25-1. 鳴き声シリーズ愛用者の恋
ミオとメイは冬から春へ変わるころに錬金術師工房を開いた。元は祖母の工房だったが、亡くなったのでふたりが引き継いだのだ。
ちょっとした事情からお金がなかったせいで、まずは季節柄によく売れるだろう回復剤と解毒剤を作って冒険者ギルドに納品した。その際、冒険者ギルドの受付のケイトに入浴剤を渡したところ、それらは女性職員たちの手に渡り、冒険者や依頼者にさりげなくミオとメイの工房を勧めてくれるようになった。
工房でも薬が売れ、なんとか息をつくことができた。
鳴き声シリーズのカスタマイズに成功し、工房の宣伝を兼ねたメンテナンスを行い、徐々に運営は軌道に乗り始めた。
そして、ひょんなことから同居人となったジェイクの言葉から、ふたりは錬金術はそう身構えたものではないと考えるようになり、失敗を恐れずに試行錯誤をしていくようになった。
「バートに紹介された」
その日、そう言ってミオとメイの錬金術工房にやって来たのは平たい顔が印象的な冒険者だった。両目の間が開き、鼻は低く先が広がり、唇は薄いが横に長く広がっている。全体的にのっぺりした印象だ。細身で手足が長い。
「スタンリーか」
店番をしていたジェイクが客の名を口にする。
「俺を知っているのか?」
「ああ、バートと同じBランク冒険者だからな」
そうは言ったが、実はそれだけではなかった。
「俺も知っている。あんた、ジェイクだろう? バートが良いやつだって言っていた」
「そりゃ、どうも」
スタンリーはバートと同じく、鳴き声シリーズの愛用者だった。バートとはちがった方向性で目を引く装備をしている。
「今日はなんの用だい?」
「バートが<ニャーニャのローブ>のメンテナンスをしてもらっていると聞いてな。なんでも、手入れをした方が長く使えるというじゃないか」
それで、やって来たのだという。
ジェイクはうなずいて、工房からミオとメイを呼んできた。その間、スタンリーはカウンターの端に置いてあるハーブのブレンド茶葉を覗き込んでいた。
「いらっしゃいませ」
「わあ、鳴き声シリーズの鎧と盾ね!」
メイはひとめ見るなり声を上げた。声音が弾んでいたから、スタンリーも気分を害することなくうなずいた。
「そうなんだ。特に盾は受け流すのに優れているからこそ、手入れをしないといけない」
スタンリーは<ゲコゲコの鎧>と<ケロロの盾>を身に付けていた。
<ゲコゲコの鎧>
回避力の上がる鎧。常にぬめっているように見えるのは光沢のせい。
うっかり跳躍力が上がると思って谷間や崖を飛び越えないように注意。
真っ逆さまである。
<ケロロの盾>
小さめの盾だが、表面がぬめっており、攻撃を受け流すのに優れている。
手入れは必須。
「わかりました。それでは、装備をお預かりします」
ミオがそう言うも、スタンリーは煮え切らない態度だ。
「どうかしました?」
メイが首をかしげる。
「そ、その、女性はこういう装備はよく思わないかな。ええと、気持ち悪いとか」
「素晴らしい性能を備えていると思います」
「鳴き声シリーズだし、ひと癖あるものですよ」
ミオは即座に言い、メイが取りなすように言う。確かに、ぬめっているので見た目は良くない。
「いや、その、錬金術師としてではなく、女性として、」
ひどく言いにくそうにするスタンリーに、ミオとメイはさっと視線を交わした。
「なにか仔細がありそうですね」
「もしよかったら、お話を伺いますよ?」
水を向けて見ると、スタンリーはほっとした表情で話し始めた。
「実はその、この装備を使うのをやめようかと思っているんだ」
「え、どうしてですか?」
メイが目を丸くする。鎧だけではなく盾も使っているのだから、よほど相性が良いのだろう。それに、使い込まれていることがひと目で分かる。冒険者は使い慣れた装備を好む。癖を知り尽くしている方が動きやすいからだ。
「その、ほら、俺の顔って目の間が開いていて、鼻が低くて顔が平たくてさ、その、似ているだろう?」
カエルに。
そう言われて、三人は一瞬黙った。
ミオとメイの視線に促されて、ジェイクが答える。
「ああ、まあ、そう言われてみればそうかな」
それを気にして、自身をBランク冒険者たらしめている優秀な装備を用いないのは本末転倒ではないが、もったいない気がする。
ジェイクはそういったが、メイにそっと裾を引かれ、部屋の隅に連れて行かれる。
「おじさん、あのお客さん、多分、好きな人がいるんだよ」
「なるほど。だから、錬金術師としてではなく、女性としての意見を聞いていたんだな」
ジェイクはどうしたものかと考えた。同性で歳がちかい自分が頭を悩ますのだから、ミオもメイも困惑しているだろう。
「ええと、その、」
「ああ、聞こえていた。そっちの子が言うとおりだ」
狭い部屋のことだから、筒抜けだ。スタンリーも気を悪くした風でなくあっさりと認めた。
そこで、ジェイクは言ってみた。
「清潔感が重要らしいぞ。俺もこのふたりに教わった」
「へえ。清潔感」
美少女が言うのならば、とスタンリーもうなずく。
「どんな人なの?」
「ちょっと、メイ」
こんな時でも物おじしないメイに、ミオが小声で咎める。
「どんなって、」
「歳は? スタンリーさんよりも上? 下?」
面食らうスタンリーにメイが具体的な質問をする。
「俺よりもひとつかふたつくらい年下だから、まあ、若くはないし、それほど美人でもないけれど、とても優しくて良く気が付いて気さくな人なんだ」
スタンリーははじめは思い出すようにつっかえつっかえ言っていたのが、徐々になめらかになっていく。
「いっしょにいるのはそういう人の方が良いよね!」
すかさず言うメイに、スタンリーはちょっと笑う。
「うん。俺にも普通に話しかけてくれる」
「ふだんはどんな会話をするんですか?」
ミオも質問してみる。
「うん? そんな特別なことは話さないな。天気が悪くなりそうだから、仕事は午前中で切り上げた方がいいとか、そんなことさ」
「へえ、確かに良く気が付くな」
「それに、スタンリーさんのことを気に掛けてくれていますよね」
ジェイクの言葉に、ミオが付け加える。
「そ、そうかな」
「そうだよ! でもさ、それってみんなに対するやさしさかもしれないから、スタンリーさんのことを特別に気にかけてもらえるようになろう!」
ミオの言葉に照れくさそうにしていたスタンリーが続くメイの科白に唇の両端を下げる。
「難しいな、それ」
「そんなことないですよ。まずはスタンリーさんがその方のことを気に掛けていることを話すんです」
「え、急にそんなことできない!」
ミオの言葉にスタンリーは青くなる。
「いきなり好きだとか言わなくていいのよ。今日はなにがあったとか、その人の好きなものを見かけて思い出したとか。とにかく、あなたのことをよく考えていますってことを伝えるの」
「できれば、それが食べ物だったら、見かけたから買ってきたと言って渡せると良いですね」
メイとミオのアドバイスに、スタンリーはそういうことならできそうだとうなずく。
そして、見かけて良さそうだと思ったからと、その女性に渡すために、カウンターに置かれていたブレンド茶葉を買って行った。
「とにかく、会話です。毎日さり気なく会いに行ってください」
「清潔感もね! あ、メンテナンスは任せておいて!」




