13ー1. 遅れた成人のお祝い
リージュ周辺地域では成人は十六歳だ。
ミオは一か月ほど前にその誕生日を迎えた。
個々の誕生日を祝う習慣はない中、十六の年だけは特別だ。家族や親しいものとご馳走を食べ、男性ならば職に役立つものを、女性ならば礼服をあつらえてもらう。
ジェイクは伝手を辿ってあれこれと動き、まとまった金銭を用意した。
その日、夕食の席で提案した。
「遅くなったが、ミオの成人の祝いをしないか?」
「いいね! やろう!」
まっさきにメイが同意した。
「でも、もう過ぎてしまったし。気持ちは嬉しいけれど」
祖母が亡くなって工房をしめていた間、収入はなかった。再開してからは時節柄、薬の売れ行きが良いが、それもいつまでも続くという保証はない。ミオとしてはできれば出費は抑えたいという気持ちがある。
「仕方がないよ。おばあさまが亡くなってばたばたしていたんだもの。落ち着いた今、やりましょうよ!」
メイとしては、なにかにつけ自分のことは後回しにしがちなミオの祝いをきちんとやりたかった。
「節目だからな。それに、礼服は持っておく方が良いだろう」
「おばあさまの服をリメイクするわ」
ジェイクにそう言いながら、ミオはそうだ、別にそれで事足りる、と自分で納得しかけた。
「うん。節約は大切だ。でも、ミオ、君はどうなんだ?」
「どうって?」
「俺もメイもミオの成人を祝いたい。ミオは? 自分の節目を祝いたいかどうかだ」
節約や財政、今後の事、といったもろもろのことをとっぱらって自分の気持ちだけを考えれば。ミオの口は勝手に動いた。
「祝いたいわ」
「やろう!」
きゃあ、とばかりにメイがミオの両手を握りしめ、ぴょんぴょん飛び跳ね、次第に部屋を大きく横断し始めた。つられてミオも踊るように動く。はしゃぐ様子に、ついつい笑いがこぼれる。
「にゃうん?」
食後にうとうとしていたチロが騒ぎに起き出した。
「チロちゃん、姉さんの成人のお祝いをするわよ! ご馳走を食べましょうね」
「なん!」
チロは人間の言葉、特に姉妹の発言は理解する。ご馳走と聞いて、羽根を広げて踊るふたりの周辺を飛び始めた。
「資金が必要ね」
「まだ需要があるなら、薬をたくさん作って冒険者ギルドに持ち込む?」
ようやく気分を落ち着けた姉妹がテーブル前に座って作戦会議が開かれた。チロはバスケットの中でふたたびまどろんでいる。
「そのことだが、これを使ってくれ」
ジェイクが小さな布袋を懐から取り出してテーブルに置いた。中には貨幣が入っていた。
「え、大銀貨がこんなに!」
「姉さん、金貨も入っているわよ!」
ミオとメイが目を見開く。
この周辺の貨幣は高価なものから、大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨である。
庶民が手にする貨幣は大銀貨から銅貨で、まとまった金銭の際に金貨を扱う。貨幣価値としては銀貨四、五枚で清潔な宿で素泊まりすることができる。
「おじさん、どこからこんな大金を持って来たの?」
メイが身を乗り出す。
「前に野宿をしようとしていた人が、こんなお金を、」
ミオが不審の目を向ける。
「だから、それはもらうはずだった報酬が伸びたせいだって」
ジェイクは苦笑する。
「でも、こんなお金を持っているのなら、野宿をする必要はなかったでしょう?」
「それは宝石を売った金だ。一日待てば報酬をもらえるんだから、売る必要はないと思ったんだ」
宝石を売るにも高額の貨幣を両替するにも手数料を取られる。だが、大量の貨幣を持ち歩くにはかさばるので、高額貨幣か宝石に変えて持ち歩く。
「じゃあ、宝石を売ってしまったの?」
ミオが眉尻をしんなりとさせた。
「報酬は使っちゃったの?」
メイが言外に言うとおり、ジェイクは彼女たちの工房に寝泊まりしてほとんど金銭を使う必要がない。さらに言えば、ここのところずっと行動を共にしてきたから、ジェイクが支払いをする場面を見ていない。
「ああ。初給料に足して知り合いの錬金術師への杖に化けた」
「そっか。この間、買い物に行った時に買っていたものね」
ミオは固い表情をしたままだ。野宿してでも手放さなかったのに、という考えが頭に居すわる。
「金っていうのは使いようだ。俺はこれがとても素晴らしい使い方だと思ったんだよ」
だが、ジェイクはあっけらかんとしたものだ。
いつだか彼自身が言っていた、冒険者の価値観はジェイクにも当てはまるのだと、ミオとメイは知る。
「まあ、いいじゃないか。俺の金だ。好きに使うさ」
言って肩をすくめる。
「君が俺の金のことを心配してくれるのは嬉しいよ。でも、その大事な金を有意義に使った方が良い。俺がそうしたいと思ったんだから。存分に楽しんでくれた方が嬉しいな」
そう言って笑う。
「そっか、どう使おうとおじさんの自由だよね」
「そ、そうかな」
メイがうなずき、ミオも小首をかしげつつも、納得し出す。
「姉さん、おじさんは姉さんを祝いたいんだよ。わたしもそう! チロちゃんだって!」
メイはチロを振り返った。ぐっすり眠っているので、バスケットの中からすぴすぴと寝息が答えるのみだ。先ほどはしゃぐふたりにつられて飛びまわったので疲れているのだろう。
少しばかり沈黙がただよう。
気を取り直して、ジェイクが言う。
「礼服をあつらえるのはおじさんにはよく分からないし、好みがあるだろうから、ミオが自分で選ぶと良い」
「ね、ね、わたしも一緒に見に行きたい!」
「三人で行こうよ」
メイが自分もついていきたいというのに、ミオが出資者に気を使う。
「いいね、そうしよう!」
「え、おじさんは、女の子の服なんてわからないよ」
第一、女性服ばかりが置いてある高級店など、ジェイクには居心地が悪いことは容易に想像がつく。
「いいのよ、一緒に見て、似合うかどうか言うだけでいいんだから!」
それが難問なのだ。つい先だって、買い物で思い知らされたジェイクはどう答えたって正解しないような気がしてならない。
そんな気持ちがうなり声となって表れる。
「あれ? おじさん、行きたくないの?」
「あ、でも、おじさんも忙しいだろうから。ほら、冒険者ギルドの仕事だってあるだろうし」
メイが驚き、ミオがあたふたして言う。自分の礼服を買いに付き合わせるのは気が引けるという様子に、ジェイクは慌ててそんなことはないと言う。
「いや、おじさんが行っても役に立たないと思っただけで、別に行きたくないわけじゃないんだ」
「そう? だったらいいんだけれど。わたしは、おじさんにも見てほしいな」
「そうだよ。三人で気に入ったのにしようよ!」
遠慮がちに言うミオと明るく誘ってくるメイに、ジェイクはそれ以上拒否することはできなかった。




