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24-2

 

 それが起きたのは全くの偶然だった。


 その日、その時、いつもなら錬金工房には入らないチロが、珍しくやってきた。朝食をとった後にうつらうつらして目が覚めたものの、雨で外へ出られず、暇を持て余していたのかもしれない。人の言葉を理解する上、人間には人間の事情があるのだと知る賢い幻獣である。


 ミオとメイが錬成を成功させた気のゆるみを読み取り、仕事がひと段落したのだと悟り、遊んでもらおうとした。

 なんなら休憩におやつを一緒に食べるのも良い。


「チロちゃん、今日は雨が降っているから、外へ行けないね」

「でも、だめだよ、ここへ来ちゃ」


 期待はずれで少しばかりすねた気分になったチロは姉妹の手をするりとかわして中へ入り込んだ。

「あ、だめだめ」

「そっちへ行っちゃ、だめ!」


 だめだと言われたら気になるのが人情ではあるが、高度な知能がある幻獣も同じだ。チロは普段入らない場所にやってきたことから高揚し、好奇心のままにあちこちに顔を向けて鼻をうごめかす。

 ミオとメイが捕まえようとするが、チロからしてみれば遊んでいるみたいなものだ。石鹸水の中のものを取ろうとしているかのように、するりするりと逃げていく。


 チロは妙な臭いをかぎ取った。工房の中には雑多な臭いが入り混じっているが、その中でも強烈で奇妙なものだ。

 興味をそそられて、ひょいと台の上に飛び乗る。


「あっ!」

「ま、待って!」

 興味津々で近寄ったわりに、容器の中に鼻先を近づける気にもならなかった。そのくらい、変な臭いだ。だが、運悪く容器の縁に少量の液がこぼれていたらしく、チロはうっかり触れてしまい、毛についてしまった。


 そのころにはミオとメイが本気になって追いかけてきたので、チロは慌てて逃げ出した。工房から出て、店の方へ回る。これも普段ならしないことだ。商品の他、ディスプレイが多く陳列しているので、入らないように言われているのだ。


 遊んでくれず追い立てられたことと、変な臭いに腹を立てたチロはわざとこちらへやって来たのだ。自分がしたことなので、自業自得である。

 そして、不幸なことにジェイクは客足が途絶えたのを見計らってミオとメイの土産を届けるために、冒険者ギルドへ出かけていた。店番が不在だった。


 チロはカウンターに飛び乗ってぴぴっと素早く後ろ足で身体をかいた。そうすることで毛に着いた変な臭いを取ろうとしたのだ。

 そのはずみに、液体がわずかに飛び散った。そして、いまやミオとメイの錬金術工房の目玉商品となっている少し風変わりなアラームがする<コケコッコの時計>に付着した。

 魔道具であるから起動させなければ動かない。そのはずだった。


【ミノタウロスの汗】の刺激臭と【こりごりのコリアンダー】の青臭い臭いは錬成に寄って消えていた。だが、それは人の感覚の上でだ。

 現に、チロは妙な臭いを察知していた。

 それ以上に、<コケコッコの時計>は激しい反応をした。


「コッケーェェェェェッコッコッコッコッコッコ!!」


 起動させていないのに唐突に大声で鳴き出した<コケコッコの時計>に、チロは飛び上がった。

 普通のネコだったらさっと逃げてしまっただろう。

 しかし、チロは幻獣であり、高度な知能を持つ。

 まずい。これをどうにかしなければ、さすがにまずい。

 チロは慌てて威嚇して鎮めようとした。


<コケコッコの時計>は物であったが、チロは本能でその鳴き声シリーズの魔道具が鳴き声に由来する動物の習性を持っていることを知っていた。

 ネコ科のチロの、魔獣でさえも怯ませる威嚇ですら、<コケコッコの時計>には無効だった。威嚇を上回る臭気だったのだ。


「なにごと?!」

「どうしたの?」

「なうん」

 とんでもない鳴き声に駆け付けたミオとメイに、チロが情けなさそうに尾を丸めて鳴く。




 結局、<コケコッコの時計>はしばらく鳴き止まず、近所迷惑を考えて、内蔵した魔石を取り出すことで強制的に停止させた。


「チロちゃん、なにかした?」

「にゃにゃにゃ」

 ミオの問いにチロは後ろ足を払う仕草をした。

「もしかして、あの薬品をかけちゃったの?」

「にゃ!」

 メイの言葉にチロがそうだとばかりに鳴く。

 ミオとメイは顔を見あわせた。


「また失敗しちゃったね。まあ、始めから分かっていたことだし」

 そう言いつつも、メイはカウンターにつっぷし、落胆を露わにする。

「そうとも言いきれないわよ?」

「どういうこと?」

 ミオの言葉に、メイは両腕にうずめた顔を上げる。


「そうね、例えば、<コケコッコの時計>を強制的に起こしたい時なんかに使えるんじゃないかしら?」

「ああ、故障した時とかに?」

 メイが上半身を起こした。

「そうね。あとはぼんやりしているものに活を入れる時とか」

 メイを元気づけるためだったが、案外、ミオもそんな風に使っても良い気がしてきた。やる気のないものがいたら、使ってやろう。


「ね、ね、じゃあ、他の魔道具でも試してみようよ」

「いいけれど、でも、<ブヒブヒのかばん>はやめておきましょうよ。鼻がきかなくなって、食料じゃない素材を食べるようになったら大変だわ」

<ブヒブヒのかばん>は小さいのに大容量かばんで重宝するが、食料を入れているといつの間にか減少していることがある。それが食べ物と間違えて高価だったり苦労して手に入れた素材を食べられたら、おおごとである。


「そうだね。それから<クーンの採集セット>や<バウワウの見張り番>も止めておいた方が良いね」

 どちらもイヌに関する鳴き声シリーズの魔道具である。鋭敏な嗅覚を持つのだから、とんでもない反応をするかもしれない。

「そうね。<コケコッコの時計>でもあんな風になったのだもの」

 ミオとメイは新しい試みを行おうと張り切った。


 さて、チロはと言えば。

「チロちゃん、いたずらはだめよ」

「罰としておやつぬきだからね!」

「なうん」

 威嚇を無視されプライドを傷つけられた上に、おやつをもらえないという踏んだり蹴ったりの結果となった。

 だが、その日の夕食はその分、豪華だった。




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