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ハントはリージュとはまた違った雰囲気がある。
リージュは瀟洒に整った雰囲気があるが、ハントは雑多でやや荒っぽく、けれど、その分勢いがあって活気がある。なにより、ふとした拍子に潮の香りがただよってくる。それが新鮮に感じられる。
はじめての運河にはじめての街に、ミオもメイも胸が弾み、足取りは軽かった。
「これはなにかしら」
初めて見るものも多く、さっそく、ミオは近くの露店で足を止めた。
「いらっしゃい、お嬢さん。これはね、【ぬれぎぬのアルニカ】さ」
「ああ、これが、あの!」
高名な医者が毒草と取り違えて説明したため、長い間、毒があると思われてきた薬草である。
「可愛いお嬢さんにならお安くしておくよ」
「これはなにに効くの?」
メイもミオの背後から覗き込む。
「【ぬれぎぬのアルニカ】はね、内出血や捻挫に効くのよ」
「おや、よく知っているな。もしかして、薬師か?」
ミオの説明に、店主が片眉を上げる。
「ううん、わたしたち、錬金術師なの!」
メイが胸を張る。とたんに、店主の視線が釘付けになる。
「ほほう、それはそれは」
「ねえ、おじさん、【まんぷくのエダウチオオバコ】はないの?」
「ああ、あれな。女はみんな欲しがるんだよなあ」
【まんぷくのエダウチオオバコ】はその名の通り、満腹感を与えてくれるものだ。つまり、食欲を抑えてくれるのだ。
「一時、しろうとが手を出して体調を崩したのが出て、薬師や錬金術師しか取り扱えなくなったんだよなあ」
仕入れた分だけ売れる目玉商品だったのに、と店主は恨みがましそうに言う。
【まんぷくのエダウチオオバコ】に限らず、正しい処方をしないと、身体に弊害があることはままある。ミオもメイも祖母から口を酸っぱくして言い聞かせられていた。実際にそういったケースに直面すると、祖母がなぜ執拗に言っていたのか分かる気がする。用いた者だけでなく、その影響は方々に余波を招くのだ。
「じゃあ、薬師の工房か素材屋さんにしか置いてないかな」
「ああ、そっちに行ったらあると思うぜ」
【ぬれぎぬのアルニカ】を購入した後、市を回って、ミオが友人から聞いたカフェに入って休憩した。カフェの店員はチロを可愛いネコだと言って快く入店させてくれた。
ミオとメイはこっそり店員の目を盗んで、チロに自分たちが頼んだスイーツを分けてやる。
市場の屋台でも食べ歩きをしたので、ふたりはそのくらいでちょうど良いが、チロは小さい身体のどこに入るのかというほどよく食べる。ジェイクがこれは大きく育ちそうだと言っていたが、トラのように大きくなったら、さすがにネコだと言い張るのは無理があるだろう。
「あーあ、結局、鉱物の素材はなかったわね」
メイがティーカップをソーサーに戻しながらため息をついた。
翠玉、蒼玉、黄玉などといった宝石類はあったが、錬金術の素材としては効力を発揮しない。ミオもメイも綺麗な装飾品に目を奪われないではなかったが、同じ値段を出すのなら、錬成に用いられるものを買いたい。
「明日、教えてもらった素材屋に行きましょう」
「うん。【まんぷくのエダウチオオバコ】もあると良いなあ」
「こだわるわね」
「リネットに買ってきてって頼まれているの。ほら、彼女、パン屋の子でしょう? 試食とか余ったのとかでパンを食べることが多くて太ることを気にしているの。手に入れたら処方してね」
今まで何度となく聞いたことがあるメイの友だちの名前が出てきて、ミオはうなずいた。兄のセオドアが作った試作のパンをもらい、ミオやメイも感想を求められたことがある。
「分かったわ」
リージュでも見かけなくなったところを見ると、あちらでも規制されている様子だ。だからこそ、メイの友だちも頼んだのだろう。しかも、錬金術師だから、処方込みでやってもらえる。
「ケイトさんたちにもお土産を買って行かなくちゃね」
「そうだね。お昼までまだ時間があるし、探してみよう」
ふたりは【やさしさのアニス】を見つけてそれを友人たちと冒険者ギルドの女性職員への土産にすることにした。【やさしさのアニス】は咳や胃弱の薬ともなるし、独特な甘い香りがして茶にして飲みもする。
「結構な量になったわね」
「渡す人数が多いからね。でも、おかげでおまけしてもらっちゃったね!」
「喜んでくれると良いわね」
土産というものはもらう場合も渡す場合も楽しいものだ。
そんな気遣いを身につけるようになっていたミオとメイは、ハントの冒険者ギルドに行くジェイクにもまた、土産をことづけていた。
ジェイクは冒険者ギルドに顔を出してみれば、「おお、ジェイク、美人姉妹と同居しているんだって?」「うまくやったなあ、おい」「うらやましい! けしからん! 酒をおごれ!」などと方々から声がかかった。
リージュからそう遠くないハントも大都市で、どちらでも仕事は多くある。一時は両方に顔を出して仕事を請け負っていたジェイクはげんなりする。
手早く受付に預かった物品を渡した。
「あら、これは?」
リージュの冒険者ギルドから預かった届け物とは別の包みをハントの冒険者ギルドの受付が不思議そうに見る。
「ああ、入浴剤だ」
「あらあらっ、ケイトから聞いたわ。噂の美人姉妹の入浴剤ね?!」
途端に表情が明るくなり、声が高くなる。
「耳が早いな」
「だって、冒険者ギルドの受付ですもの」
「今日、こっちに顔を出すって言ったら、もしよかったら使ってください、ってことづかったんだよ」
「あらあらあら! 嬉しいわ。しかも、少しずつ別包装してくれているのね。ケイトから聞いた通り、可愛い花がついている! みんな、リージュの可愛い錬金術師姉妹から入浴剤の差し入れをいただきましたあ!」
受付は受け取った入浴剤の包みを見てどんどん興奮し、最後には後ろを向いて同僚たちに掲げて見せつつ、高らかに宣言した。
「きゃーっ」
「やったー」
「夏の潮風がきつくて肌がべたついて仕方がなかったのよね!」
「うれしーい」
わらわらと女性職員たちが寄って来る。
ふとジェイクは思いついて、ケイトたちリージュの冒険者ギルドの女性職員の茶話会兼健康問診会のことに水を向けて見た。
「ええ、ええ、その話も聞いたわ。さすがはリージュのギルドマスターよね」
「うらやましいわ」
「わたしたちもやりたーい」
「リージュに来れば良い」
ジェイクの言葉に、きゃいきゃいと騒いでいた声がぴたりと止まる。入浴剤の包みをそれぞれひとつずつ抱えていた女性たちの動作も止まり、視線だけがジェイクに集まる。
「うまくギルドマスターを説得して、二回に分けてくればいいさ。そうしたら、ギルドの業務が完全停止することもないだろう? リージュは近いから日帰りできる距離だし。なんなら、茶話会兼問診会は数時間もあれば終わるんだから、残りの半日はリージュのギルドに行って合同研修会とかなんかをすれば良いんじゃないか?」
ケイトたちと同じく入浴剤に喜ぶ様子に、茶話会兼健康問診会にも興味を持つのではないかと思って提案した。
「ジェイク、あんたって、天才!」
その声を皮切りに、女性たちはふたたび動き出した。
「それ、良い考えね!」
「さっそく、マスターにおねだりしてくるわ!」
「ああ、うちの工房のことも宣伝しておいてくれ。あと、日取りの相談はまた後日するにして、もし開催されるのなら、それぞれの日常で気になる体調のことや生活習慣などを先に連絡しておいてくれ」
ミオが言っていたことを思い出す。リージュの冒険者ギルドの時も間に入ったので、要領は得ている。
「まあ、本格的ね」
「ああ。質問に答えたり、症状に合った薬を処方してくれる」
感心する受付の女性に、ジェイクはここぞとばかりにアピールする。
「素晴らしいわ」
女性職員たちはうっとりとした表情になる。
「絶対にマスターを説得するわね。交渉なら任せて!」
ジェイクもまた、冒険者としてその交渉術の世話になった職員が強く請け負う。
「職員が移動する時間や料金よりも錬金術師姉妹を呼ぶって言われそうだけれど、わたし、幻想的だっていう雰囲気を味わいたい!」
近い地理関係もあるだろうが、ほとんどの事柄が筒抜けで、詳細を聞いているらしい。だからこそ、女性職員たちは自分たちも参加したいと乗り気になる。
「だからこそ、ジェイクは合同研修会かなんかって言ったのよ」
「ああ、なるほど。やだ、ジェイク、結構、切れ者だったのね!」
あっけらかんと言って、けらけら笑うのに、他の職員たちもつられて笑う。
「うちでも錬金術師工房のことをお勧めしておくわ」
「噂の美人姉妹だって言ったら、きっと気をそそられるでしょうね」
「本当のことだから、誇張することなく言えるからいいわね」
やる気に満ち溢れた女性職員の表情に、ジェイクはしばらく工房の店番をすることにした。もちろん、虫よけである。ミオもメイもハントで仕入れた錬金術の素材を使ってみたくて工房に籠るだろうから、ちょうど良いだろう。




