14ー3
夕食後の談話である。ジェイクを交えた三人であれこれ相談したり、その日あった出来事を話したり、なにはなくとも雑談したりするひとときだ。
今日の話題はもちろん、消臭が出来る魔道洗濯機である。
「今日は一件しかメンテナンスできなかったわ」
ミオは疲労いちじるしい脚、ふくらはぎの部分を手を伸ばして揉む。
「でも、そのおかげで新規受注が舞い込んだじゃないか」
「まあね」
ジェイクの言葉にメイが得意げに胸を張る。
ミオと相談して決めたから、嫌な目に遭ったことは話さないでおいた。
「明日はそのカスタマイズに取り掛かるんだろう?」
「そうしたいんだけれどね、素材が必要なのよ」
「だから、素材採取に行こうと思うの」
「にゃ!」
ようやく二日酔いから復活したチロが任せておけとばかりに鳴く。
「分かった。じゃあ、俺も明日ついていくよ」
「それなんだけれどね。<バウワウの見張り番>はチロちゃんがいるからいらないし、後は<ホウホウの探知>や<カアカアの斥候>を持って行こうと思うの」
「だから、おじさんは冒険者稼業の方へ行っても大丈夫だよ」
<ホウホウの探知>は敵の能力を調べる魔道具だ。<カアカアの斥候>は離れた場所に入る敵の様子を空から探る魔道具だ。
「<カアカアの斥候>は空から探るから障害物もなんのその、だものね!」
メイの明るい表情とは対照的に、ジェイクが渋面になる。
「光るものがあればそちらに引き寄せられる、ってやつだろう? 役に立たないこともあるそうじゃないか。それに、<ホウホウの探知>って、魔獣と戦うつもりなのか?」
敵の能力が分かったら「ほうほう」と納得してあげるのはお約束、という魔道具である。
「いらないかな?」
「逃げるだけだものね」
ジェイクの言葉にメイが首を傾げ、ミオがうなずく。
「そのうち、チロが一匹で魔獣を狩れるようになるかもしれないが、それまでは俺がついて行くよ」
そうして、翌日、早速三人と一匹は森へやって来た。
「なうん?」
「チロちゃん、魔獣?」
チロの鳴き声に、ミオが慌てて立ちあがる。メイは周囲を見渡す。
「いや、誰か来る」
ジェイクは木立の奥へ視線をやった。
そこから、人影が現れた。
「こんにちは」
メイが声を掛けた相手はミオとジェイクの中間あたりの年齢の男性で、腰に剣を佩いている。
得物が剣だから戦士だろうが、防具がローブだった。
ミオとメイも書物から知る鳴き声シリーズのひとつだ。見るのは初めてだったので、凝視してしまう。
「似合わないってか?」
ネコ耳がついたフードの奥からじろりと睨みつけてくる。
確かに、戦士ならば、<ニャーニャのローブ>を着るくらいなら、<ヒヒンの鎧>を着るだろう。
<ニャーニャのローブ>は回避能力が上がるローブで魔道具の一種だ。
なお、錬金術便覧にはこうある。
<ニャーニャのローブ>
ネコ耳と尾がついているので、筋骨隆々の者が着ると似合わないと言われている。
回避能力を上げるためと言い張って一部マニアでは重宝している模様。
メイは心の中でつぶやいた。
一部マニアの人だ……!
書物で読んだ者を実際目の当たりにした、一種の感動を覚えていた。
「いや、自分の装備だ。好きなものを身に付けると良いさ」
一方、ジェイクは自然体で答える。他人の目を気にして気に入らないものを身に付けるか、気に入りを装備して奇異の眼で見られるか。そんなのは好きにすれば良い。どちらにもメリットデメリットがあるのだから。
「<ガウガウの双剣>を使う剣聖が名言を残している」
「ああ、あれな!」
途端に顔を明るくする。笑顔になると幼く見える。
「おじさん、名言ってなに?」
「俺が教えてやろう!」
<ニャーニャのローブ>を着た男が機嫌良さそうに言う。
「「人は裏切っても、筋肉(に裏打ちされたガウガウの双剣)は裏切らない」だ!」
きちんと括弧の中の言葉も言った。さすがはマニアである。説明は詳細に。
「にゃうん」
チロが呆れたように鳴く。
ミオとメイと言えば、どう反応すれば良いか戸惑う。
「お、ネコを連れているのか? そうか、ネコ好きなんだな!」
こんなところで、同士に出会ったという風情である。
ジェイクの価値観とネコ好きということと相まって、<ニャーニャのローブ>を着た男はシンパシーを得たようだ。
「俺はバートだ。リージュで冒険者をやっている」
「ああ、聞いたことがある」
「そうなの?」
ジェイクにミオが軽く目を見張る。
「彼はBランクだ。一流だぞ」
「あんたはジェイクだろう?」
「バートさん、おじさんを知っているの?」
今度はメイが驚く。
「Bランク寄りのCランクだからな。というか、跳ねっ返りが危なっかしすぎて、ランクアップ試験を伸ばしているお人よしだ」
バートの言葉にはジェイクに対するあざけりはなかった。だから、ミオもメイも不快な気持ちにはならなかった。
「ビルにはとことん迷惑をかけられてきたのね」
「おじさん、優しすぎるよ」
ミオとメイのあきれた言葉にバートが無言で深くうなずき、ジェイクは苦笑する他なかった。
バートは依頼を終えたらしく、ミオたちの採取に付き合った。ジェイクを始めとする三人が戦士に見合わないローブを着ていてもとんちゃくしなかったから、話しやすかったのだろう。
「冒険者もいろいろいるからな。ジェイクみたいにBランク寄りのCランクってのがあるんだ。ギルドの受付は人を見る目があるから、そう判断されると、Bランクの依頼を振られることもある」
自身のランクよりもひとつ高いランクの仕事を請け負うことができる。だが、ギルドの受付の審査に寄るのだという。
「じゃあ、Cランクになりたてだと、そういう仕事は任されないのね?」
「ああ、そうだ。というか、ギルドの受付はシビアだからな。そういう人間はしばらくBランクの依頼を受けさせない」
メイの言葉にバートは答える。
「ちゃんとしているのね」
メイが感心する傍で、ミオがふとバートの腕に虫刺されがあるのに気づく。
「バートさん、虫に刺されているわよ」
「ああ、痛かゆくてたまらん。だが、かくとさらにひどくなるから、がまんだ、がまん」
Bランクの猛者だというのに、子供のようだ。
「ふふ。そういうときはね、ほら、この【きらきらキランソウ】の葉や茎をもんでつぶしてぬるのよ」
言いながら、ミオはもみつぶした薬草をぬってやる。
「ありがとう」
「化膿した切り傷なんかにもつけると膿をだしてくれるわ」
「おお、そうなのか。ミオは詳しいな」
言いながら、バートは目を細めてミオを眺めた。
メイはすぐに悟る。バートの目には梢から降り注ぐ陽光に、さぞかしミオや彼女の金髪が輝いて見えるだろう。
バートのとろんとした表情に、ジェイクも気づき、やきもきする。だが、バートは強引な行動に出ようとはしないので、いかんともしがたい。
【きらきらキランソウ】は虫刺されには良いが、虫よけにはならないようだ。ミオの面倒見の良さは虫を引きつける。
その後も、ネコ好きが高じてネコ科の動物にくわしいらしく、チロがネコではないと見抜いた。
ホワイトタイガーの幻獣だと知ると、甘いものを食べられるなどといった情報をもたらした。
「そういえば、サイダーを飲んでいたわね」
「その時、初めて飛べたのよね」
なるほど、とミオとメイは合点がいく。
「貴重な情報をありがとう、バートさん」
「いや、なに。ええと、ミオとメイは錬金術師で工房を開いているんだよな? 俺も薬を買いに寄らせてもらうよ」
「待っているね」
絶対に来るだろう、とジェイクは遠い目をする。可愛い少女ふたりに「待っているね」と言われたら、もう絶対に行く。男とはそういうものだ。




