19-1.<ニャーニャのローブ>が破れた!
ミオとメイの錬金術師工房に、<ニャーニャのローブ>を着た冒険者バートが駆け込んできた。
「大変だ!」
大きな声だったため、店番にジェイクがいたが、ミオとメイも工房から顔を出した。
「ニャーニャのローブが破れた!」
血相を変えて跳び込んで来て、肩で息をつきながらようようそれだけ言う。
「それはまた、」
なんと言えば良いかわからず、ジェイクは口ごもる。
武器は購入した武器屋か直接鍛冶屋へ、防具は防具屋へ修繕に出す。しかし、<ニャーニャのローブ>は魔道具だ。
最近顔を出し始めたミオとメイの工房がちょうど錬金術に関するもので、バートはここを頼ってきた。
破れたせいか、普段の半分くらいしか回避能力を発揮しないという。
「でも、俺はこのローブじゃないと嫌なんだ」
ジェイクはこだわりなくなんでも使う。だから、バートの言葉にはそうか、とうなずくにとどめた。しかし、共感する者は他にいた。
「分かるわ、その気持ち!」
「愛用の器具じゃないと、良い仕事はできないわね」
「ガウガウ!」
まっさきにメイが声を上げ、ミオも深くうなずき、チロまで勇ましく同意する。
「分かってくれるか!」
バートは目を輝かせた。
ジェイクには分からない。三人と一匹はすっかり盛り上がっている。
バートは剣士だが、軽くて回避能力が上がる魔道具を防具として使っている。ローブは激しい動きをするのに適していないので、前に出て戦う者には避けられがちだ。
しかし、<ニャーニャのローブ>は一部愛好家に愛される可愛さがあるのだ。フードにはネコ耳が付き、後背には尾がついている。
<ニャーニャのローブ>
ネコ耳と尾がついているので、筋骨隆々の者が着ると似合わないと言われている。
回避能力を上げるためと言い張って一部マニアでは重宝している模様。
錬金術便覧にこうある通り、バートは一部マニアの人だった。
そのマニア魂に理解を示され、感激しきりである。
ジェイクとしても、こだわりがないからこそ、自身が使いやすい装備を使えば良いという考えだ。
「ミオとメイは鳴き声シリーズのカスタマイズを成功させていると聞いているし、なにより、他を使えと言わないだろう?」
バートはそう言うも、ジェイクとしてはそれだけではないだろうと踏んでいる。出会った時、虫刺されに気づき、近くにあった薬草で処方してやったミオに気があるそぶりを見せているのだ。会う口実ができたというところだろう。
「絶対に元通りにするとは言えないけれど、みてみるわ」
「そうね。まずはどんな風なのか確認してみないと」
そこで、バートはローブを脱いでふたりに渡した。
チロがローブの尾に鼻を近づける。
「お、お前も興味があるのか? 良い趣味をしているな!」
「なうん」
バートの言葉に答えるようにチロが鳴く。
「最近、チロちゃんはおじさんと連携を取って戦っているのよ」
「飛べるから、かく乱するのが得意なの」
ミオとメイがローブを受け取って検分しながら言う。
「そうか。いずれ、俺も一緒に戦ってみたいな」
「なん!」
「それはいいが、くれぐれも、チロのことはひみつにしておいてくれよ」
ジェイクが釘を刺す。バートはBランクの一流の腕を持つ。この周辺で彼が伴うなら危険はない。
「分かっている。こんなに賢くてかわいくて強い幻獣だったら、無理やりにでもうばおうとする者がでるかもしれないからな」
バートはネコ科の動物を好むらしいので、チロの不利益になることはしないだろう。
「破れているのは少しだけね」
ミオの言葉にバートの顔が明るくなる。しかし、次に続くメイの言葉に肩を落とす。
「でも、回避能力が大幅に下がってしまったのね」
「縫うだけでは駄目ね。少なくとも以前通りの能力を取り戻さないと」
「となったら、相応の素材がいるわね」
「言ってくれ。どんな素材が必要なんだ」
いくらでも出すと言いそうだなあ、と思いつつ、ジェイクは黙っていた。
「やっぱり、【がんじょうな白玉髄】ね」
「そうね。できれば、【五割れのライラック】も欲しいところね」
【がんじょうな白玉髄】
防具の強化に用いる。高品質のものは回避率アップ。
【五割れのライラック】
幸運をもたらす。生産の成功率や攻撃の命中率、防具の回避率を上げる。
メイが錬金術素材一覧を工房から持って来て、開く。
「おお、高品質のものなら回避率が上がるのか!」
バートは字が読めないということだったので、メイが代わって読み上げると、目を輝かせる。
「そうなの。でも、リージュの坑道で採れると聞いたことがないわ」
「むむ。手に入らないのか?」
メイの言葉に、バートが眉をしかめる。
「素材屋か鍛冶屋に行けばあると思うんだけれど」
さすがは得意としている分野の素材については詳しい。
「なんだ、じゃあ、買いに行こう!」
今にも飛び出して行きそうな口ぶりである。
「でも、高品質なだけあって高いのよ」
「俺の装備だから、もちろん俺が出す」
そんなことか、任せておけとばかりに胸を叩く。マニアは好みのためならば、金や時間を惜しまない。そして、一流であるBランク冒険者のバートだ。難しい仕事をこなせば、得られる報酬は高額だ。
「あとはなんだ? 【五割れのライラック】? それも素材屋にあるのか?」
「どうかしら。今ちょうど開花時期なんだけれど、いつも行く森の中では今年は見つかっていないの」
ミオの言葉に、バートは腕を組んでうなった。
「とにかく、素材屋へ行ってみましょう」
ミオとメイはジェイクとチロに店番を頼み、バートと共に素材屋へ向かう。
【がんじょうな白玉髄】は見つかったが、【五割れのライラック】はなかった。
工房に戻って来た一行は購入した【がんじょうな白玉髄】をカウンターに置いて額を向き合わせる。
「でも、【がんじょうな白玉髄】は高品質のものが手に入ったし」
「そうね。【五割れのライラック】はあれば良いという感じだし」
「いや、回避だけでなく、生産の成功率も上げるんだろう? できれば、欲しい」
【五割れのライラック】を用いない方向で話が進む中、バートだけは反対した。愛用の装備に対して万全を期したいという気持ちが分かるので、誰もなにも言わなかった。
「そうだな。じゃあ、俺がとっておきの採取場所を教えてやる」
そこに【五割れのライラック】があるかどうか探しに行き、なければ仕方がない、と言う。
「え、教えてもらって良いの? バートさんが採りに行くのでも構わないわよ?」
採取場所の情報というものは、時に金銭に代えられないほどの価値を持つ。それを知るミオが目を丸くする。
「いや、俺が下手に採取するよりミオが行く方が成功率が上がりそうだ。それに、それを<ニャーニャのローブ>の修復の報酬にするというのでどうだ?」
「もちろん、構わないわ。【がんじょうな白玉髄】もバートさんが買ったのだし、わたしたちへの報酬は高すぎるくらいだわ」
「あ、じゃあ、こうしたら? 装備品はメンテナンスをすれば長く使えるの。だから、メンテナンス一回分の料金込みで請け負うわ」
ミオの言葉ももっともだと思ったメイが提案する。
「お、良いな! 俺はそれが良い」
それ「で」良いのではなく、それ「が」良いのだ。客がそう言うのだからとミオも納得した。




