14ー2
メンテナンスに家々を回ろうと、ミオとメイは地図を片手にリージュの街をあちこち歩いた。
「見て、メイ! ここから水路を通る船が見えるわ」
「本当だ。あ、姉さん、こんなところに露店が出ているわ」
「あら、珍しいものが売っているわね」
来たことがない区画は新しい発見で満ちていた。
しかし、そこはしっかり者の姉妹だ。さっとふたりで視線をかわし、広場の市場の方が安くて新鮮だと見て取り、購入することはひかえておいた。
書店で見つけた本を一冊買う。本は高価なものだが、錬金術師にはなくてはならないものだ。師がいないミオとメイにとっては特に。
祖母を亡くし、工房を閉めていた暗く重苦しい気持ちでいたふたりは、今や素材採取に行き、薬の作成や魔道具の調整を成功させた。ミオはもはや諦めていた成人の祝いもしてもらった。ふたりは高揚していたし、張り切ってもいた。だから、将来のためにかけるなら、高額な支払いにも応じた。
ミオとメイは祖母が存命の際、お使いに出ることもあった。見知らぬ人の家を訪ね歩いた経験を活かして、顧客を回った。
「こんにちは!」
若く溌剌とした少女の声は、聞き慣れないものであってもそれほど警戒を呼ばない。
「あら、どちらさま?」
すぐに応対する声がする。出てきたのは初老の女性だ。
「わたしたち、以前、魔道具を買っていただいた錬金術師工房の者です」
「あらあ、もしかして、」
言葉をにごす様子に、祖母の逝去を知っているのだと察する。
「はい。祖母の後を継ぎました」
「まあまあ、そうですの。今はなんていうのかしら?」
声には出さなくても表情が「しっかりしているのね」と物語っていた。
「ミオとメイの錬金術師工房です」
「あらあら、では、あなたたちがミオさんとメイさん?」
「はい。それで、今日は以前購入して頂いた魔道具の調子をうかがいに来ました」
「まあ、わざわざありがとうね。そういえば、少し前から、ぶーんって低くうなる音がしてねえ」
「え、そうなんですか?」
「見せていただけないでしょうか?」
「そうしてくれるとわたしも助かるわあ。戸口ではなんだから、中へ入ってちょうだい」
家の中へ招じ入れられる。家主である夫は仕事に出ていると言いながら、老婦人は奥からひとかかえの魔道具を持って来て、食堂の使い込まれたテーブルの上に置く。
ざっと見てとり、手持ちの道具で調整できると判断したミオはそう言う。
「あら、ありがたいわ。わざわざ持って行くのも、受け取りに行くのも大変ですものねえ」
「重いですものね」
すかさずメイが同意する。
「そうなのよ。旦那さまに頼んでも良いのだけれど、」
「お仕事をしているのなら、ちょっと頼みにくいですよね」
ミオの言葉に、そうなのよ、と老婦人が手を頬に当てる。
ミオとメイは交互に調整をした。そして、手持ち無沙汰になった方が老婦人と世間話に興じる。
「そうなのよ。夫も職人でね。かれこれ何十年かしら」
「わあ、そんなに?」
「子供も同じ工房で働いているの。孫もいるのよ。でね、息子が言うには、間違っていると思ったら親方にもくってかかるって言うのよ。困ったものよねえ」
「けんかにならないんですか?」
「親方って人が実は兄弟子でね。もうね、うちの人の性格に慣れちゃっているみたいなの」
朝から晩まで働いているので、妻の自分よりも長い時間を共に過ごしているのだと笑う。
「親方さんも、きっと旦那さんのことを頼りにしているんでしょうね」
「そうかしら。でも、きっと旦那さまも甘えているのね」
「え?」
「じゃなかったら、くってかかるなんてこと、できやしないもの」
「そうかもしれないですね」
「ただ、くってかかるんじゃなくて、まずは穏やかに反論しなくちゃね。わたしからももう一度言ってみるわ」
そう言って老婦人は目を細めた。
「あなたたちみたいな実の姉妹、兄弟みたいなものですもの。力を合わせて乗り越えてきたんだから、敬意と礼儀を持たなくちゃってね」
ミオとメイはふたりの工房の門出を祝ってくれているような気がして頬を染めて礼を言った。
柔らかな物言いをする老婦人はしかし、遠慮する姉妹にメンテナンス料を支払うと言って引き下がらなかった。
「わざわざ足を運んで来て直してくれたんですもの。職人たる者、正当な報酬を断ってはいけませんよ。あなたたちがそうしたら、他の職人が困らされるんですからね」
ミオとメイが無償で働けば、他の職人もどうしてそうしないのだと責められるのだという。
そういうこともあり得るのか、と姉妹は学ばされた。
老婦人の家を辞した後もミオとメイは方々を回った。中には門前払いをされるところもあれば、修理が必要なほどの不具合が出ているのに、金銭を出し惜しむ者もいた。新しい魔道具を買ったばかりで不要となったのでちょうどいいから古い方を引き取ってくれという者もいた。
なかなかメンテナンスや工房の売り込みはうまくいかない。
それでも、祖母が手掛けた魔道具に出会えるのは嬉しかった。祖母の軌跡をたどっているかのように思われたのだ。
それでも、夕方になる前にふたりは切り上げることにした。疲れ果てていた。
「さっきの人、嫌な目で見てきた」
「わたし、触られそうになったよ」
「おじさんには黙って置く?」
「うん。言ったらついてきそうだものね」
ふたりはジェイクにそこまでしてもらうわけにはいかないと考えた。今後、こういった問題はどうしてもつきまとう。それをうまくやりすごす術を身に付ける必要があった。そしてそれは、どの女性にも共通して言えることだった。
ミオとメイは市場に寄って夕食の食材を買い込んで工房へ戻ると、ジェイクに呼ばれて店先の方へ回る。
「ちょうど良かった。こちらの方がミオとメイに用事があるそうなんだ」
「お待たせしました」
そこには身長の高いしわの多い寡黙そうな老人が立っていた。
彼はミオとメイが今日メンテナンスしてきた老婦人の夫だと言う。
「妻に魔道具のメンテナンスをしてもらったと聞いてな」
「なにか不具合でも出ましたでしょうか?」
ミオもメイもメンテナンスの初日でまともに調整して来た唯一のものが失敗に終わったのかとさっと顔を曇らせた。
「いや、調子よく動いている」
異音もしないというのに、姉妹ふたりは胸をなでおろす。
「それでな、息子夫婦のところにまた子供ができたから、祝いに魔道具を贈ろうと思うんだ」
子供が増えたのだから、家事の助けとなるものが良いというので、前々から考えていたのだと言う。
「妻がとても良くしてもらったと喜んでいた」
ミオとメイはさっと視線をかわした。あのおしゃべり好きの老婦人は兄弟子との関係性について物申したのだろうか。
「わたしたちの工房を訪ねてくださってありがとうございます」
「定番アイテムで家事の助けになると言えば、やはり魔道洗濯機ではないかと思います」
「そうだな。小さい子はすぐに服を汚すから」
「お子さんもそうだったんですか?」
「ああ。三人いるが、全員男の子でな」
聞けば、次男のところに新たに孫ができるのだという。しかも、老夫婦と同居しているらしい。長男は別の街で職人をしており、今一緒に住んでいる次男が老人と同じ工房で働いていると話した。
「今日はあんたたちが来たときにはちょうど嫁は孫を連れて出かけていたんだ」
その嫁も魔道具を使うたびに異音がするので不安がっていたという。
「それが解消されて喜んでいた。だから、祝いの魔道具をこの工房でという話に乗り気だ」
ミオとメイは魔道具を使用する者の家族構成の他、職業についても聞きだした。
「そうですか、皮革職人ですか。でしたら、臭いが大変ですね」
「そうなんだ。だから、俺たちの着る服はいつも別で洗っている。こまめに洗っても臭いは取れない。もう、身体に染みついちまっているのさ」
皮革を扱う工房でも悪臭問題はつきまとう。だから、街はずれにあることが多い。そして、水をよく使うが、その作業の際に出た汚水も問題視されている。作業過程でなめした革を桶に入れ、水を張って足で踏む。その際に汚水が出るのだ。
悪臭が出るのは他に、肉工房や染色工房などもある。
大都市リージュでは様々な工房が集まるがために、汚水や悪臭、その他の衛生の問題が深刻だった。そのため、都市が金銭を出し、下水処理を完備している。これはそうすることができるだけ裕福であるということと、清潔さを保つことで、より多くの人や物を呼び込むねらいがあった。
都市の問題はともかく、職人やその家族も仕事にまつわることに悩まされる。
「でしたら、消臭ができるものが良いですね」
「そんなものがあるのか?」
ミオが言うと、老人は目を見開いた。やはり、彼もまた臭いの問題に頭を悩まされているのだろう。
「完全にはできませんが、他の魔道具よりもその機能が高いものをご用意します」
「ただ、現在ある定番アイテムに手を加える必要がありますので、日数がかかります」
工房に置いているものは以前、祖母が作ったものだ。それにミオとメイがカスタマイズする必要がある。
「いや、それはもちろんだ。ぜひ、その魔道具を買いたい」
「あと、お値段の方も通常のものよりも高くなりますが」
「もちろんだ」
商談は成立した。
「君たちがメンテナンスに来てくれて良かった。素晴らしい魔道具が手に入りそうだ」
老人は満足げに帰って行った。




