16-2
<コケコッコの時計>のカスタマイズはミオとメイの錬金術師工房の目玉となったようだ。
その後もぽつぽつとカスタマイズの依頼が舞い込む。
工房にいたふたりは店の呼び鈴が鳴った際、またそれに関する客かと思った。今日は朝からどんよりした天気で、ジェイクが冒険者稼業を臨時休業とし店番をしていた。だから、応対に出向かず、作業を続けた。
「……っ!」
「…………っ!!」
「…………さいよっ!!」
押し殺しつつも険しい雰囲気の声が漏れ聞こえてくる。
「なにかもめている?」
ミオが思わず手を止めると、メイも顔を上げる。
「だからっ、メイって子に会わせてちょうだい。彼がその子と付き合うことになったと言っていたのよ!」
ミオとメイが店へ続く扉を開けた途端、そんな声が飛び込んでくる。
ミオは思わず、メイを奥へ押しやろうとしたが、するりと脇をすり抜けて店の方へ行ってしまう。
「わたしがメイです」
「あなたが?」
まだ年端もいかないメイを見て、二十代前半くらいの女性が眉をひそめる。
「わたしは今、誰とも付き合っていません」
「うそよ! 彼が言ったもの。わたしははっきり聞いたのよ!」
「でも、本当に誰とも付き合っていないもの」
言って、メイは肩をすくめる。
「そうです。妹はずっとわたしと行動を一緒にしています。男の人と付き合う暇なんてないわ」
ミオも出ていってメイの隣に立つ。いざとなったら妹をかばうことができるように、じりっと足を動かす。
「わたしは錬金術師になりたてで、男の人と付き合う余裕なんてないわ」
「そうです。素材集めと錬金術と得意先回りばかりしている毎日です」
女性の顔に一瞬、あわれみと優越が浮かんだ。
ミオとメイにとっては今大切なこと、したいことをしているだけだというのに、恋愛をしていないというだけで見下されるのだ。
ミオとメイは似たもの姉妹だった。
この時、ふたりはもくもくと負けん気が湧いて出た。
この人を錬金術であっと言わせたい。
そう思ったのだ。
ふたりが鼻息を荒くしているのを他所に、ジェイクが女性をなだめにかかっていた。
「おそらく、君の彼氏は適当な名前を挙げただけだろう。残念だけれど、本命は別にいるだろうな」
メイではないが、誰かがいるというのは本当のことだろうというのに、女性はぐっと詰まった。
そして、女性はおろかではなかった。それ以上言わないジェイクの優しさに触れる。自分にはもう気持ちはないのだということと、元彼氏の不誠実さと卑怯さである。
「ごめんなさい、わたしはだまされていたようだわ」
そうやってきちんと謝罪をすることができる人だった。
けれど、ミオとメイは収まりがつかない。
「言い掛かりをつけられたのだから、せめて、仕事をください!」
メイが直球で言う。
ジェイクが止めようと口を開きかけ、ミオもまたメイと同じ気持ちなのだとまなじりを吊り上げている様子から悟る。
女性はたじたじと気圧されつつ、魔道具を購入できるほどのお金は持っていないと断る。
「でしたら! カスタマイズをします!」
「カスタマイズ?」
魔道具のカスタマイズだと説明し、<コケコッコの時計>を例に挙げて話す。
「いかがでしょう。こちらならば、通常のお買い求めよりも格段にお安くなります」
ミオの言葉に、女性はうなずいた。
「そ、そうね。それくらいなら、なんとかなるわ。ちょうど、うちにも<コケコッコの時計>があるから」
「じゃあ、お預かりさせてもらいます! いえ、往復してもらうのは悪いので、取りに伺います! もちろん! 今から!」
メイの勢いに押され、女性は<コケコッコの時計>を預けた。
さて、恋人たちの別れ話に巻き込まれたメイとミオは仕事はしっかりと行った。
「受け取りに来るかしら?」
「来なかったら、届けに行くよ!」
メイは見下した自分たちの仕事ぶりを思い知れとばかりに肩を怒らせている。
ジェイクは念のため、受け渡しの日に冒険者稼業を休み、事の成り行きを見守ることにした。過保護なことである。
予想に反して、女性はおそるおそる扉を開けて入って来た。
「いらっしゃいませ!」
「あの、引き取りに……」
メイが威勢よく迎えるのに、おずおずと声を出す。
「できています!」
待ってましたとばかりに、さっと取り出す。
「出来栄えを試してみてください」
数分後にアラームをセットする。
固唾を飲んで見守る中、<コケコッコの時計>は目ざめを促す鳴き声を上げた。
「コケコッコ、ココ? コケコココ? ココケコッココ、ココ、ケコココ。コケ、コケコッココ?」
「朝だよ、起きて? まだ眠いの? 寝かしておいてあげたいけれど、でも、君のためにならないからね。ほら、起きて?」
優しく起こしにかかる。
「なんだか、こう、笑みを含んでいるというか、しっとりした感じが沁みるわ~」
女性が破願し、メイとミオは顔を見あわせて肩をすくめて笑った。険が取れ、いつもの姉妹の様子に戻ったのに、ジェイクも傍らで胸をなでおろす。
「ありがとう。さすがは、恋愛や生活を犠牲にしてまで錬金術と仕事に打ち込むだけはあるわね!」
お姉さんはそんなだから彼氏に振られるんですよ。とんでもない振られ方で。
メイとミオはきっとそう思っただろう。けれど、中々シビアに客商売に取り組む賢明なふたりだ。固く唇を引き結んで反論を避けた。
空気を読める男、ジェイクはさっとふたりに代わって代金を受け取り、女性を送り出した。
「ふたりとも、よく頑張ったな。素晴らしい接客だった」
「ありがとう、おじさん」
「でもね、おじさん。わたしたちはなにも犠牲にしていないよ」
ジェイクの言葉に、ミオとメイは固い表情をしたままだ。
「ああ、ああ、分かっているよ。ふたりは好きなことを精いっぱいやっているだけだものな」
これは重症だなと思いつつ、なおもジェイクはなだめる。
「そうよ! そうなのよ!」
「さすが、おじさん、分かっている!」
「今日はおじさんの好きなものを作るね!」
ミオとメイは徐々に勢いが加速する。
「いや、疲れているだろうから、そんな、」
「いいのよ! 作りたいの!」
「分かる、分かるわ!」
妙に張り切って、ミオとメイは夕食に取り掛かった。ジェイクはおかげでご馳走にありついたが、決して調理しているところをのぞき見ようとは思わなかった。賢明な判断である。
怒り心頭のかわいい少女ふたりを、おろおろとなだめるおじさん。
本作はピンクハプニング(古い)はないですが、
このくらいのほのぼのを楽しんでいただければ幸いです。




