11-1.看病
その日、ミオは目覚めてから寝床でぼんやりした。いつもならすぐに起き上がり、支度をして朝食づくりや朝の雑用をし始める。
ところが、なんだか頭がかすみがかったようで、体中がだるい。
「起きなくちゃ」
つぶやいた声にぎょっとする。しわがれている。
咳は出ないけれど、少し喉が痛い気もする。
「姉さん、寝坊?」
笑みを含んだ声をかけてメイがミオの部屋をノックした。
「メイ……」
我ながら弱々しい声が出た。
「姉さん、開けるよ?」
呼んだ声が聞こえたのかどうか分からないが、扉を開けてメイが不審そうな顔をのぞかせる。
具合が悪いのだと伝えると、騒ぎ出すかと思ったメイは案外てきぱきと動いた。ミオの額や頬、首筋に掌をあてて、熱があるけれどそう高くはないと確認する。
「疲れが出たんじゃないかな」
「そうだと思う」
メイの言葉にミオも同意する。
「今日は一日寝ていたら良いよ。おじさんに言って、冒険者稼業はお休みしてもらおう」
「せっかく、今日からは冒険者として活動してもらおうと思ったのにね」
「仕方がないよ。姉さんがいなくても、わたしだけでもできることをやっておくよ。そろそろ素材の在庫の確認や処理をしておかないといけなかったし」
食欲はあるかと聞かれてそれなりにと答えると、メイは今日は寝床から出ないようにと言い置いて部屋を出て行った。
その後、すこしまどろんだ。扉をふたたび叩く音がして、それに気づく。
「メイ?」
「いや、俺だ」
「おじさんか。どうぞ」
メイから聞いて、様子を見に来たのだろうと思ったら、案外長い間寝ていたらしく、トレーにスープやパンを乗せてジェイクが入って来る。
「食べられるだけでいいから食べろってメイから渡された」
そう言いつつ、サイドテーブルにトレーを置く。ミオが上半身を起こしてベッドに座ったままで食べられるように、テーブルごと寄せてくる。
力持ちだなあとぼんやり考えていると、腕に掛けていたストールを寄越して来る。
「メイは気が利くな」
これも言付かったのだと言外に言う。
受け取ったストールを肩から羽織る。
ミオはのろのろとパンをちぎって野菜スープにひたす。ちょっとふやかして柔らかくなってから食べることにする。スープは栄養満点だという祖母が良く作ってくれた野菜スープで、ハーブも入っていて優しい味わいがする。ただ、ミオやメイがなんど作っても祖母のとは完全には同じ味にはならなかった。
「おじさん、なんの料理が好き? わたしたちで作れそうなら作るよ」
なんと優しい言葉か。しみる。
自分はなんでも食べられる。そう言おうとしたジェイクはふとひらめいた。それはまさしく啓示のような効力をもたらした。
「初日にふるまってくれたタマネギがとろとろしたスープ、あれはうまかったなあ。ミオとメイが作ってくれるのはなんでもおいしいけれど、初めて食べたインパクトが強かった」
なんでも食べるというのと、ふたりが作ってくれたらなんでもおいしい、というのは全く違う。
そう思って言ってみたら、的を射た様子だ。
ミオはスプーンでスープをすくいながら、くすぐったそうに笑う。
「そう? ふふ。じゃあ、また作るね」
「うん。まずは早くよくなってくれ。君は今、自分の身体を治すことが第一だよ」
「はあい」
病床にあってはあれもしたいこれもしたいと思うのだろう。おそらく、身体が回復に向かっているのだ。若いから回復力が早い。こういうときに少々の無理をできてしまう。だが、こらえて完治しないと、ずるずる長引かせるものだ。
ジェイクがそう言うと、ミオはおとなしく耳を傾けていた。
今まで祖母からそんな風にさとされることがあったのだろう。しかし、もはや彼女はいない。妹はまだ成人を迎えていない。自分ががんばらなくては、と気を張っていたのだろう。
好きな料理を作る、というのはミオならではの、引き続きこの家に住むと言ったジェイクへの感謝の表れだろう。
ジェイクが下げてきたトレーに置かれた食器を見て、ミオが大分食べられたのだとメイは安堵の息をついた。
「おじさん、サイダーを作るから手伝って!」
「サイダー?」
「そう。おばあさまがよく作ってくれたの」
メイはミオのために思い出の味を再現しようと意気込む。
「ほら、病気の時は気持ちが弱くなるって言うじゃない?」
「そうだな」
「にゃうん?」
「チロちゃんは姉さんがちゃんと眠っているか見張っていてくれる?」
「なん!」
メイが屈みこんで言うと、チロは任せておけ、とばかりに鳴いてミオの部屋へ去って行った。
「ところで、サイダーってのはなんだ?」
「知らない? 炭酸飲料なんだけれど。ほら、喉にしゅわしゅわっと刺激があるやつ」
「ああ、エールと似たような感じか?」
「エールって苦いんでしょう? サイダーは甘いわよ」
甘いエールを想像したジェイクは盛大に顔をしかめた。
メイは笑って、錬金術の工房へと向かう。
素材を置いている棚からあれこれ出すのを、ジェイクが手伝う。
「これは【ぼっくりのパイン】の葉よ」
緑の針状の葉を見せる。
「ああ、あれか。【パインぼっくり】の。この間、採取したやつか」
そういえば、ふたりが秘密だとかあとのお楽しみとか言っていたなと思い出す。
「それは【ぼっくりのパイン】の果実ね。卵型のやつ。その特徴的な姿から本体が名付けられたんですって」
メイもミオから聞いたのだそうだ。
【ぼっくりのパイン】は幹や枝は脂を多く含み、薪の原料として用いられるほか、住居などにも用いられる。葉は針状でやや柔らかい。
「本当は何日か天日干ししないといけないんだけれどね。今すぐほしいっていうそんな時こそ、錬金術よ!」
メイが両手を腰に当て、上半身を逸らす。豊かな胸がたゆんと揺れ、ジェイクはそっと目を逸らした。そこで凝視しない辺りが一部口の悪い冒険者たちにヘタレと言われるゆえんだ。しかし、そのヘタレっぷりで美少女錬金術師姉妹に安心して信頼され一緒に暮らすようになったので、物事とはままならないものと言うべきか、うまく回るようになっていると言うべきか。
ジェイクとて男なのだから、これが自分とそう年齢が変わらない、少なくとも二十代半ばを超える女性ならば大歓迎だ。だが、ミオもメイもジェイクをほとんど親類のおじさん程度に扱うし、ジェイクも娘のように思い始めていた。
娘のようなミオとメイが容姿が優れているのは嬉しい反面、たちの悪い者に引っかからないか心配だというのが先に立つのである。
そんなジェイクの心情をつゆ知らないメイはひとりで錬成をするという一大事にはりきっていた。




