10. 希望の光
水の都リージュは大商業都市であり、さまざまな工房が並ぶ。
そのうちのひとつ、錬金術師の工房「ミオとメイの錬金術工房」は新米の錬金術師姉妹が営んでいる。
姉のミオは細身で金髪をポニーテールにし、琥珀色の目はやや吊り上がり、薄めの唇をしている。妹のメイは低めの身長で、ふんわり波打つ金髪に灰色の目はやや垂れ下がり、厚めの唇をしている。
対照的にも思える姉妹は並ぶとそっくりだ。
ジェイクが店番をしている間、ミオとメイは<コケコッコの時計>の改良に取り組んでいた。
「どうだったんだ?」
ジェイクに問われたミオとメイはすぐには答えず、さっと視線をかわしあった。ミオはポニーテールの先を指にからめたり、メイはミニスカートの裾をいじったりした。
もじもじする様子に、ああ、失敗したんだな、とジェイクは悟る。さぞかし落胆していることだろうから、なんと声を掛けるか思案する。
「それがね」
ミオが話し出したのは意外なことだった。
「定番アイテムの完成品でさえ、レベルの違いによって出来具合は変わって来るの。それでも、魔道具は錬金術師組合と魔道具師組合の規格化によって一定の品質は保証されているわ」
「つまり、どちらの組合にも属さない人が作ったものは保証されないということね」
だから、市場などで売られている物の中にはガラクタと掘り出し物が混在しているのだという。
「定番アイテムですら、効果のほどが変わってくるのよ。そして、中には妙な効果を発揮するものも出てくる」
言いながら、ミオがおずおずと時計を取り出した。つやのある木製のニワトリのちょうど腹の部分に丸く時計が設置されている。
ミオとメイは<コケコッコの時計>に変化をつけることには成功していた。
そう、変化であって、改良ではないと言う。
説明を聞き、実際に時間を合わせて目覚ましの鳴き声を聞いたジェイクはこれを店頭に置こうと言った。
「でも、妙なふしがついているのに?」
「売れるかなあ」
工房の信用に傷をつけるのではないかとふたりは不安げだ。
「客のニーズというのはまちまちだ。なにがどう気に入られるかは分からないものさ」
ジェイクはこの<コケコッコの時計>を手に取る客がいれば呼ぶから、それまでふたりは薬でも作っておくと良い、と奥の部屋へ追いやった。
結論から言えば、陳列してから三日後、<コケコッコの時計>は売れた。
「あ、あの、本当に良いんですか?」
「ちょっと変わった鳴き声なんですけど」
ミオとメイは実際に鳴き声を聞かせてみた。
「これはこれで眼が覚めるから、良いよ」
そんな風に言って、客はもの珍し気に<コケコッコの時計>を抱えて帰った。
その客は後々、ミオとメイの錬金術工房の得意客となった。
「俺さ、もう、あの<コケコッコの時計>の味のある起こし方じゃないと眼が覚めなくなった気がする。だからさ、ミオちゃんとメイちゃんが魔道具をメンテナンスしてくれるっていうから嬉しいよ。長く使い続けたいね」
さて、彼が買った<コケコッコの時計>の味のある起こし方とは以下のとおりである。
「コケェッコッコ。コッコ。……コッコッコ? コッコココ? コココ?」と妙な節がついているのだ。
「起きて! 朝! え? あれ? もう? もう起きるの?」みたいな雰囲気がある。
「いやあ、これはこれで気になって起きちゃうよ。朝、二度寝してしまうことが多かったんだけれど、ふふって笑いと共に完全に目が覚める。今までにないことだよ」
狙った通りではないが顧客満足はばっちりである。
魔道具は独特の回路を持ち、魔力を動力として動く。時には人知が及ばない域のこともある。習慣的にそうしているが、全て解明されていないシステムがあるのだ。
定番アイテムでさえ、レベルの違いによって効果のほどが変わってくる。そして、中には妙な効果を発揮するものも出てくる。
ミオとメイが「改良」として手を加えた魔道具にはこれが時折起こった。それが妙にツボに入って一定のファンがつくようになる。
「わたし、あの錬金術師姉妹の魔道具のファンなんだ」
「分かる。なんだか、妙に面白いというか」
「そうくるか!って感じ」
「魔道具も一定水準をクリアしている上で、それぞれ多少の違いがあるけれど、あの姉妹が手掛けたやつって個性が強いよな」
「それそれ。愛着がわくんだよな」
「世界中でたったひとつ、自分だけの魔道具、って感じ。個性を持った魔道具ってやつ」
薬の売れ行きも良く、なにより、一からではないにしろ、自分たちが手掛けた魔道具が売れた。
ミオとメイはさっそくあれこれ買い込み、お祝いと称してささやかなご馳走を作った。
そして、ジェイクにも初となる給料を渡した。
「週払いじゃなくてもいいぞ。月払いでもいい」
「大丈夫。それに、そんなにたくさんは渡せないから」
「宿代を引いたらそうなるだろうな。料理も美味いし」
「おじさん、給料はなんに使うの?」
「うん?」
「初給料だよ! 錬金術師工房の」
そんな風にメイに言われると、ミオから渡された貨幣が特別なものに思えてくる。
「ああ、そうだ。前に護衛した錬金術師に杖でも送ろうかな」
採取でしゃがみ込んでいた時、立ちあがるのに、杖があったら便利だろうと思ったのだ。下生えを払って毒虫がいないかの確認などするのにもちょうど良いだろう。
「杖かあ。良いかもね」
「色々あるよ。がんじょうなものだったら、とっさに魔獣を振り払うことができるようなのも」
「ああ、急に飛び掛かって来られた時に、案外有効かもしれないな」
初撃をやりすごせば、後は護衛がなんとかしてくれるだろう。なんなら、武器の方の杖に持ち替えて魔術を行使すれば良い。とにかく、あちこちへ興味が移る人間だった。不測の事態には陥りやすいだろう。
「でも、この給料では買えないわ。頑丈なやつならなおさらね」
「自分の手持ちの金を付け足すよ」
ジェイクは後日、買い物へ行った際、杖を購入し、採取の際にでも使ってくれるようにと書いた手紙を添えて送った。
「おじさん、文字が書けるの?」
「うん。その錬金術師や前に話した魔術師に習ったんだ」
「ああ、あの<ブンブンの杖>の?」
「そう」
「良い依頼者に恵まれたのね」
「ああ、ふたりとも変わり者だったけれど、色々教えてくれたよ」
ミオは唐突に閃いた。
そうやって良い人との出会いを大切にするジェイクだから、冒険者ギルドの受付のケイトに礼をするように言ったのだ。そうして好意に好意を返せば、良いことが良いことにつながっていく。
ジェイクは自然とそうやってきて、人脈の大切さを知っているからこそ、ミオとメイに教えてくれたのだろう。
さて、この錬金術師が後にミオが困窮したときに力を貸してくれる。実に縁とは不思議なもので、合縁奇縁とはよく言ったものだ。
もちろん、未来のことなど分かり様がないミオは心からの言葉を告げた。
「気に入ってくれると良いわね」
「そうだな」




