22-1. 港町へ
工房を再開してそれなりに四苦八苦しながらも徐々に運営を軌道に乗せていたミオとメイは、ここのところ、失敗が続いて落ち込んだ。
そんなふたりに、ジェイクは他の街へ行くことを提案した。
「気分転換に、港町ハントへ行くのはどうだ?」
その提案に、ふたりはとても喜んだ。もろ手を挙げて賛成する。しまいには躍り出す姉妹に、ジェイクがあきれてみせる。
「ハントはリージュから日帰りで行くことができるだろう?」
用事がある商人ならばよくそうする。
「リージュにも色んなものが運ばれてくるから、ハントへ行く必要もないのよ」
「おばあさまは何度か行かれていたわ」
「わたしたちは工房を再開したばかりだから、定休日以外に閉めるのは気が引けるし」
そんな風に言っていたミオとメイは他の者たちから話を聞くうち、あれもしたいこれもしたいとなる。
「友だちが行ったカフェも良さそうなの」
「街をひと通り見てみたいわ」
しかし、ミオとメイの最大の目的は錬金術素材の買い物だ。せっかく行ったことのない場所に行くのだから、レシピも探してみたい。
「せっかくだから、向こうで一泊すれば良い」
これは朝から晩までスケジュールをぎっちり詰め込むに違いないと思ったジェイクはそう言う。
「工房の方は俺が店番をしておくから」
ジェイクがそう言ったとたん、ミオとメイはぴたりと口をつぐみ、はしゃぎまわっていた動作が止まる。
「え、おじさん、いっしょに行かないの?」
「だって、チロちゃんもいっしょに行くのに」
ふたりはそろって同じように目を丸くした。
「なうん?」
チロすらも首をかしげる。
「いや、せっかくだしな。定休日とその前日か翌日を使って、俺が店番をしたら、工房を閉めなくても良いだろう?」
「そうだけれど、でも、」
「いっしょに行こうよ! あ、そうだ、荷物持ちをしてよ」
ジェイクの提案通りなら工房を閉めなくても良いが、しかし、とミオは口ごもり、メイは思いついて提案する。
「大容量バッグを持っているだろう?」
「<ブヒブヒのかばん>がせっかく買った素材を食べちゃうかもしれないでしょ!」
見た目よりもたくさん入る上に重量もある程度軽減するかばんは、しかし鳴き声シリーズ特有の癖があるしろもので、中身の食料が減ることが時折発生する。
しかし、それはあくまでそのかばんの好物であり、錬金術の素材は当てはまらないのではないかとジェイクは思った。口にはしなかった。ミオとメイがジェイクもともに行こうと言うのが嬉しかったからだ。
「じゃあ、俺もいっしょに行こうかな」
「やった! 朝一番の船に乗りましょうね」
「わたし、調べてくるよ」
「あ、待って。いっそ、もうチケットを買ってしまいましょう」
「じゃあ、日取りを決めないとね」
「おじさんは冒険者稼業のスケジュールはどうなの?」
ジェイクの気が変わらないうちに、というわけではないだろうが、ふたりは矢継ぎ早に決めて行った。
「港町だから、魚料理が美味しいわよ、チロちゃん」
「にゃうん」
チロも嬉しそうに鳴いた。
運河を船で渡るあいだ、ミオとメイは先頭の甲板の上で手すりに両手をかけてずっと周辺の風景を眺め、おしゃべりをしつづけていた。
「なうん」
チロも物珍し気にあちこちに首をめぐらし、耳の角度をしきりに変える。
「おとなしいネコちゃんね」
「とても可愛いわ」
同乗した客がメイが持つバスケットの縁に両前足をかけるチロを微笑ましく見る。
ミオとメイがさっと視線をかわして、自慢げな顔つきになる。
「ふたりとも、いくら夏だからって、朝のうちに河風に当たりっぱなしじゃあ、風邪ひくぞ」
リージュ・ハント間を何度も行き来しているジェイクには面白みもないが、ふたりと一匹はそうではない。
ミオとメイはこの日のために麦わら帽子を用意して被っている。帽子にはそれぞれ、ミオは薄紫色の花を、メイはうす桃色の花をちょこんとかざっている。
ハントが近づくにつれ、鈍色にかがやく海が徐々に迫って来る。
「船だわ!」
ミオが手を斜め前に差し出して指さす。その伸びやかさにジェイクは目を細めた。
「大きいわ。マストってあんなに高いのね」
メイが感心するように言う。高く直立するマストは遠くからでも見える。
「外洋を航海する船だからな。何日も航海するから、牛や山羊を連れていくんだ」
家畜を連れ込むことができるほどに大きい。
「へえ、そうなんだ」
「新鮮なミルクが飲めるわね」
そんな風に話しているうちに、運河をたどってハントに到着した。
「午前中に着けたわ」
「さっそく市へ行きたい!」
「俺はふたりが買い物をしている間、こっちの冒険者ギルドに顔を出して来るよ」
せっかく移動するのだからと、物品を運ぶ雑用を請け負ったのだという。
ジェイクのこういう気遣いや気さくさが、冒険者ギルドにおいて人物評価につながっているのだろうとミオとメイは思う。そのおかげで、受付にいたケイトに保証してもらい、一宿一飯の代わりに素材採取の護衛をきっかけに、共に過ごすようになったのだ。
「昼は合流できそう?」
「お昼ご飯、いっしょに食べよう!」
「なん!」
ふたりと一匹の輝かんばかりの笑顔を、適当に道すがらで済ませるなどと言ってくもらせるのは本意ではないジェイクはおとなしく待ち合わせ場所を決めた。
「ふたりとも、あちこち見て回るんだろう? 夏場だから途中涼しいところで休憩するんだぞ」
「大丈夫。友だちに聞いたカフェに入る予定にしているから」
「屋台で美味しそうなものがあったら食べるわ」
「にゃうん!」
ジェイクは片眉をはねあげた。ふたりと一匹は食べる気まんまんである。
「逆に昼飯は入らないんじゃないか?」
「その分、動くもの!」
「別腹よ!」
「なおん!」
女性陣は太ることを気にし、チロはせっかくのうまいものを食べる機会を逃すものかと気負う。
「ミオとメイははぐれた時に落ちあう場所を、その場その場で決めておけよ」
「うん、そうする」
「分かった!」
「にゃん!」
ジェイクの言葉にミオとメイばかりでなく、チロまでも返事をする。雑踏の中でもチロならば人に踏まれずに移動できるだろうが、ミオとメイが見失う。
「チロはちゃんとバスケットの中にいろよ?」
「そうね。露店では動物は歓迎されないでしょうから、チロちゃんはそうしてね」
「大丈夫。食べ物を買う時にはチロちゃんの分もあるからね!」
「なん!」
ジェイクはあれこれとふたりと一匹に注意事項を話して別れた。うるさく小言を言うのはどうかと思うのだが、金色の髪が朝日にまぶしく透ける姉妹に、あちこちから視線が集まって来るのだ。いらぬ心配をしても仕方がないと思い切って、ジェイクはハントの冒険者ギルドへ向かった。




