15ー2
翌日は朝からジェイクも手伝って、大捜索となった。
「あったー?」
「ないー」
「後、探していないのはどこだ?」
チロは誤って尾でも踏むと大変だから、と家から出された。
「なうん」
チロは様々に詰めこまれた物品、できた隙間の魅惑に名残惜しそうに出かけて行った。昨日ジェイクに釘を刺された「いたずらしたら風呂」をしっかり覚えているのだ。賢い幻獣である。
捜索は午前をまたいで午後にまでかかった。
昼食はジェイクが買いに走ったもので済ませ、三人は今、屋根裏部屋で膝をついている。
「あっ」
「あった?」
メイが声を上げ、ミオがそちらを見やる。
「ううん。こんなところに、素材があったわ」
「ああ、おばあさま、すぐに使わないものはここに置いていたのね」
メイが開けた木箱の中をミオものぞき込む。
「これ、わたしたちが使っても良いかなあ」
「当り前じゃない。工房を引き継いだのだから」
「うん。そうだよね」
祖母がやりくりしていた素材、いわば貴重な財産である。メイがためらうのも分かるが、ミオはそれこそ工房存続に役立たせたいと言う。
ジェイクは木箱の中を頭を突き合わせるようにしてのぞき込む姉妹を微笑ましく思いながら、立ちあがって伸びをする。ずっと腰をかがめていたから、身体の節々が痛い。
「あっ」
「今度はなにー?」
ミオがメイの次はジェイクかという風に笑みを含んででたずねる。
「あれ、あの梁の上になにか乗せている」
大きく伸びをした際、視線が上向きになった身長の高いジェイクならばこそ、見つけられた。
「え、どこ?」
「どれどれ?」
ミオとメイも立ちあがってつま先立ちする。
「おじさん、持ち上げてみて」
メイが両手を上げて、ねだる。ジェイクは躊躇した。長らく冒険者をやって来たのだから、メイの体重くらいなら持ち上げられる。しかし、そうではない、そうではないのだ。メイのウエストを掴んで引き上げる、なんてことができようか。できるようならヘタレと呼ばれていない。
ジェイクの脳裏により一層恐ろしい考えが浮かぶ。
肩車してなど言われたら。
もちろん、即座に断る。
ジェイクがそんなことを考えていると、救いの声が掛かる。
「待って、この木箱の上に乗ってみるわ」
ミオが木箱を引きずって移動させ、その上に乗るが、まったく高さが足りない。
「姉さんでもだめか。あ、じゃあ、おじさんがこれに乗ったら?」
メイの提案に、ジェイクは木箱の強度を確かめてそっと足を乗せる。両足を乗せた際、ぎしぎしときしんだが、壊れることはなさそうだ。ジェイクはさらにその上で、先ほど姉妹がしたようにつま先立ちをして、手を伸ばす。
今度はなんとか届いた。
油紙で包まれ、紐で十文字に縛っているものをそっと掴み下ろした。
埃がかかっているが、それほど前に置かれた風ではない。
「なにかしら?」
「これじゃないの?」
ミオとメイは期待に満ちた顔をするが、手を出してこないので、ジェイクはふたりに差し出した。
「君らの家にあったものだから」
ミオとメイは顔を見あわせて、姉の方が受け取った。紐を解き、包み紙を丁寧に開くと、そこには探していた引換書があった。それだけでなく、手紙とレシピ帳も同梱されている。
「おばあさまからだわ」
「なんて書いてあるの?」
ミオとメイはなつかしい筆跡を目にして、一気に祖母のことを思い出した。物心ついた時からずっと一緒に暮らしていた大切な家族であり、錬金術師の師でもあった。心のよりどころでもあった。
手紙に夢中になり、ジェイクが邪魔をしないようにそっと屋根裏部屋を出て行ったのにも気づかない。
祖母の手紙にはミオの成人を寿ぐ内容が書かれてあった。
「おばあさま……」
「おばあさまは前もって姉さんの成人の祝いを準備してくれていたんだね」
ミオは思わず眦が熱くなり、メイの言葉に何度もうなずいた。声は出ず、首肯するので精いっぱいだった。
手紙にはミオとメイの成人の祝いにと自分の服のリメイクを依頼しており、それぞれその日がきたら受け取りに行くようにとあった。見れば、確かに引換書は二枚ある。
「おばあさま、わたしの分まで用意していてくれたのね!」
メイが目を輝かせる。
「気が早いわね」
言いながら、ミオは自分だけではなく、メイの分まで用意してくれた祖母に感謝した。ミオよりも一年半ほど後に成人を迎えるメイもまた、祖母からの祝いを受け取ることができるのだ。
手紙には、錬金術とは奥が深く、今まで多くの者が研究して来たが、未だ解き明かされていない出来事はたくさんある。それをひとつずつ紐解いていくのだと記されていた。
「あなたたちは教育を受けた専門家です。専門的な知識を持った者の責は大きい。それを常に覚えておきなさい。どれだけ年上であろうとも、その人が専門家でないならば、知識の譲渡はその人までにしておきなさい。専門家でない人に他者の治療を委ねてはなりません」
最後はそう締めくくられていた。
ミオは鼻をすすりながら思い出す。
そうだ。祖母は普段は優しいが、こと錬金術に関しては厳しい師だった。そういう祖母の姿勢に、自分も身が引き締まる思いだった。
「ねえ、姉さん、この最後のところってどういう意味?」
「おばあさまは、常々、処方するのにその人の症状をよくよくヒアリングされていたわ。同じ人でも、体調によっては処方箋が変わって来るのよ」
厳密にいえば気候の違いといったものでも変化を生じさせる。投薬とはそれほど繊細なものなのである。
「同じ人間でも大人と子供では薬の量は異なるものね」
「それはどちらかといえば、体格差ね。おばあさまはその人に合った治療をされていた。でも、たとえば、冷え性の処方などのようになかなか完治しない場合があるわ。そういった時には寛解、つまり問題ない程度にまで状態を維持し続けることを目指すの」
そういう場合には長期間薬が必要となる。
「そんな時、身近に得られる薬草だったら、処方の仕方を教えるのよ。ただ、おばあさまはそれを決して違う人に教えないようにと患者さんに言っていたわ」
「処方が広まったら、患者さんが減っちゃうものね」
「ううん、違うわ。合わない処方をしたら大変だからよ」
「そんなに厳密なの?」
「ええ。処方を教えた患者さんにも、必ず体調に変化があったらできれば自分のところに来てほしいと言っていたわ」
自分でなくても、他の薬師や医師にかかるようにと言い含めていた。
「体調が悪くなくても、定期的に具合を診てもらった方が良いとも言っていた」
「じゃあ、おばあさまに診てもらった人でさえ、それだけ厳しいのなら、それ以外の人だったら、論外ね」
「そうよ。人の治療をするのは、薬を与えるというのは、それだけ厳しく律しなけらばならないことだと言っていたわ」
ミオとメイはひとつの工房を背負う者として、気を引き締め直した。自分たちが作った薬が仮にさじ加減、錬成を失敗していて、役に立たないどころか、毒となったら。人の命を救うどころか、害することになる。
唐突に逝ってしまった祖母から、改めて工房を託される言葉を、遺志を、聞いた気がした。
引換券はジェイクの出資でミオの成人の祝いの礼服をあつらえた界隈にあるこぢんまりした店のものだった。
三人で連れ立って行くと、落ち着いた濃紺の色味のすっきりした正装をミオは受け取った。
「メイはいいのか?」
「成人のお祝いだもの。それまで、楽しみに取って置くの!」
ジェイクの言葉にメイは明快に言って試着したミオに抱き着く。
「似合っているよ」
「ありがとう。メイのはどんなかな。楽しみだね」
「ね!」
無邪気に笑い合うふたりに、ジェイクは妹の方の祝いのために、今からこつこつと貯めておこうと考えた。
叶うならば、それまでは、この温かい場所に留まりたい。そう願うのだった。
~ 第二章 「喜び」 ~ 完
なんとか二章終了までこぎつけました。
この後はのんびり投稿していきます。
お話の方ものんびりペースで、
もっと劇的な展開の方が良いでしょうか・・・。
よろしければ、ご意見ご感想などいただけると嬉しいです。




