15ー1. 祖母が遺してくれたもの
ミオとメイは無事に魔道洗濯機を納品することができた。消臭機能を付けるための錬成にも成功した。
その採取でついでに薬の素材も集めていたので、回復剤と解毒剤も作る。
工房にはミオとメイ目当ての冒険者ばかりではなく、ジェイクやケイトが声を掛けてくれた冒険者もやって来た。ミオとメイはジェイクからケイトが同僚、つまり冒険者ギルドの従業員にも入浴剤を配ったと聞いて、【がまん強いカラタチ】もたくさん採取してきて、また作った。
今度はいくつか小分けにし、みんなで使ってくれとケイトに渡しておいた。その効果があったのか、冒険者ギルドの紹介客が増えた。
「入浴剤が好評だったから、女性の悩みに関することで今度相談に行きたい、という人もいたわよ。肌トラブルとか、頭痛とかいろいろあるのよね」
「そういうことによく効く薬草茶や煎じ汁はたくさんありますよ」
「あら、本当? 嬉しい!」
喜ぶ様子から、案外、ケイト自身もなにか相談したいことがあるのかもしれない。
「姉さんは植物採取が得意だから」
ミオが得意そうに胸を張る。
「頼もしいわあ。こういうことってやっぱり異性には話しにくいのよね」
「個人差もあるでしょうから、できればご本人から詳しくお話を聞きたいです」
「ありがたいわ。柔軟に対応してくれそうだって話しておくわね」
そして、メンテナンスにリージュの街の方々を歩く。
修理が必要な魔道具のいくつかを預かって来ることもできた。そのメンテナンスと薬の作成の際にはジェイクは冒険者稼業に精を出す。
新米の内は錬成にのめりこみやすい。試行錯誤するからだ。
そんな時はジェイクが休憩をとらせた。
錬金術に行き詰まるとミオはひたすらパンをこね、メイは具材を刻むという作業を行った。
バートが教えてくれ、チロの好物は甘いものだと判明した。といっても人間のように砂糖たっぷりはあまり身体に良くないかもしれない。
「果物なら今までもあげていたしね」
試しに作ってみた木の実入りのパンケーキを好んだ様子だ。
「にゃうんにゃうん」
甘い香りに身を乗り出して目を輝かせる。
そんな風にしておだやかで充実した日々を過ごしていた。
ある日、工房を訪ねてくる者がいた。ジェイクは冒険者稼業の方に出かけていて、対応したミオは戸惑った様子で工房に戻って来た。
「どうしたの?」
メイが気づいて声を掛ける。
「おばあさまが生前になにか発注していたらしいの。でも、なかなか取りに来ないからどうしたのかとやって来たそうなのよ」
「今ごろ? ずいぶんのんびりねえ」
しかし、それがなんなのかは守秘義務に反すると言って教えてはくれなかった。
「引換書を渡しているから、それを持って来てくれの一点張りなの」
「おばあさまが亡くなっても?」
「それでも、よ」
ふたりはその後、気になって仕方がなく、錬成に身が入らないので、工房や住居のあちこちを探した。
「おばあさまが亡くなった時に荷物の整理はしたけれど、その中にそんな感じのものはなかったわ」
「そうよねえ」
そんな風にこちらにもない、あちらにもないとごそごそやっていると、ジェイクが帰って来た。
「ただいま———どうしたんだ? なにか探し物か?」
「お帰りなさい」
「お帰り! おじさん、探し物だって良く分かったね」
「そりゃあ、こんな風に家中をひっくり返していたらな」
ジェイクの呆れたような声音に、改めて見渡してみれば、あちこちの収納を開け放して奥のものを取り出そうとし、手前のものを引っ張り出して、物があふれかえっている。
「なうん?」
とろりとした鳴き声とともに、白い毛並みのネコ科の動物特有のしなやかな動作でチロが扉の隙間から姿を現す。
「あ、チロちゃんもお帰りなさい」
「チロちゃんも一緒に探してくれる?」
「なにを探しているんだ?」
メイの問いかけに逆に質問したのはジェイクだ。
そこで、ミオとメイは交互に事情を説明する。
「なるほど、それは気になるな」
「にゃうん」
「そうでしょう?」
得心が行くジェイクとチロに、ちょっと散らかしすぎたかなと思っていたミオが勢いを得る。
「ね、チロちゃんなら、小さな隙間にも入っていけるし、視線が低いから探しやすいんじゃないかしら」
「そうでしょうけれど、でもねえ、」
メイの提案にミオが渋る。
「そうしたら、チロちゃんの白い毛並みが汚れるわ」
「ああ、ほこりまみれになっちゃうね」
「なおん」
確かに、普段掃除しないような場所に入り込んだら、白い毛並みがよくて灰色、ところどころ黒くなるだろう。
「ああ、でも、そろそろチロちゃんも身体を洗わないといけないかしら」
「お風呂デビューね!」
「にう」
じりじりとチロが後退する。
「やはり、水を全身に浴びるのは嫌なんだろうなあ」
水を飲むのも、前足で払って遊ぶのも好むが、長毛の獣は毛を濡らすことを嫌うことが多い。
「それはともかく、今はとりあえず、その引換書を探した方がいいんじゃないか?」
「なん!」
ジェイクの助け舟に、まっさきにチロが同意の声を上げる。
それもそうかとミオとメイはうなずいた。
「あ、夕飯のしたく!」
「そっか、おじさんが帰って来る時間だものね。もうそんなになるんだ」
ミオとメイは収納の仕方があるから、そのままにしておいてと言いながら、厨房へと駆けていく。
「屋台でなにか買って来ようか?」
ジェイクも手伝うべく、そちらに向かう。
「材料があるし、いいわよ」
「ちゃちゃっと作っちゃうよ」
ミオとメイはすっかり夕飯の準備に気持ちを持って行ってしまわれていた。
「チロ、いたずらをすると、今度こそ本当に風呂に入れられてしまうぞ」
「にゃうん」
ジェイクは部屋を出る前にちらりとチロを見下ろした。大きく開けられた収納スペースの扉とごちゃごちゃと置かれた品々のいかにも楽し気な様子にうずうずしていたチロは、すばらしい意志の強さを発揮して誘惑を振り切った。
それほど、風呂は嫌なのだ。




