27-1.<オウオウの斥候>
「<チュウチュウの斥候>が成功したから、残りの斥候シリーズをカスタマイズしたらどうかと思うの」
「うん。でも、<カアカアの斥候>は失敗したままだけれど、それはいいの?」
「そっちもいずれは成功させたいと思うわ。でもね、<オウオウの斥候>は<チュウチュウの斥候>との共通点があるの。これは<カアカアの斥候>にはないわ」
「どんなこと?」
「食欲よ。<チュウチュウの斥候>は食べ物の匂いにつられるわ。そして、<オウオウの斥候>もそうなのよ」
ミオの言葉に、メイは錬金術素材一覧を引っ張り出して、<オウオウの斥候>のページを探し出す。
<オウオウの斥候>
離れた場所に入る敵の様子を探る(水中)。水の中でも自由自在。
魚の群れを見つけると、そちらに引き寄せられるので、役に立たなくなることもある。
「本当だわ。<オウオウの斥候>も食べ物につられるのね。でも、こっちは水中だし、匂いではなさそうだけれど」
「満腹にさせれば一緒よ」
「あ、そっか」
「ただ、問題は、【まんぷくのエダウチオオバコ】が残り少ないことなのよね」
「まだ市場には出回らなさそうだものね」
【まんぷくのエダウチオオバコ】は満腹感を与え、食欲を抑える。その性質に女性たちが飛びついた。一時的なブームが起こり、市場に出回らなくなった。現在では、錬金術師と薬師が専門家ではない者が処方して滅多なことがあっては、と規制されている。
ミオとメイは港町ハントで手に入れることができたが、処方して土産として配ったので、残りは少ない。
「他のやり方で満腹感を与えられないか考えて見ましょう」
結果、<チュウチュウの斥候>を使用直前に魔力を少し込めてやると、腹がくちくなって、失敗する確率が大幅に下がった。
「これは<オウオウの斥候>にも使えそうね」
「あとは方向ね。これも全部試してみよう」
メイが鉱物をあれこれ試そうとうきうきとする。
「結果を発表します! 【苦み走った白石】が有効です!」
メイは肩てを腰にあて、もう片方の手で高々と鉱物を掴んで掲げて見せる。
【苦みばしった白石】
いぶし銀色がかった白色。きびしい石。放射状に割れる。
水の中では赤色は黒く見える。逆に、白は見えやすい。そうしたことからも、この鉱石が相応しいということになった。
そうして、ふたりは<チュウチュウの斥候>に続き、<オウオウの斥候>も欠点を克服させることに成功した。
その日はそれほど時間を取られることなく、工房の片づけを終えた後、余裕を持って夕食の準備に取り掛かることができた。
食事をとりながら、<オウオウの斥候>の改良に成功したと話すと、ジェイクは手を止めて称賛した。
「すごいじゃないか。立て続けに成功したな」
「方向性が同じだったからね」
「調子が良いし、このままどんどん研究を進めたいわ」
ミオがくすぐったそうに肩をすくめて笑い、メイがやる気を見せる。
「でも、そろそろメンテナンスで街を回らないと。それに、工房に置く薬やハーブティも作っておきたいわ」
「<コケコッコの時計>のカスタマイズの依頼もたまに入って来るものね」
せっかくうまくいっているところへ邪魔ではないにしろ、水を差されるような気分になるミオとメイに、ジェイクが肩をすくめる。
「いいじゃないか。工房にこもってばかりじゃなく、たまには外に出ないと」
「そうね。おじさんの言うとおりだわ。工房にこもっている間に夏も終わっちゃいそうね」
「秋になったらまた植物の採取にも行こうよ」
鉱物とは違い、植物は季節によって採れるものが異なって来る。また、同じ種でも、開花時期や果実のなる時期がある。
「チロちゃんとも外出したいわ」
「なうん」
ミオの言葉に、「いつでもいいよ」とばかりにチロが鳴く。
「そういえば、ケイトが店番候補をみつくろってくれたよ」
「本当?!」
「そういう大事なことは早く言ってよ!」
ミオは目を見開き、メイが文句を言う。ジェイクは口火を切る前にメイたちが錬金術のことばかりを話していたのだとは言わないでおいた。十代の少女ふたりの矢継ぎ早の会話に口を挟めるおじさんはなかなかいない。
「どんな人?」
「元冒険者だ」
「冒険者をやっていた人かあ。ケイトさんオススメなら間違いないね!」
あれこれ聞きたいところだが、ジェイクもまだ会っていないから詳細は後日となった。
その日、ケイトから紹介された店番候補としてやって来たのはなんと、女性だった。ジェイクよりも少し年上で、目も鼻も口も大きく華やかな美人だ。ストロベリーブロンドの髪を短く切っている。高身長のジェイクよりも少し低いくらいだから、男性の中にいても高い部類に入る。
「わたしはカリスタだ。よろしくね」
自己紹介したカリスタはなんと元Aランクまで上り詰めた猛者だという。錬金術師でもAランクなど、会ったことはない。
「冒険者をやめた理由は?」
いつもならメイを止めるミオもそんな高ランクの者に会うとは思わず、反応が遅れた。
「結婚して子供ができたからね」
その子供は幼いころに事故で亡くなったのだという。
「そこから夫とぎくしゃくしはじめた。そうなったらもうだめさ」
言って肩をすくめる。今は独り身なのだそうだ。
ミオとメイがなんといって良いかわからないという表情をする。
「ああ、気にすることはないよ。もう吹っ切っているからさ。ただ、長らく現場を離れたし、今更、魔獣を相手にするのもねえ」
「そうは言うが、ケイトからは今でも腕は確かだと聞いているよ。ギルドで後進の教育をしていたそうだな」
苦笑するカリスタに、ジェイクが言う。
「そんな大事な役割をしている人に店番なんかを頼んでも良いんでしょうか?」
「それがね、ちょっと体調を崩していて、長期療養を考えているところだったのさ」
とはいえ、日々の生活がある。店番なら激しく身体を動かすこともあるまいというので、ケイトから誰か良い人はいないかとたずねられた際、手を挙げたのだ。
カリスタはミオとメイに改まった口調でなくて良いと笑う。
「Aランクとえども元がつくしね。その丁寧さはまっとうに頑張っているAランクに使っておやり」
ミオとメイはさっと視線をかわした。
Aランクはその地位に見合う何らかを持っているからこそ、与えられる。カリスタは自分は気にしないが、そういう敬意は大切だと言っているのだ。そして、そういった考え方はミオとメイにとって好ましいものだった。
「カリスタさんさえよければ店番をお願いしたいのだけれど、ある程度、工房の店側に置いてあるものについて覚えてもらうことも多いと思うの」
「そうだね。いろいろ置いてある。それにしても、不思議な雰囲気だね」
そう言って、カリスタはカウンターの奥、壁一面に作り付けられた棚や、入り口を入ってすぐの棚などに並べられた商品を眺める。薬や魔道具といった商品とは別に、ガラス瓶に入れられた鉱物が窓から差し込む陽光にきらきらと多様な色彩をさんざめかせている。
「そうなの! やっぱり、魔道具とか錬金術とかって神秘的な感じがするでしょう? 本当はもっと生活に密着したものなんだけれど、そういうのよりもお客さんのイメージに近づけようと思ったの」
メイが勢い込んで言う。
「へえ。あれ、宝石の原石かい? ずいぶん、いろんな色があるんだね」
「ううん。ここにあるもの全部、錬金術の素材よ」
「ふうん。この葉や花もかい?」
「そうなの。良い香りがするでしょう? この匂いにも鎮静作用があるの」
カリスタは物珍しそうにあれこれ覗き込み、質問し、メイとミオが答える。店番をしてほしいこともあり、興味を持ってもらえて嬉しい。
「そりゃあ、すごいね。ここに入って来たらもう錬金術がかけられているんだね」
「わ、そうかも」
「その表現、いいね」
カリスタの言い様に、ミオとメイは手を叩いて喜ぶ。
「わたしはここの店番をやりたい」
ひとしきり説明を聞いた後、カリスタはそう言い、新しい店番は決まった。




