24-1. きまぐれと偶然
ミオとメイはジェイクの予想通り、ハント旅行から帰った翌日、早速手に入れた新しい素材を試してみた。帰宅中の運河を行く船の上ですでにうずうずしていた。チロは新しい環境に興奮して疲れたのか、バスケットの中ですぴすぴと鼻息をたてて眠っていた。
朝から雨が降り、ちょうど良いとばかりにジェイクが店番を買って出ると喜んだ。ジェイクはやって来ると予想をつけた通り、リージュに戻った翌日早々に顔を出したハントの冒険者たちをさばきながら、女性職員たちの手腕に舌を巻く。
ジェイクが虫よけにいそしんでいる間、ミオとメイは工房でハントで購入して来たものを広げた。
「雨、昨日降らなくて良かったね」
【魔銅】や【魔鉄】といった滅多にお目にかかることができない鉱物に、鼻歌を歌わんばかりのメイが言う。
「そうね。……あっ! これ、材料が違うわ! 【ミノタウロスの涙】だと言われていたのに、【ミノタウロスの汗】だわ!」
えらい違いようである。
ミオの素っ頓狂な声に、メイは驚いて振り向く。
「それって、あのあやしげな素材屋さんで買ったもの?」
「そう。観察眼を試されている気がしたんだけれど、やられたわ!」
「ねえ、【ミノタウロスの涙】じゃなくて【ミノタウロスの汗】を使ったら、なにができるかな」
憤懣やるかたないと肩を怒らせていたミオは、メイの発案にきょとんとした顔をする。
「え?」
「ねえ、試してみようよ!」
メイにきらきらとした目で見つめられ、怒りは霧散する。
「失敗するよ?」
「織り込み済みだよ。だって、素材が違うって分かっているんだもの。でも、【ミノタウロスの汗】を使ったら、どんなものになるか、興味がない?」
「それは、まあ、そうだけれど、」
関心はないかと言われれば、ないとは言い切れないミオがメイの勢いに押されがちになる。
結局、ふたりは【ミノタウロスの汗】を用いることにした。
「そう言えば、メイが買った【魔銅】と【魔鉄】は大丈夫だった?」
「うん、正真正銘の本物だよ!」
自分が鉱物に関して間違えるはずはないとばかりにメイが胸を張る。
【魔銅】や【魔鉄】はふつうの銅や鉄よりも魔力を通しやすいので錬成に適している。また、これを用いて合成金属を作るのにも成功しやすく、成果物である合成金属も魔力を通しやすく錬成しやすくなる。
薬を作るのではなく、魔道具を作る際には非常に重宝するものだ。だからこそ、多くの錬金術師や魔道具師だけでなく、鍛冶屋や防具屋が欲しがるため、値段が吊り上がる。
「【ミノタウロスの汗】って刺激臭があるからすぐにそれと分かるのよね」
なぜ、店では分からなかったのか、とミオが首を傾げる。
「たぶん、素材の持つ効力を遮断する鉱石を使ったんじゃないかな」
メイが言うには、素材の持つ効力を遮断するほか、魔力や人工物の魔法効果を遮断する鉱石がそれぞれあるのだそうだ。
「そんなのがあるのね」
「わたしも見たことがないけれどね。錬金術素材一覧にあるから」
流石はメイ、鉱物の項目はよくよく読み込んでいる。
「その素材を持つ効力を遮断する鉱石を使った箱に入れていたのかもしれない」
「手の込んでいること!」
だまされたとはいえ、そんなこともあるのだと思い知らされたミオは半ば感心している。
「【ミノタウロスの汗】の刺激臭かあ」
「臭いが強いものとぶつけて相殺させてみる?」
そう言いながら、ミオは厳重に包装した瓶を取り出した。玉ねぎの皮をむくようにいちまいずつはがしていくと、徐々に青くさい臭いがあたりに漂い始める。
「うわっ、変な臭い。カメムシみたい」
鼻をつまむメイにミオが苦笑する。
「これは【こりごりのコリアンダー】よ。古い文献で同じせり科のドクニンジンと取り違えられ、昔は毒性が強いと思われていたの」
「この臭いじゃあ、そんな風に思っちゃうかも」
鼻をつまんだまま、メイは鼻声を出す。
「独特な強い香りから、魔除けにされていたのよ」
「分かる! 強力なのも逃げ出しちゃいそう」
相殺させることばかり考え、相乗効果という言葉が頭からすっぽ抜けていたふたりは鼻呼吸を止めて口で息をして、できる限り臭いをかがないようにした。
そんな風にして錬成を行うのはちょっとしたいたずらをやらかそうという童心をくすぐった。
気負わずに行ったからか、錬成は成功した。
「ね、臭い、消えているね」
「本当だわ」
おそるおそるふたりは口呼吸から鼻呼吸に変える。刺激臭も青臭さも消えている。
「これ、どうする?」
好奇心から錬成してみたものの、使いどころに頭を悩ませたふたりは、消臭剤でも作るかと鍋から容器に入れ替えた。蓋を開けたままにして液体を冷まそうとした。




