23. あやしい素材屋
ハントは港町だから遠方から船で多くの物品が運ばれてくる。街の人はもちろん、近隣に住む者たちが珍しい商品を求めて押し寄せて来る。
たまにちゃんとした素材屋ですら紛い物が混じっている。市場での露店では掘り出し物が見つかることもあれば、怪しいものもある。見る目が必要とされる。
「目移りしちゃって大変だった!」
リージュとは違い、滅多に来ることができない場所だからと、いつにもまして、あれも欲しい、これも欲しいと購買意欲が高まっている。
「おいおい、買い過ぎるなよ」
「まだまだ! 結局、錬金術素材の鉱物は見つからなかったんだもの。今日が勝負よ!」
「昨日はあまり買えなかったのか?」
ジェイクと合流し、昼食をとった後には一緒に書店を回ってレシピ集を探したり、小さな広場の市場をのぞいたりした。その際にもちらほら買っていたが、午前中はなにも買わなかったのかと思ったジェイクがたずねる。
「ううん、【ぬれぎぬのアルニカ】とか【やさしさのアニス】とか、その他に食材とかも買ったわ」
わりに手に入れている。
「まだ買うのか?」
「これからよ!」
ミオとメイは意気揚々と宿を出た。
錬金術師の素材貧乏というのはミオから聞いた話だったか、それともメイからだったか。こういうことなのだな、と思いつつ、ジェイクはふたりの後を追った。
その際、横手の細い露地から飛び出てくる人影があった。ジェイクは避けようとしたが、あいにく、前からふたり連れの通行人がやってくる。足を止めて、身体をひねったが、飛び出てきた方もとっさに避けようとして、運の悪いことにジェイクと同じ方向に進んだ。
「いったあ」
メイより少しばかり年下の少女がジェイクの腰のベルトか下げた剣に額をぶつけたらしく、目に涙を浮かべる。
「おでこがごっちんした!」
言いながら、見せつけるように前髪を片手ですくい上げ、ジェイクを見上げる。
「済まなかったな」
ジェイクは慌てて腰をかがめて少女の額を覗き込む。
「ううん。わたしも飛び出しちゃったから」
「他はどこもぶつけなかったか?」
「うん、大丈夫」
そんなやり取りをする間に、ふたり連れの通行人はすれ違って行き、先行していたミオとメイが戻って来る。
「じゃあ、わたし、行くね」
「ああ。気を付けてな」
他愛ないやり取りで、特になんてことのない気遣いだ。少なくとも、ジェイクにとってはそうだった。
少女を見送った後、ミオとメイに向き直ると、ふたりは腕組みをしてジェイクを見あげていた。ミオは唇をとがらせ、メイは頬を膨らませていた。
「どうかしたのか?」
待たせたことを怒っているのかと考えるも、ふたりはそんなことで腹を立てたりはしないだろうと自分で否定する。
「あざといわ!」
「あんな言葉、小さい子に話しかけるときくらいしか使わないわよ!」
「おじさん、だまされないで!」
「おじさんという生き物はああいうあざとさをころっと信じちゃうんだから!」
散々な言われようである。要するに、ふたりは焼きもちをやいているのだ。
「ほら、おじさん、行くわよ」
言って、両側から手を握られた。だが、ジェイクが引率しているのではなく、されている側なのだ。両手に花ではあるが、なんとなく、腑に落ちないものを感じるジェイクであった。
さて、ミオとメイは昨日市場で教わった素材屋へやって来た。
「あやしい」
「うん、なんか、雰囲気があるというよりはあやしいね」
細い路地を通り過ぎた先に小さく開けた丸い広場を中心にいくつか工房や店が建つうちのひとつだ。いまにも朽ち果てそうな古ぼけた風情である。
ミオとメイは店にかかった看板が素材屋のものだと確認して、近寄るが、中へ入る踏ん切りがつかない。
「扉、開くかな」
取っ手に触れればぐらぐらとしている。不用意に力を入れたら取れてしまいかねない。
ミオが恐る恐る開き、顔をのぞかせる。店内は薄暗く、狭い。端が割れたカウンターとその奥には棚がある。
ミオの脇からメイが顔を出して元気よく声を掛ける。
「こんにちはー!」
「はいはい、いらっしゃいませ」
カウンターの下にしゃがんでいたのか、ぬっと顔を出す。
「わあ、いたの!」
「おりましたよ。へへへ。なにかおもとめですか?」
メイの驚きの声に笑って揉み手をする。店構えだけでなく店員もあやしい。
「あの、ここって素材屋さんで良いんですよね?」
「そうですよ。どんな素材をおもとめですか?」
腰が引けつつミオがたずねると、店員はにんまりと答える。「にこやか」にじっとりとした雰囲気がプラスされて「にんまり」に変化している。
「錬金術素材の鉱物はありますか?」
メイは店や店員の雰囲気にも怖じず、勢い込んでたずねる。
「ございますよ」
言って、ふたたび店員が消える。いや、カウンターの下にもぐりこんだのだ。ごそごそと音がして、ふたたびぬう、と現れる。心臓に悪い。ミオはこっそり胸を押さえた。
見れば、ジェイクもチロも落ち着いたもので、きょろきょろと店内を眺めている。ジェイクにバスケットを持たれても平気になったチロに感慨深い。ジェイクが一緒に住み始めてずいぶん経つ。チロにとっても家族の一員なのだ。
ミオがそんなことを考えているうちに、メイは出された鉱物をためつすがめつする。
「ああっ、これ、【魔銅】だわ! こっちは【魔鉄】!」
【魔銅】は魔力を通しやすい銅で、【魔鉄】は魔力を通しやすい鉄だ。どちらも魔力がないと扱えない。
「おお、お目が高い」
箱の中を仕切り、番号を振ってひとつずつ鉱物を据える保管方法はスタンダードだ。珍しいのは、売り物なのであれば名称や価格が書いているはずなのに、番号しか振っていないことだろう。
メイの興奮した声に、あながちお世辞ではない返答をした店員は客の観察眼を試しているのかもしれない。
値段交渉が済み、いくつかの【魔銅】と【魔鉄】を手に入れたメイはまんぞくげだ。
「他には入用のものはございますでしょうか? これなんかはいかがです?」
店員が取り出したのを見て、ミオは思わず顔をしかめた。
【いかがわしいイカリソウ】である。
「いえ、いりません」
「さようですか」
ミオの顔つきを見て、断られるだろうことを予想していたのか、あっさりと引き下がる。
「では、こちらなどはいかがですか?」
「これは……【ミノタウロスの涙】ですか?」
店員はあのじっとりが含まれた笑みを浮かべる。
店員が取り出したものをミオは覗き込み、思案する。それほど珍しいというものではないが、ここ最近、リージュの素材屋では見かけない。買っておくことにした。
「あ、そうだ。【まんぷくのエダウチオオバコ】はありますか?」
メイがもうひとつの目的を思い出してたずねる。珍しい鉱物が手に入ってうっかり忘れるところだった。
「ございますよ」
「あるんですね!」
勢い込んで言う。あやしげな店構えだが、当たりだった。それはメイの感想であって、ミオからしてみればやや違ってくるが。
「お客様は錬金術師か薬師か、いずれにせよ、きちんと知識を身につけた方とお見受けします。でしたら、お取り扱いいたしますよ」
昨日、市場で聞いた話を思い出す。知識がないままに手を出して大事になり、今では薬師や錬金術師しか取り扱えなくなったのだという。つまり、売る方も相手を吟味しなければならないのだ。
「わたしたちも師に正しい処方をしなさい、知識のない人に処方する時は気をつけなさいと常に言われてきました」
その影響力は方々に及ぶ。
ミオが言うと、店員は目を細めてじっとりと笑った。
「すばらしいお師匠様ですね。おふたりは錬金術師なのですか?」
「そうです。まだ駆け出しですが」
「それはそれは。ぜひ、当店もごひいきに」
「はい、また来ます」
そうして、ハント一泊の旅は大きな収穫を得て幕を閉じた。




