17-3
茶話会兼健康問診会の当日、時間ぴったりにケイトは冒険者ギルド女性職員の先頭に立ってメイとミオの錬金術師工房の扉を開いた。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「いらっしゃいませ!」
「お待ちしておりました。奥へ案内しますね」
始め、ミオは店に食卓のテーブルを移動させてそこで茶話会を開こうと考えた。しかし、ジェイクが自分が店番をしておくから、ミオとメイは食卓の方で冒険者ギルドの女性たちの相手をすれば良いと言った。
「そうしたら、工房は閉めずに済むだろう?」
難しい注文をする客については話だけは聞いておいて、後でミオとメイに報告すると言う。
「おじさんの店番も板について来たものね」
「この間来たお客さんが今日はジェイクさんの日じゃないのかって言っていたわ」
「まあ、残念そうではなかったろうな」
食堂はメイが中心になって飾った。
窓辺や棚にガラス瓶が配置された。ジェイクがせっせと磨いたガラス瓶は透明に輝き、中に入れた鉱物や植物をくっきりと見せた。半透明の角のある粒がいくつもくっつき、その中央がほのかに青紫色や赤紫色をしている。その中に小枝や葉を入れている。葉や枝からほんのり芳香が漂ってくる。
食堂に入った途端、ケイトたちはすぐに気づいた。
「綺麗ね!」
「本当、不思議な感じだわ」
「でも、怖さはないわ。流石は若い女性の錬金術師ね」
「今日のために用意してくれたの? 一日だけの飾りだなんて、もったいないわ。普段からお店の方にも飾って見たらどうかしら?」
「確かに! とても綺麗だし、不思議な魅力で吸い込まれそうで、いつまでも見ていられるわ」
「ええ。さすがは、錬金術師、という感じね」
「カットされ磨かれた宝飾も綺麗だけれど、こういった石の状態でディスプレイするのも違った魅力があるわ」
ギルドの女性職員たちが口々に褒め勧めてくれるたので、ふたりは彼女たちの言うとおりにすることにした。
そうして、ミオとメイの錬金術工房は客が訪れる店舗に、様々な鉱物や植物が詰め込まれた美しくも不思議なガラス瓶たちが飾られた。
窓から差し込む陽光に輝き、吸い込まれそうな風情は、見る者を惹きつける。
「いらっしゃいませ」
金髪の姉妹が迎えてくれる店には女性客も多く訪れるようになったと言う。
ハーブティと野菜のタルトが配られ、賑やかで楽しい雰囲気で茶話会兼問診会は始まった。たっぷりの野菜を美味しく食べられるとあって、ケイトたちは喜んだ。
ミオはあらかじめ聞いていた事柄を下に、アドバイスを行い、処方をした。症状に応じた薬を先に作っておき、本人の口から詳しい話を聞き取って、薬の用量の加減を行った。
「助かるわあ」
「慢性的なもので、もうずっと付き合って行かなくちゃいけないものだと思っていたもの」
「そういえば、女性冒険者もいろいろ大変みたいね」
女性冒険者が冒険の際にはトイレを我慢していたら、慢性的に出なくなったという者は多いという。同じ女性として、ギルド職員はよくそういった話を聞かされるのだと言う。
「冒険者を止めても、そういう体調不良は付きまとうからね」
「ね、こういうケースもミオちゃんやメイちゃんなら治せるかしら?」
「そういう時は利尿作用のある薬草を処方しますよ。少しずつ改善していくという手法になりますね」
女性職員の言葉にミオは少し考えてそう答えた。
「短期間の薬の服用で劇的に治るということはない?」
他の職員がたずねる。
「こういうケースは少しずつ身体を変化させていくのが良いと思います。薬草を処方した後は目に見える効果が表れるかもしれないですけれど、すぐに完治するということは考えられません」
ミオはそう言うに留めた。劇的な変化をもたらすというのはそれだけ強い作用がある薬だ。身体に変化をもたらす、と言う意味では毒も薬も同じなのだ。
「そうよね。その女性冒険者も長い時間をかけてそうなっていったんだから、すぐによくなるというのは間尺が合わないものね」
なんでもかんでも簡単にいくわけではないということをわきまえている女性職員は納得した。
「劇的に治ると言えば、聞いた? <ウッキウキのポーション>事件」
「なあに?」
「あ、わたし、聞いたわ!」
「あら、どんなこと?」
<ウッキウキのポーション>は鳴き声シリーズのひとつで回復剤の一種だ。
しかも、状態回復をもたらすという。このポーションが世に出た際、錬金術師たちは震撼した。
錬金術師たちが目指す大いなる目標は金を作り出すことの他、万能薬を作ることだ。状態回復をもたらすというのは、解毒剤だけでなく、酔い覚ましやめまいと言った体調不良を治す薬である。つまり、<ウッキウキのポーション>こそが万能薬ではないかと、それが出回り始めたころに騒ぎになった。それはもう、【けだるげな女王蜂の濃密蜂の巣】を突いたような騒ぎだったという。
数多の錬金術師が勇躍して調べ尽くし、これは万能薬ではないと認定された。
それだけにほとんどの錬金術師が知る<ウッキウキのポーション>であるから、錬金術便覧にももちろん載っている。
<ウッキウキのポーション>
不快な気分から解放されご機嫌に。
使いすぎ、粗悪品に注意。中毒性を発揮する場合も。
ご機嫌になるから「うっきうき」なのである。さて、重要なのはそこではない。「中毒性を発揮する」こともあるのだ。
「なんでも、ご機嫌になりたくて、ひんぱんに摂取したそうよ」
ハーブティを飲みながら、女性職員たちは雑談をする。
「あれ、結構なお値段じゃない?」
「そうなのよ。その冒険者も<ウッキウキのポーション>は使わずにずっと持っていたそうなんだけれど、解毒剤の手持ちがちょうどない時に服用したようよ」
「それで、癖になっちゃったのね」
「そういうこと。今では手放せなくなったみたいなの」
「ポーション破産だわ!」
「冗談じゃないのよ。本当に深刻で、パーティーメンバーがギルドマスターに相談したそうなのよ」
「あれよねえ、鳴き声シリーズって素晴らしい効果をもたらす道具も武器防具もあるけれど、妙な作用があるのよねえ」
「なのに、ひとりが作ったんじゃないのよね」
「作成者には魔道具師も錬金術師も鍛冶屋も防具屋もいるのよね」
「不思議ねえ」
さすがは冒険者ギルドの職員だけあって、情報に詳しい者が多い。
「そういえば、ミオちゃんとメイちゃんも鳴き声シリーズで面白いことをしているって聞いたわ」
「なんだっけ、<コケコッコの時計>?」
誰かが思い出したように言い出すと、すぐに他の者が反応する。ミオもメイも驚く。
「よくご存じですね」
「いろんな噂を聞くのよ」
「冒険者たちだけでなく、依頼者からもなにかと相談されるしね」
言いながら、片目をつぶって見せる。その様子から頼りになるなと感じる。そういう落ち着いた雰囲気があるからこそ、相談をもちかけられるのだろう。
ミオとメイは<コケコッコの時計>をカスタマイズしたことを話した。
「それで、いろんな鳴き声シリーズのアイテムを改良してみようと思うんです」
「あら、いいんじゃない?」
「冒険者もあのシリーズを愛用している者はいるわよね」
「だからこそ、もっとオリジナリティを持ちたいと思う人はいそうよね」
「そうそう。そういうところでお金をふんだんに使う人って案外多いんじゃないかしら」
「なんだか、人生を満喫しているって感じよね」
次々に出てくる言葉に、ミオとメイは顔を見合わせた。
自分たちがやろうとしていることを、経験豊富な冒険者ギルドの職員たちから賛成されて、自信が付いた。
「わたしたちも、なにかあったら、冒険者や依頼者たちに話しておくわね」
「面白そうな話はみんな大好きですもの」
「わたし、飛びつきそうな人を何人か知っているわ」
「ありがとうございます!」
その後も女性たちの悩みを聞き、有用な情報を聞いた。
冒険者ギルドの女性職員たちへの茶話会兼健康問診会は好評を博した。女性職員たちはギルドマスターへも好意的に話してくれたおかげで、ミオとメイは目を見張るほどの報酬を得た。
「指名依頼達成の報酬も乗っているからな」
ジェイクは笑う。高額の報酬を渡されては姉妹ふたりだけでは危ないとケイトが気を使ってジェイクも呼び出されていたのだ。
「これで、鳴き声シリーズを買えるんじゃない?」
「そうね、いろいろ試してみましょう!」
なお、冒険者ギルドの女性職員たちへの茶話会兼健康問診会はその後も年に一度の頻度で定期的に開かれた。ミオとメイの処方を受け、症状が軽くなった、ついては個別で支払いをしてでももっと投薬を続けたいという者もいて、顧客獲得につながった。
そして、三人の同居人でもある一匹については。
「チロちゃん、報酬たくさんもらったから、木の実入りのパンケーキを作るからね」
「当日も準備の時も、ずっと外出させていてごめんね。ハチミツかけてあげるから」
「にゃうんにゃうん!」
目ざとい冒険者ギルドの女性職員たちはチロを可愛がって撫でたがるだろう。そうすれば、羽根に気づかれるから外に出しておくようジェイクに言われたのだ。飾りつけの準備をする時も散歩に送り出し、飾り付けた食堂には入らせなかった。
不便を強いることになったが、チロは好物をもらえて満足げだった。
ガラス瓶のディスプレイは店に移されたが、チロは珍しそうに眺めるだけで、中に前足を突っ込んだり、ガラス瓶を突いたりすることはなかった。
時折、人気がない店の中で差し込む陽光がガラス瓶とその中身を幻想的に彩るのをじっと見つめていた。




