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「ビルはおじさんが元いたパーティーのリーダーをしていてね。十五歳で冒険者になって半年くらいかな。ようやくランクも上がって徐々に討伐依頼を受け始めて、調子に乗ったらしい」
夕食の片付けの後、食卓を三人で囲む。ここ最近、こんな風に食後に話すことが多い。
なんだかこれはまるで———と考えが逸れ、ミオはジェイクの続く言葉に耳を傾けることに集中する。
「ビルはおじさんの友だちの遺児だ」
ミオとメイは息を呑んだ。
つまり、ジェイクは友人を亡くしているのだ。
「友人夫婦はおじさんの元パーティーメンバーで、妻の方は子供が出来てからパーティーを抜けた。そして、子供が五、六歳で復帰したんだ」
「すごいね」
「そうだろう? パワフルな子でさ」
ジェイクはまるでまだすぐ傍にいるような言い方をした。それにミオはすぐに気づいた。
「子供は近所のおかみさんに預かってもらっていた」
友人夫婦はおととし亡くなったのだという。子供は十三歳という働きだす歳頃だったので、どこかの工房に弟子入りでもするのだろうと思っていたら、突然ジェイクを訪ねて来て、泣きながらどうして両親を見殺しにしたんだと詰られたのだという。
「そうではない。冒険者をしていたらよくあることだ。そう言ったんだけれどな」
ジェイクは切なそうな表情をした。
「だが、おじさんも失意にあった」
だから反論しなかった。それを良いことに、ビルは自分も冒険者になるからその手伝いをしろという。
「おじさんは危険があると説得しようとした。なにせ、ビルの両親は冒険者稼業で命を失ったからな。だが、聞かない」
それで、自分に教わるのだったら、師匠としてちゃんと言うことを聞くことを約束させた。
冒険者登録をするまでにもいろいろ手を焼かされたが、それでも、あれこれ教えているうちはまだ良かった。冒険者となって実際に魔獣と戦ったりダンジョンにもぐったりする際、ジェイクを頼りにしなければならなかった。だが、慣れて来てからは徐々に増長し始めた。そして、極め付けがランクが上がったことだ。
「もう用なしだ。あんたみたいなしょぼくれたおっさんに大きな面をされるのは本当に嫌だった」
そう言ったのだという。
メイは息を呑んだ。
なんて言い草だろう。今まで散々世話になっておいて。
「おじさんこそ、年若いパーティーメンバーばかりの中で肩身が狭かった」
当のジェイクはそう言って肩をすくめてみせた。
「だが、友人の忘れ形見はまだ未熟だ。だとしたら、パーティーバランスを考えれば初心者に毛が生えた者たちで構成するのが良いだろう」
ジェイクはゆくゆくはそのパーティー抜けるつもりだった。そうして、少年たちで冒険者稼業をやれば良い、そこまでいけば、友人夫婦にも申し訳が立つと思っていたと話した。
ジェイクはジェイクなりに色々考えていたのだ。ビルにとってなにが良いかを。
だが、先を越された。
「貨幣を取られて放り出されてしまった」
「えっ」
今度こそ、メイは声を上げた。
ミオも自分が険しい表情をしていることは容易に予想がついた。
「もちろん、取り返すことはできた。だが、まあ、良いと思ったのさ。それに、金がたまったら宝石に替えるようにしていたから、貨幣くらいならそう多くはない。餞別だ。受け取っておけってな。格好つけたは良いものの、ソロで冒険者をするのはなかなか大変だ。雑用を引き受けつつ、その日暮らしを続けるつもりでいた」
そんな風にしてしばらく過ごしていた時、声を掛けられ、食事をご馳走になったのだとジェイクは続けた。
「これがとても美味しくて温かくてさ」
ふたりを見る目は優しい。それで、自分たちのことだと分かる。メイがミオの手を握って来た。
気持ちが伝わって来る。
あの時、声を掛けて良かった。気が付いて良かった。
「採取の護衛はともかく、まさか錬金術の助手をするとは思わなかった。だが、案外楽しい。料理は美味いしな」
二度も繰り返すので、よほどミオとメイの料理を気に入ったのだろう。思わず隣を向くと、メイもこちらを見ていた。どちらからともなく首をすくめ、笑う。たぶん、同じタイミングだ。
「うっかり、居心地が良かったら居ついてしまった」
ミオとメイ、そしてチロのいる家が居心地が良いと言ってくれた。それは嬉しい。
なのに、ぽつん、と不穏がこぼれ落ちる。
なんだ、と思う間もなく、追撃が来る。
「だが、ビルの言うとおり、娘くらいにも若いこんなに可愛い女の子ふたりと一緒に暮らすおじさんなんて、格好の噂の的だ。近いうちに出て行った方がお互いのためだろう」
ぽつ、ぽつ、と不穏は何度も落ちてくる。底にたまったそれは不安に変わって行く。
「そんなの、気にしないよ!」
反射的にメイが否定する。即座に言い返せるのはメイの美点だと思う。誰だってメイが心底そう思っていると分かる。
「そうよ。それに、そんな風に思うのはビルのような人だけだわ」
自分でももどかしいくらい、冷静な声だ。本当はミオだって声を荒げたい。大きな声で主張したい。
「あいつ、あちこちの子に声を掛けているのよ」
メイが唇をとがらせる。甘えがにじんで言いつける風だ。
「そんなことをしていたのか……」
ジェイクがうめくように言う。
そして、静かに考えを語った。
自分が虫よけになるのならちょうど良いと思っていた。
鉱山採取の時にミオとメイが冒険者たちにコナをかけられているのを見て心配した。
ふたりはきちんと断ったが、男たちはしつこい。いつ死ぬか分からない冒険者稼業だから、思い立ったらすぐ実行する。粘りを見せるのも冒険者ならではだ。そういうものなのだろうが、やられる方は迷惑この上ない。しかもミオとメイは二人暮らしであるから、高を括っているのだろう。
ならば自分が番犬よろしく虫よけになろうと思った。
でも、ふたりの評判を落とすのは本意ではない。そして、無関係の者ほど口さがなく適当な想像で噂をするものだ。
「わたし……、わたしはおじさんと一緒にやっていきたい」
ジェイクが静かに語ったから、ミオはきちんと自分の考えを伝えることができた。
「わたしも!」
メイはテーブルに身を乗り出すように勢い込む。その傍らでミオは固い表情でじっとジェイクを見上げてくる。
ジェイクは気が付いた。
ふたりはさびしいのだ。
祖母を亡くした。その祖母はふたりの錬金術の師でもあったし、大黒柱でもあった。
ジェイクはうめいた。自分のうかつさを呪う。
世情に長けた大人が近くにいる安心感を与えておいて、奪うことの極悪さを、ふたりの必死の表情からひしひしと感じる。
料理は美味しいし、錬金術を施行している最中に冒険者稼業をすれば良い。虫よけくらいにはなるだろう。
自分はもう三十を過ぎている。いくらなんでも、十歳以上年下の者とどうにかなろうとは思わない。娘みたいな年頃だ。
ジェイクは椅子の背もたれにもたれかかり、俯いて片手で顔を覆ってため息をついた。
一緒に暮らすことの優位点を挙げていく時点で、自分の心はもう決まっている。
ジェイクは居ずまいを正した。
「じゃあ、改めて、これからよろしく頼む」
「こ、こちらこそ」
「よろしくね!」
ミオとメイがぱっと表情を明るくする。
「ね、ね、おじさんを拾って良かったね。色々作ろうね!」
「ちょっと、メイ、そんな言い方をしないのよ」
「いやあ、あの時、ミオに声を掛けられてメイに拾われていなかったら、こんな日がくることはなかったからなあ。まあ、労働力としてがんばるよ」
つい先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこへやら、三人は和気あいあいと話し合った。その足元に置かれたバスケットの中ではチロがすぴすぴと眠っていた。
~ 第一章 「工房開店」 ~ 完




