13ー2
チロに留守番を言い含めて三人はふだんやって来ない高級な店がならぶ界隈へとやって来た。
ペスカ通りという名の通りを歩く。
メイが物おじせずに先頭を切って店に入って行く。次にミオ、最後にジェイクだ。
メイは早速店員に成人の祝いの礼服を見たいと話している。この分では、ジェイクは財布をすられる心配だけしておけば良さそうで、こっそり安堵のため息をつく。
遠慮がちだったミオはメイから話を聞いた店員にあれこれ質問され、好みを話すうちに徐々に気を入れて選びだした。その様子を店の扉付近で気配を殺しながら眺めていたジェイクはこちらもひと安心した。ちなみに気配を殺していたのは、気づかれれば意見を求められるからだ。何事もなく、買い物が終わるのを祈っていた。
「最新のドレスは幅広にふくらんだやつではないんだね」
スカートの前面は垂直に下り、後ろ側がふくらんでいる。
「袖がきれいね」
二の腕部分はぴったりとし、ひじから袖口はゆったりと広がったエレガントなパゴダスリーブにはふんだんにレースがあしらわれている。詰まった首元にはかぎ編みの襟がついている。
あれこれ試着し、ドレスは決まった。
「帽子は?」
直しを頼んで店を出たメイはまだまだ元気いっぱいだ。
「でも、ここのドレスだけでもずいぶん高いわ」
「そうだわ、姉さん、おばあさまの帽子をアレンジするのはどう?」
「そうね。おばあさまの帽子に季節の花や枝葉を飾ったら、十分綺麗だわ」
「じゃあ、後は靴とかかばんとかかかな」
言いながら、ジェイクは逆側にちょうど小物を取り扱う店があるので指さした。
「でも、」
「いいじゃない、姉さん。せっかく来たんだし、見ていこうよ。こういう時でもないと来ないもの!」
断ろうとするミオの背中をメイが押す。今度はジェイクが先に立って店の扉を開く。そのまま入って、ふたりが通るまで扉を押さえて待っていた。そうされれば、ミオも入らざるを得ない。
ジェイクは扉を閉めると、そのままふたたび気配を殺してひたすら待った。
そんな風にして、靴とかばん、日傘を購入した。
ドレスは明日の昼にはできあがるということなので、その日は買い物をし、料理を仕込むことにした。
ジェイクはふたりと別れ、久しぶりに冒険者ギルドに顔を出し、討伐依頼を受けてついでにチロのために肉を狩るという。
普段は目にしないドレスや小物を見て、興奮冷めやらぬまま、ミオとメイはどんな料理をするかを話し合いながら、買い物をした。
ミオは諦めていた成人の祝いができることを、メイは姉の祝いがようやくできることを、それぞれ喜んでいた。
ミオはめずらしくはしゃいだ。そんな姉の様子に、メイの頬もゆるむ。
しかし、メイがとんでもないことを言い出した時には、ミオは真顔になった。メイは【びっくりトウガラシ】を手に取りながらこう言った。
「パパって呼んでもいいかな」
「やめておきなさい」
「えー」
即座の否定にメイが頬をふくらませる。
「あの年頃の男性って、とってもセンシティブなのよ」
ミオも引かない。断固たる態度に、メイが声をひそめる。
「落ち込んじゃう?」
「微妙な気持ちにはなるでしょうね」
わざと神妙な表情を作って言いながら、ミオは悟る。
いつかジェイクがいなくなると思えば、メイはさみしいのだ。そして、自分も同じだ。さみしい。
「チロちゃんがいるわ」
「うん。……ねえ、おじさん、わたしの成人のお祝いもしてくれるかなあ」
メイの成人の祝いはあと一年半先だ。それまで一緒にいるだろうか。
先々のことは分からないとはいえ、ミオとメイは姉妹だ。道が別れたとしても、会おうとすれば会うことができる。でも、ジェイクは違う。血のつながりはない。では、自分たちはなにで繋がっているのだろうか。
「頑張って稼ぎましょう!」
ミオは感傷を振り切るようにして言う。
「そうだね。おじさん、宝石売っちゃったものね」
そうだ。ジェイクはなんの関係もないミオのために財産を手放した。それは自分がそうしたいからするのだと言った。
ミオはこの出会いに感謝した。いつか道が別れるまで、精いっぱい過ごそうと考えた。
翌日、昼過ぎからミオの成人の祝いが行われた。
ミオは受け取って来たドレスに草花をあしらった祖母の帽子をかぶり、真新しい靴をはき、かばんと日傘を手にした。
「姉さん、似合うわ。とても綺麗よ」
「大人っぽいな」
メイが拍手しながら歓声を上げ、ジェイクが感心するように言うので、ミオは照れ笑いをした。
「こんなに綺麗なドレスをありがとう」
「なん!」
チロもミオがいつもとは違う雰囲気に鳴き声を上げる。
「チロちゃんもありがとう」
ミオは汚したくないからと言ってすぐに着替えた。
そして、ミオとメイが張り切って作った料理を楽しむ。ジェイクが狩って来た魔獣の肉が加わる。
【身軽なシカ】はスパイスたっぷりのワイン液でひと晩マリネしたため、風味がよく柔らかだ。オレンジの果汁を絞って煮込んでいるうえ、肉の上にもオレンジの実を添えている。
「にゃうんにゃうん」
チロがあっという間に食べ、皿をなめる。
「チロちゃん、お代わりあるよ?」
「なん!」
いります!とばかりにチロが鳴き、顔を上げた。
人間も幻獣も存分に味わった。
この日ばかりはとミオはアルコールを飲んだ。
酔っ払うと、ミオはおじさんぽくなった。あははと笑ってひたすら酒をすすめる。
「ほらあ、おじさん、全然飲んでいないじゃなーい。はい、飲んで飲んで!」
「もう、姉さん、酔うとおじさんっぽいよー」
「やだあ、おじさんばっかりになっちゃう」
ミオの言葉に、姉妹ふたりはけらけらと笑い出す。
「そう言うメイも飲んだね?」
家族が成人すると、未成年の者もおめこぼしということでアルコールのお相伴にあずかる。
「えー、なんのことぉ?」
言いながら、ジェイクの腕に抱き着こうとする。慌てて立ちあがる。
「もう! なんで逃げるのよ」
言いながら、今度はミオにくっつく。
「あはは、メイ、くっつき上戸なんだ?」
「そんなものあるのか?」
陽気に笑い声を上げるミオに、ジェイクが首を傾げる。
「あるんだってば!」
「あらー、今度は怒り上戸? あはははは」
メイが怒り、ミオがひたすら笑い声を上げるが、ジェイクはそれどころではなかった。
「痛っ、ちょ、痛いって、チロ。噛みつくな。おい、まさか、お前も飲んだのか?」
見れば、ジェイクの足首にチロが噛みついている。歯を立て、首をひねるものだから、痛い。それでも、血がにじむかどうかなので、力加減はしているだろう。本気でやられたら、流血どころの騒ぎではない。おそらく、外に出て魔獣ともやり合えるのではないだろうか。成長著しいものである。
「チロは酔うとひたすら噛みついてくるのか。痛っ。それを過ぎるとひっかかれるのか! 痛い!」
ジェイクは酔う間もなく、みなの世話をする羽目になった。
がんばれ!
さて、冒険者ギルドに久しぶりに顔を出したジェイクは討伐依頼を受けることにした。チロのための肉を狩るついでに稼げるときに稼いでおこうと思ったのだ。
「女の子だもんなあ。先々、なにかと費用が掛かるだろう」
ミオの成人の祝いのために行った店は高級店だったが、折に触れて必要となってくるだろう。
それに、姉妹の採取の護衛をしたとはいえ、チロの索敵は万全で、実に楽なものだった。勘がにぶるのを防ぐためにももう少し頻繁に狩りに出た方が良いだろう。
「お、ジェイクじゃないか。最近、顔を見せないな」
「あれだよ、ジェイクは噂の美人錬金術師姉妹といっしょだから、ギルドになんか来ている暇はないんだよ」
すぐにギルドを出ようと思ったが、捕まってしまう。
長年冒険者をしていると、それなりに顔見知りが出来るものなのだ。あちこちから冷やかされて困った。
「可愛い娘っ子ふたりと暮らすなんてなあ!」
「止せよ」
腕を肩に回して来る男は昼間どころか朝から飲んでいる様子で、酒臭い。それはともかく、姉妹ふたりに悪評がつきまとうのが嫌だった。
「まあ、娘みたいなもんか」
からかってくる冒険者たちもジェイクが年端もいかない少女たちとどうこうなろうとするとは思っていない。
「止めろって。こんなしょぼくれたおっさんが父親なんて、嫌がるだろうさ」
第一、あんなに可愛い子たちなのだから、父親もそれなりのみてくれだろう。
「あの年頃の娘ってのは父親を牛乳を拭いたぞうきんのように嫌うからなあ」
経験があるのか、しみじみと言う。
「そりゃあ、おやじさんが臭いっていうわけじゃあねえの?」
近くを通りかかった他の冒険者が噴き出す。
「あぁん?! なんだってぇ?」
ジェイクから離れてからかった冒険者を追いかけまわす。ようやく解放されたジェイクはそそくさと討伐に出かけた。
ともあれ、ジェイクはミオの成人を祝わせてくれたことを感謝した。




