の係累であることは人生経験が浅い姉妹にも分かる。腕を見込んでの依頼、というのは嬉しいが、こと権力者によるものだとすれば、それはもっと経験を積んでからにしたい。
ミオもメイも堅実なのだ。
中肉中背の男は人払いした後も、のらくらとしてはっきりしたことは言わなかった。今まで顧客ニーズに合う対応をするために、ヒアリングを大事にしてきた。それをさせてくれないとなると、ふたりの持ち味を生かせない。
「それで、どういったものがご入用なのでしょうか?」
ミオはほとほと困り果てて尋ねた。
「当家に関わりのあるお嬢様が寝込まれてしまわれました」
「寝込むにいたる原因はわかっているのですか?」
「はい」
ミオは意外に思った。風邪などわかりやすい症状が出ているのでもない限り、寝込む理由など判別しにくい。
「それはどういったことでしょうか」
「あれは、美しい季節、社交シーズンにお嬢様が行われた茶会に参加されたことでした」
きっかけというか、背景から詳細に話し始める。とにかく、話が長い。
あっちこち枝葉末節が多すぎるが、シンプルに言うと、お嬢様は恋の病にかかって寝込んだのだという。
さらに言えば、それを打破する薬を作れという。
「あの、惚れ薬というものはないというか、」
ミオは言いにくそうにした。
惚れ薬というものはないが、一般的にそう思われているものがある。
「それは、作れないということですか?」
「他人の心を自由自在に操ることができる薬というものはないのです」
メイが代わってきっぱりと言い切る。
中肉中背の男は疑わしそうな目でミオとメイを見やった。
「あの、その当事者であるお嬢様と話ができないでしょうか。症状もさまざまで、お客様に合う処方をさせていただきます」
「いいえ、それはできません」
にべもなく断られる。
あくまでも一般的な、誰にでも効力のある惚れ薬を作れという。
「それができないというのなら、結構です。できる者を探すまで」
「はい。わたしたちはお引き受けしかねます」
尊大な言い草に、ミオは断りの言葉を述べた。
街の有力者に呼び出されるという椿事を越えた、惚れ薬の作成依頼などというとんでもない一件はこれで終わったかと思った。
ミオとメイは有力者を怒らせたのではないかと気を揉んだが、ジェイクもカリスタもそんな噂は聞かないという。
「ケイトも聞いていないそうだぞ」
あまりに心配するふたりに、情報通の頼れる冒険者ギルドの女性職員にもジェイクは確認して来た。
そこまでしてようやく、ミオとメイは胸をなでおろし、嫌なことはさっさと忘れてしまおうとした。
ところが、翌日にリージュの大広場に開かれた市場で、意外な人物と出会う。
「お久しぶりですね、錬金術師のお嬢さんがた」
「あれ、ハントの素材屋さん?」
「あ、本当だ」
【魔銅】や【魔鉄】、そして【まんぷくのエダウチオオバコ】を購入したハントの素材屋である。
「今日はリージュまで買い物に来たの?」
「いいえ、買い物はついでです。ちょっと商談がありましてね」
「へえ、ハントからわざわざ! 繁盛しているのね!」
メイは【魔銅】や【魔鉄】という貴重なアイテムを手に入れられたから、親し気に話しを続けるが、ミオとしては違うものをつかまされたことをしっかり覚えている。
騙されたことについて言及した。
「そちらで【ミノタウロスの涙】だと言われて購入したものが【ミノタウロスの汗】だったわ!」
「おお、それはそれは。入れ違っていたのでしょう。申し訳ない。お取替えしましょう」
しれっとそんな風に言う。
「もう使っちゃったわ!」
「そうですか。当方の手違いでご不便をおかけしました。今度お出で下さったときには勉強させて頂きますよ」
うさんくさい。
謝罪の言葉を口にするが、間違えて売るなど、店舗としては大きなミスである。泰然としていて慌てた素振りをみせないところが非常にうさんくさい。
そして、その印象は間違っていなかったことを知る。
素材屋が放った言葉は雷鳴のように姉妹に衝撃を与えた。
「そういえば、お嬢さんがたが惚れ薬の作成を断られたのですね」
ミオとメイがそうしたお陰で自分が稼がせてもらった、とにたりと笑う。




