12. 買い物
ミオは翌日には普段と変わらない様子で働きだした。
「工房も順調だし、今日は午前中は閉めて買い物へ行きましょう」
「買い物! やった!」
ミオの唐突な発言にメイが両手を高く上げて喜びを表す。
「にゃうん?」
「チロちゃんにもなにか買おうね」
「じゃあ、俺は……」
冒険者ギルドに顔を出すと言おうとしたジェイクをミオが遮る。
「おじさんも一緒に行くのよ」
「荷物持ちか?」
「そうね。それも重要だけれど、おじさんの服よ」
荷物持ちが重要ということはどれほど買うつもりなのか。ジェイクは半日で終わるのかな、と心配した。
工房を再開し、薬がよく売れるので、財政に余裕が出てきた。そうなると、ミオとメイは気になりだしたのだ。
「おじさん、あのね? 男の人は清潔感が大事なの!」
ミオがずい、と一歩前へ出て主張する。
「え? 俺? いや、おじさんは歳を取ったらおしゃれとか、もう良いかなって」
「そんなことないわ。おじさんだからこそ、清潔にしないといけないのよ!」
メイもずずいと前へ出て熱く語る。
十代半ばの少女ふたりにおしゃれの話題を持ち出され、太刀打ちできるおじさんがどれほどいようか。
ジェイクは早々に白旗を挙げる。
「なうん」
チロがやれやれとばかりに鳴いた。
水の街リージュはあちこちに水路が引かれ、広場にも船着き場がある。そこから荷揚げした品々が市に並ぶ。街を取り巻く運河は港町にまでつながり、そこから様々な国と船で交易を行われている。だから、リージュには人も物もさまざまに出入りする。
「にぎわっているわね」
「やっぱり、リージュの市と言えば、中央広場よね」
広場に近づくにつれ、いつか鉱山に素材採取に行った際、岩棚で遠くから見た鐘楼がその全貌を露わにする。そのてっぺんに鐘がある。鐘はいくつもあり、音楽のように鳴り響いて時間を知らせる。
市には服や靴、果物や野菜の他、木工品、布製品、香辛料、そして魔道具や素材すら売り出されている。
「【びっくりレモン】だわ!」
「【虹色蝶の羽】もある!」
ミオとメイは露店の商品を見るのに忙しい。今日はジェイクがチロの入ったバスケットを抱えていた。そのチロも物珍し気にあちらこちらに鼻先を突きだすので、落ちないようにいさめるのに忙しい。
「【びっくりレモン】とやらはやっぱりとんでもなく酸っぱいレモンなのか?」
「あらやだ、この人ったら【びっくりレモン】を知らないのかい? 運試しにひとつかじってみるかい?」
店のおかみさんがにやっと笑って勧めてくる。ジェイクはなんとなく嫌な予感がしてていねいに断った。
後でミオに見せてもらった錬金術素材一覧にこうあった。
【びっくりレモン】
衝撃の甘いレモン。
擬態はぴか一で、どれが該当するのか分からない。
そのため、端から齧って死屍累々。
「……擬態ってなんだ。甘いのは一部だけか。死ぬほど酸っぱいのか?!」
錬金術の素材とはかくも種類豊富なのか。ジェイクは錬金術の奥の深さに驚愕する。
「他にはなにかありますか?」
「あるよ! 【びっくりシブガキ】、【びっくりゴーヤ】、【びっくりピーマン】! 今朝仕入れたばかりで新鮮だよ」
ミオが勧められた素材を真剣に吟味するかたわらで、メイがジェイクにはなにか分からない代物をためつすがめつしている。
【びっくりシブガキ】
驚愕の渋い柿。
【びっくりゴーヤ】
苦虫を嚙み潰したような顔になってしまうゴーヤ。
【びっくりピーマン】
苦虫を嚙み潰したような顔になってしまうピーマン。
錬金術素材一覧を見たジェイクは果物や野菜の名前ではあるが、これらは錬金術に用いる素材であって、料理には使われないことを祈った。
世の中、知らない方が良いことはたくさんある。けれど、怖いもの見たさというのもある。ジェイクはそんなジレンマに陥っていた。
ある意味、錬金術素材一覧や錬金術便覧の魅力のとりこになりつつあるともいえる。驚いたりあきれたりしつつも、ついついどんなことが書いてあるか気になって開いてしまう。「錬金術は世界の神秘を解き明かす学問だ」という文言から始まる書は不思議な力を持っているのだ。
「おじさん! ちょっとこれ、当ててみて!」
いつの間にか、ふたりは男物の服を手にしていた。
さっきの素材は買ったのかどうかが気になりつつ、ジェイクはふたりに近づく。
「あ、似合う!」
「うん、良いね」
「では、これになさいますか?」
すかさず、店員がミオとメイに買う意思を確かめる。ジェイクの意見を求めてこないのも、姉妹ふたりに主導権があると読み取っている。さすがである。
「はい。あとは……」
「姉さん、これは?」
ミオが言い、すかさずメイが他の商品を手に取る。まだ買うのか、とジェイクは思った。口には出さなかった。経験を積んだ歴戦の冒険者ならばこそだ。やるべきこととやってはいけないことの区別ができなければ生き残れない。
「ちょっと派手じゃない?」
「おじさん、もうちょっと地味な方が、」
ジェイクはミオの言葉に乗っかろうとした。しかし、早計だった。歴戦の冒険者の経験はどこへ行った。
「えぇ!? だめよ、明るい色を着た方が良いわよ」
途端に、メイに駄目出しされ、ジェイクはすごすごと撤退する。こういう時は口を閉じておくに限る。
「でも、さっきのやつには合わないわよ」
「そうねえ。じゃあ、これは?」
ミオの的確な指摘にはメイも同意する。つまりは見当違いなことを言うジェイクのミスである。やはり、黙っておくことにする。
現に、店員はにこやかでありつつも、余計な口を差しはさまない。
「これにしましょう」
「いいね!」
「良くお似合いです」
ミオが上着を、メイが下衣をジェイクに充てる。店員はやはりふたりに向けて言う。
「じゃあ、これとこれを買います」
「ありがとうございます」
「ああ、いや、俺が支払う———」
「いいの、これは必要経費の内だから」
「そうそう。店番もしてもらうんだから、経費になるのよ」
財布を取りだそうとするジェイクを、ミオとメイが押しとどめる。店員はしっかりした姉妹だと言わんばかりの顔つきだ。
その後もふたりは元気に見て回り、ジェイクは付き合わされた。品々についてあれこれ言い合うのも楽しい。青い空から降り注ぐ露店の色とりどりの日よけの下、笑い声が弾ける。
娘がいたらこんなかなあ、とジェイクは団らんを楽しんだ。
ジェイクはミオとメイのアドバイスにしたがって、採取の助けとなる杖を購入し、知り合いの錬金術師に送った。
「本当になんでもあるんだなあ」
「ここが街で一番大きな市が立つからね」
「すごい人出で、たまに動けないくらいだけれどね」
チロも豚や鶏の肉を買ってもらい、満足げである。果物も好むようで、バスケットから身を乗り出してしきりに鼻を動かしていた。
それぞれが買い物を満喫した。
「おや、ミオちゃん、メイちゃんじゃないか。工房をまた開けたんだってね」
「おばあさんは残念だったね」
「また来ておくれよ」
ミオとメイは以前はよくこの市に顔を出していたようで、顔見知りも多い。あちこちから声が掛かる。
「ミオちゃん、成人の祝いはどうしたんだい?」
「そのころはおばあさまが亡くなったばかりでなにかと忙しかったから、仕方がないわ」
「そうかい。それは大変だったね」
「ううん。工房も回して行かなくちゃならないし。これからうんと頑張らなくちゃね」
「ほどほどにしておきなよ。なにかあったら、いつでも声をかけておくれ。あんたたちのおばあさんには本当に世話になったんだ」
「うん、ありがとう」
以前、ふたりの祖母は近隣の者たちに頼られていたと話していたな、と思い出していたジェイクはミオと店員の話を聞きとがめた。
メイにそっと確認すると、顔を曇らせる。
「そうなの。姉さんの成人の祝いのころにおばあさまが体調を悪くされて、そのまま」
だから、結局ミオは成人の祝いをしていないという。
「そうか、それはさぞかしさみしいことだったろう」
そんなことはおくびにも出さないミオの気丈な様子を眺めながら、ジェイクはつぶやいた。




