9-1. まとわりつく過去
ミオとメイは<コッコの時計>の調整がうまくいったから、<コケコッコの時計>の改良に乗り出すことにした。
両者は用いる素材が重なる部分が多いから、というのが大きな理由のひとつだ。
<コケコッコの時計>は普通の時計だ。性能が良いものだと分単位まで測れる。
「<コッコの時計>も<コケコッコの時計>も性能が悪いとすぐに狂うのよね」
「そうそう。逆に長く正確に時間を刻み、知らせることができるのは優秀な性能だってことね」
「その<コケコッコの時計>とやらも、「コケコッコ」って鳴くのか?」
先日、さんざん<コッコの時計>の鳴き声を聞かされたジェイクがたずねる。
「そうよ。<コケコッコの時計>は目覚まし時計ね」
「ああ、なんだ、そうか」
ジェイクは安心したようにうなずいた。しかし、安心するにはまだ早い。
ものは鳴き声シリーズなのである。
「<コケコッコの時計>はちゃんと所定のボタンを押さないと、「コケコッコッコ」というアラームがだんだん大きくなるの」
「へえ」
「それで、最終的には「コッケェェェェッコッコッコォォォオオオ!!」という命を取られるんじゃないか、という勢いになるんですって」
メイが鳴き声のところに力を入れて大きな声を出す。
チロがびくりと飛び上がる。
それをちらりと見下ろしたジェイクが渋い顔つきになる。
「命を取られるってなんだ……」
ついうっかり、女の子がそんな言葉を使っちゃいけません、というおじさん特有の言い回しをしそうになってあやうく呑みこむ。
「錬金術便覧にそう書いてあるのよ。「注意が必要だ」って」
「また、錬金術便覧か」
誰が書いたのか。誰も後から編集しようと思わなかったのか。錬金術師って一体……。
ジェイクの錬金術師へのイメージは迷走する一方である。
そんなジェイクに冗談を言っていると思われているのだと勘違いしたメイは、件の錬金術便覧を引っ張り出してきた。
ページをめくって<コケコッコの時計>の説明箇所を開いて見せる。
「……本当にそう書いてあるな」
ジェイクはどういう表現なんだと思いつつ、まだ先があるのでそこへ吸い寄せられるようにして視線をすべらせる。
<コケコッコの時計>
所定のボタンを押さないと、「コケコッコッコ」というアラームが徐々に激しくなり、
最終的には「コッケェェェェッコッコッコォォォオオオ!!」
という命を取られるんじゃないか、という勢いになる。注意が必要だ。
想像してみてほしい。
ご自身が可愛い女の子にあーん、と美味しそうなものを差し出されている際、
あるいは「食べても食べても太らない美味しいもの」が並べられ、
「いただきます!」となったときに、
突如として「コッケェェェェッコッコッコォォォオオオ!!」が響いて来るのだ。
むろん、上記の出来事は夢だ。
だが、夢の中でくらいは楽しんだって良いではないか。
ちなみに、<コケコッコの時計>は錬金術師が改良を加えようとしたが、
酔いどれ亭主を持つおかみさんたちの頑強な反対にあって断念せざるを得なかった。
酔ったのは自己責任。ちゃんと翌日いつも通りに仕事に行けと言うのである。
正論だ。
そのため、ごくまれに<コケコッコの時計>の鳴き声が朝もやに沈む町中に響き渡ることもある。
それだけ、魔道具は身近なものであり、エンドユーザーの声に忠実なのだ。
決して、強者(この場合、おかみさん連合)に屈したのではない。
お間違えの無きよう。
「いや、妙に具体的な例だな! 分かりやすいけれども! っていうか、おかみさん連合、強いな!」
「当り前じゃない。おかみさんたちを敵に回して誰が対等に渡り合えるっていうの?」
ミオの呆れた表情に、ジェイクは黙り込んだ。
「錬金術師も魔道具師も結局はお客さん第一だよね」
「買ってくれる人がいなければ魔道具の材料を買うどころか生活ができないもの」
せちがらい。
魔道具や魔法といえども、扱うのは人間であり、暮らしていかなければならないのだ。
魔道具とか錬金術師といえば、こう、神秘的な、あるいは夢のある存在ではないのか。
錬金術便覧を読む限りはそういう要素は一切伝わってこない。
「だから、特許を取れるような魔道具を作って悠々自適、というのに憧れるんだけれどねえ」
メイの言葉にジェイクはなんだか安心した。あまりにも堅実的な言葉ばかり聞いていたので、年相応に夢や理想を聞いて安堵したのだ。
ちなみに、ミオとメイが言っていた<コケコッコの時計>の鳴き声の音量を調節する議論や論文は理論上可能で、実際、改良品も作られた。それが浸透しなかったのは、錬金術便覧に記載された次第の通りである。
ミオとメイは薬を作った後、<コケコッコの時計>の研究に取り掛かった。
ジェイクは工房の店番だ。
「扉を開けたら呼び鈴が鳴るから奥にいても分かるよ」
「おじさん、冒険者の方の仕事をしてきても大丈夫だよ」
元々、ふたりが錬成している間、ジェイクは本業である冒険者稼業の方をしているという話だったのだ。ミオとメイはジェイクに負担を掛けているのではないかと心配した。
「工房を開けたばかりでお客さんが多いからな。落ち着いたらそうするよ」
ジェイクは契約違反だなどとは言わずに大様なものだ。
チロは今日も街中の探検に出かけて行った。
ジェイクは今日も店番兼虫よけにいそしむつもりでいた。
工房の扉が激しく開かれ、呼び鈴がけたたましく鳴る。
ジェイクは思わず眉をしかめた。
「お前っ!」
飛び込んできたのは十代半ばの少年だ。その年の男子によくあるこまっしゃくれた粋がっている風情だ。そう感じるのは今までの付き合いからくるもので、眼が曇っているだろうか。
「お前がなんで、ミオちゃんとメイちゃんとパーティー組んでいるんだよ! しかも、一緒に住んでいるって?! ふざけんな!」
走って来たのか肩で息をしている。
興奮したら視野が狭くなる悪癖がこのときばかりはジェイクにとって都合が良かった。
なにごとかと奥から顔を覗かせる姉妹ふたりに後ろ手に出てくるなと合図する。そっと身体をずらして少年———ビルの視線から遮る。
「それは俺のせりふだ。俺をパーティーから追い出して可愛い若い子を入れておいて、そんなことを言うのか? しかも、どちらかに絞れよ。ミオとメイに失礼だろうが」
ジェイクはビルがリーダーを務めるパーティーにいた。ミオとメイと出会う少し前、年よりだから役に立たないとパーティーから強制的に出された。その後に若い女性が入っていたのを見かけたから、そういうことなのだろう。
図星を指したらしく、ビルが言葉に詰まる。唇をあえぐように動かして、ふたたび言い募る。
「もっともらしいこと言っていても、結局、あんたは若い可愛い女の子と暮らしているんだろう? 下心ありありだろう? どっちだよ? それとも、あわよくばどっちとも、とか思っているのか? このげすやろう!」
ジェイクは世間の下世話な視線はこんなものなのだろうなと思っていた。ミオとメイには申し訳なさを感じているくらいだ。
しかし、当のミオとメイにとってはとんでもないことだった。
ジェイクに出てくるなと指示されたが、黙ってはいられなかった。
「おじさんはそんなことはしないわ!」
「そうよ、勝手なことを言わないで!」
「あ、こら、出て来ちゃいかん」
「なんだよっ! かくしていたのかよっ!」
ジェイクの言葉に、ビルは飛びつくようにして言う。
とにかく、ジェイクのすることなすことすべてが気に入らない、けちをつけなければ気が済まないという態である。
「おじさんはわたしたちに協力してくれているのよ。色々アドバイスをしてもらっているわ。それはきちんとわたしたちのことを見てくれているからよ」
「ね、誠実なのは良いよね。少なくとも、悪ぶるのが格好良いと思うよりは」
メイはふんわりした印象の容姿と異なって、辛らつだ。
「以前、胸が大きいのだから、もっとそれが良く分かるような服装をした方が良いとアドバイス(?)してくれたビルさん。おじさんをもう少し見習ってね」
「そ、そうだよ、メイちゃんはその国宝級の巨乳をもっと見せていく方に向かうべきだ!」
嫌味でわざわざジェイクに習えと付け加えたというのに、ビルは分かっていない。
メイは絶対零度の視線を向ける。
「わたしたち、ビルさんとはもうまったく価値観が合わないのよ。だから、前々からお付き合いを申し込まれているけれど、お断りします」
「わたしも。絶対に付き合わない」
ミオは毅然と言い、メイもきっぱりと切って捨てる。
「なんでだよっ! こんなおじさんより、俺の方が若くて格好良いじゃないか!」
「どこがよ。まったく頼りにならないわ!」
反射的にメイが応戦する。
「とにかく、おじさんのことは関係なく、わたしたちはあなたと関わりたくないの」
「そうよ。分かったらさっさと出ていって!」
ミオは冷たく言い放ち、メイは珍しく大きな声を出す。
「ふん! あとで後悔しても遅いんだからな!」
入って来た時と同様に手荒く扉を開け、騒々しく出て行った。
「見事なまでの捨てぜりふだな」
ジェイクはため息を吐くとふたりに謝った。
「悪かったな、俺の元パーティーが騒がして」
「ううん、そんなことはいいんだけれど」
「おじさん、さっきの人とパーティーを組んでいたの?」
年齢差が親子ほどもあるのに、ということがふたりの表情に出ている。
ジェイクはやれやれと思いつつ、夕食の席で説明すると姉妹に言い含め、奥の部屋に追いやった。
ふたりは後ろ髪を引かれつつ戻って行く。




