8. 接客
<コッコの時計>の改良に成功したミオとメイは自信をつけ、とうとう、工房を再開することに踏み切った。
まずは手頃な価格の商品を並べて呼び水にする。
「回復剤と解毒剤が一番出やすいわね」
「前に作ったから、大丈夫よね」
「そう言えば、ケイトがさり気なくこの工房のアピールをしてくれているらしいぞ。いち早く薬を届けてくれたから助かる、とかなんとか言って工房の名前を出してくれているらしい」
これがミオやメイが力説した営業やアピールか、と実感したという。冒険者たちも自分たちが必要とするものを早くから届けてくれたというのだから、歓心を買った。
「ケイトさんが!」
「姉さん、今度また、余った素材でなにか作って差し入れしよう」
「そうね。そうしましょう」
チロとジェイクという頼もしい護衛がいたことから十分に採取することができた。まだ材料はある。
ミオとメイは回復剤と解毒剤を作り、陳列した。
そうして、「ミオとメイの錬金術工房」は開店した。
「ミオとメイの錬金術工房」の正面入り口が開かれるとちりんちりんと涼やかな音がする。鈴がつけられているのが、扉の開閉で鳴るのだ。
ケイトが美少女姉妹の作った入浴剤を同性の同僚にも配ったところ、好評だったらしい。
「これでわたしもあの姉妹みたいにぴちぴちなお肌に!」
「それはちょっと厚かましいんじゃない?」
女性とはいくつになってもはしゃぐと華やかである。そして、美容に関心がある。いや、年月を経るにつれ、美しさへ固執するのかもしれない。
「おー、本当だ、開いている!」
ジェイクは店番をしながら、冒険者ギルドに顔を出した時のことを思い返していた。
ケイトとその同僚の話を聞きつけ、何人もの男女が工房にやって来た。
「工房、再開したんだ? それで、あんただれ?」
冒険者風の十代後半の男が工房の中を見渡しながら言う。
「店番だ。客か? それともひやかしか?」
おそらく後者だろうと予想をつける。客ならば、まず陳列棚に視線をやるだろうし、問題を抱えているのならば、開口一番そのことに触れるだろう。
「ミオちゃんとメイちゃんは? ひさしぶりに顔が見たいなあ」
「あいにく、商品を増やすことに忙しくてね」
工房を開けた当初はミオもメイも開店の挨拶がてら、カウンターのこちら側に立っていたのだ。それが、この男のようにただふたりに会いに来ただけ、という者が多かったので、ジェイクが単独で店番を買って出たのだ。ふたりは奥で錬成をする。商談がある者か魔道具について相談に乗ってほしいという者が訪れた時にジェイクが奥に声をかけることにした。
つまり、店番兼、虫よけだ。
なにしろ、ミオとメイに会いに来る者は商品を見るどころか、ふたりを頭のてっぺんからつま先まで眺めまわし、髪や手、肩に触ろうとする。そして、食事に誘ったり、もっと露骨な言い回しをする者もいた。
ジェイクはこめかみの血管がどくどくと脈打つのを感じた。久々の感覚だ。
単にミオとメイを追い回そうとする者たちを丁重にお帰りいただき、薬を求める客には販売する。ジェイクにも店番は務まった。
しかし、なかなか引き下がらない者もいた。
「おっさん、店の取り扱い商品を説明できるの? 無理でしょ? だったら、ミオちゃんとメイちゃんを出してよ」
痛いところを的確についてくる。
「その商品を作っているんだ。今まで慌ただしくて作れなかったからな」
そうまで言って帰らないのであれば、客ではなく別の目的があるとみなした。
「予算は?」
「……いやあ、今日は魔道具のアドバイスを受けに来ただけだからさ」
「そうか。残念だが、さっき言ったように、商品を錬成していて出て来られない。また後日来てくれ」
そう言って追い返した。
若い男ばかりではなかった。
自分と同じ年のころの、苦みばしった良い男すらも、「ミオ嬢のあのすらりとした美しさ」などと言っている。
「失礼、娘のような年頃の少女を追い掛け回すのはどうかと思いますが」
視線をあさっての方向へやってミオの姿を思い浮かべてでもいたのだろう男がジェイクの言葉に現実に引き戻された。ジェイクを見て、ふっ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
かちん、とくる。
これはもう反射的なものだ。
ジェイクとて、相手の方が容姿が優れているとは分かっている。
それとも、彼はジェイクのあの噂を知っているのだろうか。
中にはミオとメイにと言って花を残していく色男もいた。
ミオとメイは花は喜んだが、男前が来たことには特に反応を見せなかった。
「時と場合を考えてズボンをはいたら、がっかりするタイプだと思うから」
メイはそんな風に理由を述べた。
「スカートの方が似合うよって、さも好意を装うか、なんなら、わたしのためにみたいな言い方で自分の好みを押し付けてくるのよね」
ミオも同意する。
「お洒落は自分のためにしているの。必要な時に相応しい恰好をしなさいって言ってくれる人の方が良いわ」
「良かったよ、ふたりとも聡明で。ついでに、頭の固いおじさんだって言われなくて」
「頭の固いおじさん!」
ふたりは顔を見合わせて首をすくめて笑った。
夕食の席である。ジェイクは店番を抜けてなにか買いに行こうかと提案したが、ふたりは手早く作った。
「採取した時にハーブを見つけたから、それを使ったの」
「食べられる草もあるからね」
ふたりは錬金術に用いるもの以外の野草も摘んできていた。必要な部位を洗ったり切ったり天日干ししたりの処理も行った。
「チロちゃんも焼いた肉の方が好きみたい」
「やはり幻獣と野の獣とは違うんだなあ。獣は臭いのきついものは食べない」
食卓には姉妹あてにと託された花が飾ってある。ジェイクはそれには触れずに今日の成果についてたずねた。
「それで、どうだった? うまくいきそうか?」
「定番アイテムはできそうよ。少し時間がかかるけれど、何日か後には薬以外も商品棚に並べられるわね」
「薬もまた作らなくちゃね」
冷やかし以外にも客はいた。今まで閉めていた工房に訪れる人影を見て、再開を知った者もいた。
「工房が再開したから買って行ってくれたのね」
「冒険者も商人のような旅人も春になったから活動を始めるからな」
「有り難いことね。でも、今の売れ行きはいつまで続くか分からないわ」
まずは順調な滑り出しを見せるのに喜びつつも、ミオは冷静に言う。
「それまでに目玉になるものを作りたいね」
メイが打開策を挙げる。
しかし、そこで止まってしまう。
簡単に目玉と言っても、ふたりはつい先日まで錬成に自信を持てないでいた。さらにいえば、元々、工房は姉妹の祖母が運営しており、ふたりは新米錬金術師だ。新しいレシピの考案どころか、得意な魔道具さえない。かろうじて薬の錬成ができる程度だ。
食事の手を止めうんうんうなりはじめたミオとメイをジェイクが促す。
「ほら、冷める前に食べちまおう。お代わりはあるか?」
「あるよ」
「おじさん、パンも温める?」
ミオが身軽に立ち、メイが勧める。
「なうん」
チロが催促の鳴き声を上げる。
「チロちゃんもお代わり?」
「チロは今日は工房の周辺をうろついていたみたいだな」
「チロちゃん、今日はいっぱい運動して来たのね」
「この分じゃあ、食べたらすぐに寝てしまいそうだな」
ジェイクの言うとおり、チロはよそってもらったお代わりを平らげると安らかな寝息をたて始めた。
人間三人は食器を片付けると茶を片手にふたたび会話に戻る。
「ふたりは<コッコの時計>の改良を成功させただろう? アレンジが得意そうだけれどな」
完成された魔道具にひとつふたつ特性をつけるのには、その道具のレシピを把握し、バランスを崩さないように気を配る必要がある。そんな面倒なことをするよりも、「一から自分で作る」という方を好む者は多い。
「アレンジする者が少ないならば、その道を極めて見るのも良いかもしれない」
ジェイクの言葉に、ミオとメイは顔を見あわせた。
鳴き声シリーズはひとりの人間が作っているのではない。数多の錬金術師と魔道具師がそれぞれ作った。錬金術師は魔方陣と素材とで錬成し、魔道具師は回路と魔術を使って作りだしたのだ。
「確かに、わたしたちにはあんなすごいものを作り出す才能はないわ」
「でも、鳴き声シリーズを改良するのだったら……」
ミオの言葉をすぐにメイが引き継ぐ。
「そうね、それならば、わたしたちにもできるかも」
ミオがメイの手を取る。メイがその手に力をこめる。
「特許も切れているものね」
ふたりしてうなずき合う。ジェイクはこういうところが、この姉妹は地に足がついているというか、堅実的だと思う。いわゆる、「そこ、重要」である。
「調子の悪かった<コッコの時計>を直すことができたのだもの。他のものも改良できるかもしれないわ」
「魔道具をどんなレシピでどんな素材でなにをどのタイミングでどう使うのかというのを知るのはとても勉強になると思う」
メイが浮き浮きと言うと、ミオが真面目な顔をする。
似ているところもあり、個性もある姉妹だ。




