21. <カアカアの斥候>
図書館で取ってきたメモを見ながらうんうんうなるミオとメイの足元でチロが鳴く。
「なうん」
「チロちゃん、どう思う?」
「やっぱり、明るさじゃないのかな。でも、すでにフクロウは遠目がきくのよねえ」
「これ以上、足しようがないのよね」
「なうん」
チロが小首をかしげ、ジェイクが言った。
「<ホウホウの探知>だけにこだわらなくても良いだろう。別のアプローチを探すか、いっそ、他のものを取り扱ったらどうだ?」
「でも、途中で放り出すのは、」
「試行錯誤を重ねるものじゃないのかな、」
「顧客から依頼があったわけでもなし、こだわる必要はないだろう?」
ミオとメイはそれもそうかとうなずいた。
鳥のすべてが鳥目ではないということを思い出す。
「ニワトリについて調べてみる?」
「でも、<コケコッコの時計>も<コッコの時計>も成功しているからなあ」
新しいものにチャレンジしてみたい。
「あ、じゃあ、これは?」
同じ鳥類に関するもので、消耗品である<カアカアの斥候>だ。
ふたりはさっそく、錬金術便覧を引っ張り出してきた。
ジェイクは停滞していたミオとメイが他に目をやって進みだしたのに安心し、その場を離れた。
<カアカアの斥候>
離れた場所に入る敵の様子を探る(空)。
障害物もなんのその。
空からひとっ飛び。光るものがあればそちらに引き寄せられるので、
役に立たなくなることもある。
「カラスね。ええと、」
フクロウを調べるついでに他の鳥についてもメモを取ってきた。
カラスは知能が高い。光るものを収集する。光る物を捉えやすい目の構造をしている。夜目が利くわけではない。
「光る物を捉えるから、そちらに引き寄せられるのね」
「今度は夜目が利くのではないのね」
「じゃあ、明るさを加える必要はなさそうね」
ふたりは錬金術素材一覧をも引っ張り出して、ああでもないこうでもないと言い合った。
「あ、そうだ。今まで調べたことと関連しそうな素材を探しに行こうよ!」
先日、図書館の帰りに寄った市場で素材探し巡りをしようと話したことを思い出したメイが提案する。
「そうね。工房にずっと籠っていても身体がなまるし、良い考えが浮かぶかもしれないしね。明日なら定休日だからちょうど良いわ」
ミオもまた、市場で会った友人に言われたことを思い出してメイの案に乗ることにした。
そうと決まれば、とばかりにふたりは薬を補充するために錬成に取り掛かった。そして、冒険者の仕事を済ませて帰ってきたジェイクに明日、でかけることを話す。
ジェイクはミオとメイに狩ってきて冒険者ギルドで捌いてもらった肉を渡した。
「なうん」
チロがその足元で、受け渡しされる肉に注視しながら鳴く。
「そうだ。チロちゃん、タレをつけて焼いた肉を食べてみる?」
「香ばしくて美味しいんだけれど、食べられるかな?」
これも市場で話していたことを思い出したミオとメイが言うと、チロはぴんと尾の先まで力を入れて目を輝かせる。
「なん!」
「ははは。チロはどんどん美食家になるな」
そう言うジェイクこそ、もはや他の料理店で食べたいとは思わない。今までならば、狩った獲物はすべて冒険者ギルドに買い取りで出していたが、今では肉は捌いて持ち帰ることにしている。
「にゃうん!」
ジェイクの言葉に答えるチロは大分、彼自身にも慣れ親しんだ様子だ。そう見て取ったので、提案してみた。
「そうだ、チロ、今度ふたりで一緒に狩りをしないか?」
「なん!」
「お、乗り気だな。じゃあ、ぼちぼち行ってみるか」
こちらも話がまとまった。
ミオとメイはチロが味が付いた焼き肉をも好んで食べたことから、ジェイクと同じような弁当をもたせてふたりを見送った後、市場へやって来た。
「朝からだと商品が減っていないから良いわね」
「朝日の中の市場! 久々だわ!」
ふたりは高揚に任せて市場を練り歩いた。
「よう、ミオにメイ! びっくりシリーズが入荷したぞ!」
【びっくりワサビ】
涙で前が見えなくなるほど辛いワサビ。
【びっくり梅】
目の前で火花が散るくらい酸っぱい梅。
「ねえ、いっそ、目が見えなくなるようにしたら、光る物の方へ引き寄せられなくなるかしら」
「斥候の意味がなくなるじゃない。本末転倒だわ」
「それもそうか」
ミオの言葉にメイもすぐにその通りだと認めた。
広場は大きな道がみっつ交差する中心にある。そのほかにも細い路地がいくつかある。ふとメイはそんなひとつの路地の中に店を出しているのを見つけた。まるで目立たなくて商売っけというものがない。そういう場所に商品を広げているのに気をそそられて、薄暗い露地に足を踏み入れた。
「メイ?」
「あっちにも店があるよ」
「本当だ」
ミオもメイの後ろからついて行く。
「こんにちは! なにを扱っているんですか?」
メイは物おじせずに元気よく痩せた男に語り掛けた。
「いらっしゃい。よく見つけなさったなあ」
背が低く浅黒い肌の男は異国人のように見えた。メイとその後ろに立つミオをまぶしそうに目を細めて見る。
「鉱物採取によく行くの。その時に働くカンみたいなのかな?」
「おお、嬢ちゃんは鉱物に興味があるのか。ちょうど良い。こちらなんかどうかな?」
そう言って、男が指示したのは鉱物だった。
「あれ、これってもしかして【伊達と酔狂の石】?!」
「お、知っているのかい。すごいね」
男は感心する。
「うん。錬金術素材一覧に載っていたわ。実物は初めて見る」
「メイ、どんな性質なの?」
ミオもメイの肩口からのぞきこむ。
「これはね、色んな色を持つ鉱石なんだけれど、その色によって性質が変わって来るの。石が割れる方向も色々変わって来るのよ」
「へえ。同じ鉱石でもさまざまな性質を持つのね」
メイの詳細な説明にミオがなるほどとうなずく。
「お嬢ちゃんは錬金術師か? いや、本当に詳しいな」
「そうよ。錬金術素材一覧は読み込んでいるもの。本物を見られるなんて!」
店主の言葉に、メイは胸を張ったり、感動したりと忙しい。
そんな素直で真っすぐな様子に、他の者がよくするように、店主も好ましい印象を受けたらしい。
「この石のことを熟知しているお嬢ちゃんになら、譲っても良いよ」
安くしておくよ、と勧めてくる。
メイはちらりとミオに視線をやる。ミオはすかさずうなずいた。元々、目新しい素材に出会うために市場にやって来た。少々高くても買っておこうというアイコンタクトだ。
「あの、虹色の石はありますか?」
「あるよ」
そうして、ミオとメイは【伊達と酔狂の虹石】を手に入れた。
【伊達と酔狂の虹石】
派手な目を奪う虹色。
石の割れ方(劈開)が好き勝手あちこちに伸びる。
「派手で目を奪うなら、<カアカアの斥候>も影響を受けるんじゃないかな」
そして、石が好き勝手な方向に割れるという点にもメイは注目した。
メイの目論見通り、<カアカアの斥候>は【伊達と酔狂の虹石】に引きつけられた。しかし、逆に、「好き勝手な方向に」という性質が邪魔をした。
「指定する方向にはならない!」
「これも失敗かあ」
ミオとメイは消沈した。
最近、成功続きできたから、期待が大きかったこともある。
「錬金術ってのは試行錯誤するものなんだろう? 失敗があるものなんじゃないのか?」
夕食の席でも消沈するふたりに、ジェイクが励ます。
「そうだけれど、」
「でも、失敗ばかりでは、」
「前も言ったが、客の要望に応えられなかったわけじゃない。工房がどうこうなる失敗じゃないさ」
ジェイクの言葉に、ミオとメイは顔を見あわせた。
「その通りだわ」
「わたしたち、失敗したら駄目だと思い込んでいたのね」
徐々に明るい表情になっていくふたりに、ジェイクはさらに続ける。
「気分転換に別の街へ行ってみるのはどうだ? そこで素材やレシピを探せば良い」
「違う街!」
「行きたい!」
ふたりはリージュから出たことがないという。
「夏だし、海が良いだろう。ハントなら運河でつながっているし、そう遠くはないからな」
ハントは大きな港町だ。あちこちの国から航海を経た船が入港する。物も人も多様に大量に入って来る。
「ハント!」
「一度は行ってみたかったの!」
ミオとメイは両手を握り合せ、その場で何度も跳ねた。チロも踏まれないように距離を保ちつつ、動き回る。
ジェイクは姉妹が戸惑っているとき、迷っているとき、立ち止まっているときに、そっと背中を押すように、冷えた指先を温めるように、優しく心強く支えた。
道を歩んでいくのはふたりだが、その支えになっていた。




