14ー1. メンテナンスと新規受注と
ミオの成人の祝いをした翌日、ジェイクの心配をよそに、姉妹ふたりは二日酔いになることもなく、少しばかりの寝坊をして朝食を食べた。
「まあ、少ししか飲まなかったしな」
ジェイクに断固として止められたのだ。なのに、あんなに酔っぱらっていたのだから、気が緩んだのだろう。楽しすぎてはしゃいだ自覚はある。
しかし、チロは違ったらしい。
「な〝お〝ん〝」
「チロちゃん?」
しゃがれた不機嫌な声で鳴き、のろのろと歩いて来て水入れから水を飲むと、ふたたびよろよろとバスケットに戻って丸くなる。心なしか白い毛並みがいつもより艶がない。
「チロは二日酔いか」
「えっ、そうなの?」
「チロちゃん、大丈夫?」
ジェイクの呟きを拾い上げたミオとメイがばたばたと近寄る。
「しっ」
ジェイクは唇の前に指を立てる。
「静かに。頭に響くから」
ミオとメイは慌てて口を閉じ、足音すらたてないように気を付けた。
ふたりはチロのためにせっせとトマトやヨーグルト、果物などを用意した。
その後、工房で仕事をする。
ジェイクは通りがかった時、ミオが分厚い紙束を持っているのを見かけて代わりに持った。
「ありがとう、おじさん。その台においてくれる?」
「成人祝いの翌日だってのに、仕事熱心だな」
「ようやく工房を開けられたんですもの!」
メイが生き生きとした表情で腕まくりをする。やる気満々だ。
「メンテナンスをしようかと思うの」
ジェイクが置いた紙束をていねいに一枚ずつめくりながら、ミオが言う。
「メンテナンス?」
「そう。おばあさまが手掛けた魔道具で、そろそろ手入れが必要なところへ連絡するの」
「調子はどうですか、って」
ミオの説明にメイが言葉を足す。
「不具合が出ていたら調整するのよ。その方が長く使えるしね」
魔道具は定番アイテムを始めとして人々の生活に浸透しているが、たいていが高価だ。そして、長年使ってきたものというのは愛着がわきやすい。
「ひんぱんに使うものだったら、ちょっと具合が悪くても、修理に出すと不便になるから、ためらっちゃうしね」
「わざわざ修理するために持って行くのがめんどうだってのもあるだろうし」
ふたりのことばに、なるほど、その通りだとジェイクがうなずく。日々の忙しさに取り紛れて、というのはよくあることだ。
「それに、そうやって気にかけてもらったらせっかくだから直してもらおうかという気になるかもしれないしな」
「あとは、そうやって接触すれば、新しい魔道具の購入を考えている時に、うちのことも思い出してもらえやすいという思惑もあるの」
ミオは首をすくめて笑う。
「そういう地道な営業活動が実を結ぶものよ」
メイがしたり顔でうなずく。
「それで、この顧客台帳の出番というわけなの」
ミオが見ていた紙束は顧客情報で、顧客の氏名や住所、どういうものを購入したかという他に、メンテナンスした時期なども記載されている。特記事項に家族構成や職業、どういう使用を考えているかなど事細かに書かれている。これによって、買われた魔道具の使用頻度が分かるようになっている。
ふたりは手分けして台帳の紙一枚一枚に目を通す。
そうしながらミオは言う。
祖母の技能や知識を頼ってくる人たちは受けた恩恵になにかしかの返礼をし、そして、敬った。
「みんな、自然とおばあさまを尊敬していたわ」
気持ちが態度や言葉ににじみ出るのがはたで見ていて分かる。祖母はそうやって多くの信頼を得てきた。祖母がいなくなって困る人たちもいるだろう。だから、自分たちが役に立ちたいと思う。
「まだ未熟で信頼されてもいないけれどね」
「立派だな」
未熟なのに大きなことを、などとは言わず、ジェイクは心から感心したようにうなずく。
「だから、メンテナンスで声をかけていくのはおばあさまの代わりができるほどではないけれど、わたしたちもいるよ、できることもあるよ、という宣伝になると思うの」
工房を再開した案内も兼ねるのだとメイも言う。
ミオとメイは街の地図を広げて、メンテナンスが必要な顧客やお得意さまの居場所に印をつけていく。
「これは一日では回り切れないわ」
リージュは交易の盛んな港と水路で繋がる大都市だ。陸路からも多くの出入りがある。裕福な者は多く、だからこそ、魔道具という高価なものを買う者は多い。
「ちょっとした調整ならその場でやってしまうことも考えられるしね」
そこで持ち帰って修理をしてその分の金銭を取ろうとしない辺りが詰めが甘い、いや、良心的と言うべきか。
「効率よく回ろう」
メイがじっと地図を眺めながら言う。
「おいおい、なにも一日で片付けようとしなくても良いだろう」
「でも、そう何日も工房を閉められないわ」
「そうよね。せっかく再開したのに、またすぐ数日休んだら、だめだったのかと思われるわ」
ジェイクが呆れて言うと、ミオが硬い表情をし、メイも深刻な顔つきになる。
「店番くらいなら俺がやっておくさ」
「でも、おじさん、冒険者稼業の方は、」
ジェイクが肩をすくめると、ミオが言いよどむ。
「そうだな、じゃあ、こうしよう。ふたりが一日街を回ってメンテナンスが必要な魔道具を回収してくる。その間、俺はここで店番をする。次の日、ミオとメイはメンテナンスをする間、俺は冒険者稼業をする。それを交互に繰り返せば良いだろう」
「あ、そっか。メンテナンスをする日も必要だもんね」
ジェイクの言葉に、メイは忘れていた、と手を叩く。
「うまくメンテナンスが必要な魔道具を引き上げられるか分からないし、もしかするとメンテナンスは一日で終わらないかもしれない。その時は流動的に対応しよう」
「わたしたちはもちろん、それでいいけれど、おじさんはいいの?」
「ああ。リージュはBランクの冒険者がいるからな。日数をかけるような難しい討伐はそうそう回って来ない」
ミオが気遣わし気な視線を向け、ジェイクは笑う。
「そういえば、おじさん、Cランクなんだっけ? ベテランだね!」
冒険者はランク付けされ、受けられる依頼が変わって来る。そうしないと、高額報酬につられて死亡者が続出し、人員不足が深刻となるからである。冒険者は魔獣の討伐や採取、護衛などの仕事があり、いわゆるなんでも屋であるが、集落にはなくてはならない存在だ。治安維持や流通などにおいて、統治者の手が回らない部分を担っている。そのため、自治体から補助金が出され、運営費となっている。
ランクはAからFランクまである。一般的にAは凄腕、Bは一流、Cはベテラン、Dはいっぱし、Eは新人、Fは駆け出しという感覚である。
冒険者と同じように錬金術師もランクがある。
「姉さんはEランクで、わたしはまだFランクなの」
「メイは錬金術師になったばかりですもの」
「じゃあ、ミオはランクアップ試験を受けたことがあるんだな」
「そうなの。でも、今年は見送ろうと思っているわ」
師である祖母が亡くなり、工房を回していくことを最優先したい。
「お客さんが離れていくのが一番こわいものね」
メイもミオの考えに同意しているらしい。
「お客さんもランクが高い錬金術師に依頼をしたいと思うのでしょうが、あれもこれも全部を同時にやろうとしても、わたしたちには無理ですもの」
高ランク錬金術師はそれだけの力があるとみなされるので、その肩書で判断される。多くの錬金術師がそこにメリットを感じ、組合に所属すれば、それだけ自称錬金術師というあやしい者による詐欺被害を食い止めることができる。錬金術全体の風評被害を抑える。さらには錬金術師のレベル底上げをする。
買い手は保証を得られる。
「君たちは本当によく考えているな。ビルのやつも君たちの十分の一でも先々を見通すことができたらなあ」
よくよく物事が見えているミオとメイに、ジェイクは腕組みをしてうなった。自分がもっと分かりやすく教えてやるべきだったのか。しかし、ビルはいっかなジェイクの言うことやることに関して馬鹿にしてそこからなにかを学ぼうとしなかった。非常にやりにくい後輩だった。友人夫婦の遺児でなければ、とうに放り投げていただろう。
「しょうがないわよ。彼にはおじさんがいたんですもの。だから、安心して目先の事だけを考えることができた」
「わたしたちにはおばあさまはもういないからね。自分たちで生きて行くことを考えなくちゃ」
ミオとメイの発言に、ジェイクは目から鱗が落ちる思いだ。そうか、彼は甘えているのだ。そして、ミオとメイは甘える対象がいない。それが分かるからこそ、出来ることとできないことの取捨選択をする。
「俺がいたことが原因だったのか」
自然と甘えが出てしまって、ビルをだめにしてしまったのか。
「違うわよ。おじさんが後見人代わりになってくれた上に師匠となったんでしょう?」
「冒険者の師匠ね。血のつながりのない人がそれだけしてくれたんだから、そこにあぐらをかいていてはいけなかったのよ。だから、彼がおじさんを放り出した後、どうなろうと自業自得よ」
すかさずミオが否定し、メイがなかなかに辛辣なことを言う。
だが、その通りだとジェイクはうなずいた。




