6-3
「お腹がすいたわ」
「おじさん、なにか買ってきて!」
「とうとう、食料を買いに走らされるのか?」
「にゃにゃ!」
「あ、痛! わ、わかった、わかったから、チロ、噛まないで!」
チロも空腹になったのか、起きて来ていた。そして、早く行ってこいとばかりにジェイクの足に噛みつく。甘噛みだろう。本気で噛まれたら流血沙汰だ。
ミオとメイは錬成を途中で止めたくないのだろう。案外、力を必要とする作業が多いので、抜けるのに躊躇しただけであって、買い物に出るくらいは大したことではない。
「パンは朝買った分があるからね」
ミオの言葉に送り出されるようにして工房を出る。
幸い、店じまいする前の屋台を見つけたので串焼きを買い込み、他に色々見つくろった。
「果物と串焼きだ。チロは味付けしていないのをもらってきた」
「なん!」
「わあ、良い匂い!」
「お腹ぺこぺこ~」
急いで帰って来たジェイクをふたりと一匹が迎えた。
「錬成はひと段落ついたわ」
「食べよう!」
「なうん!」
食堂に移動して手早く料理を並べる。
錬成で緊張していたからか、それとも魔法陣を扱ったからか、ふたりはしばらくは会話もなく食事に集中した。
「串焼き、美味しかったあ」
「パン、温め直せばよかったね。ちょっとぱさついていた」
「でも、お腹が空きすぎていてそんな余裕はなかったのよう」
果物の皮をむきながら、ようやく人心地ついたのか口は食べるためではなく、会話するのにも使われだした。
「とにかく、分離はなんとかなったわね」
「今度は混合かあ。錬成、うまくいくかな……」
「……。とにかく、ひと晩置いておかなくちゃならないから、明日、また様子を見ましょう」
「今日中に分離が終わってよかったね」
「おじさんのおかげよ」
「なん!」
「うん、チロちゃんもね」
チロはひたすら寝ていただけだろう、とジェイクは思ったものの、串焼きの肉と一緒に飲み込んだ。余計なことは言わない方が良いのである。
「混合もうまくいくと良いねえ」
「分離と同じ要領だもの。大丈夫よ。……たぶん」
「そうだよね。……きっと」
このやり取りは見たことがあるな、とジェイクは果物を食べるスピードが目に見えて遅くなったふたりに不思議に思う。
ミオとメイは素材採取の時はあんなに頼もしかったのに、錬成となると途端に勢いを失うのだ。素材採取も錬成も手伝ってきたジェイクにしてみれば不思議だった。
だから、口火を切る。
「錬成って料理と似ているな」
「うん? そうかもしれないわね」
「食材と錬金術の素材は違うし器具も違うものを使うけれど、そう言われればそうかな」
もちろん、錬成にはいずれかのタイミングで魔法陣を用いるが、ほとんどの手順が料理と似通っている。
刻み、すり潰し、加減しながら投入し、かき混ぜ、加熱する。
「君たちは料理で失敗するのか?」
「最近はしないわよ」
「前はいっぱいしたわねえ」
ジェイクの質問にミオが誇るでもなく答え、メイは今は失敗しないからこそ、過去のことをあっさり打ち明ける。
そうだろう、とジェイクはうなずく。
食事の準備を手伝っていて、ふたりの手際はよく見てきた。そして、その出来栄えを十分に味わった。
「錬成も同じじゃないか?」
「え?」
「失敗したっていいじゃないか。失敗したらなにがいけないんだ?」
「それは、素材が無駄になるし」
「高いし、手に入りにくいものもあるから」
ただし、ふたりの錬金術師としてのランクは低いので、まだ使用できる素材は限られている。
「君たちの料理はとてもおいしいよ。おじさんから見れば、手際もとても良い」
ミオとメイが顔を見合わせて照れくさそうに笑う。
「え、あ、ああ、そうか。そうだわ。料理にもレシピはある。作ったことがなくたって、レシピを見れば調理過程は大体想像がつくわ」
「本当、そうね。どうして、今まで気づかなかったのかしら」
「砂糖もバターも確かに高い。でも、作る前から失敗を恐れることはないわ」
つまり、ふたりは錬成をする前から委縮していたのだ。貴重な素材をだめにしないようにしなければならないと力んでいた。
錬成を失敗するのはタイミングの問題だけではなかった。ジェイクに指摘され、失敗して素材を無駄にすることを無意識に避けていたと自覚する。とても高価なもので、失敗できないと思い込んで力みすぎていた。
もちろん、材料は高価だ。しかし、たとえば、料理に使う砂糖やバターだって高い。それでも、料理は失敗しない。失敗してもどうってことない、食べられる部分を食べて後は少々ひもじい思いをして、次の食事を待てばよいと思うからだ。錬成だって失敗したらまたやればいい。失敗はだめなことではないし、それっきりで終わりではないのだ。
「どちらかというと、失敗はなんどもしなくてはいけないかもしれないわ」
「うん。そうやって、新しいレシピを探していくんだよね」
ミオもメイもどんどん意識が変わっていくのを感じていた。目の前が開かれ、見えていなかった景色を認識し始めた。
「それに、今あるレシピにも改良を加えて、新たな効能や効果を発見するのも重要ね」
料理と違う点は魔法陣を用いて錬成を行うところだ。その分野ではジェイクは口を出せないが、それでも、ミオもメイも前向きになることができたようだ。
「無限にありそうだな」
「そうよ。錬金術に終わりはないのよ」
どこか誇らしげにミオが言う。
「錬金術ってのは卑金属を金に変えるってのが目的じゃないのか?」
「それと万能薬と不老不死の薬を作ることだと言われているわ」
「でも、そんなのを目指すは本当にひと握りのすごい錬金術師くらいよ」
ミオの言葉にメイも付け加える。
「普通の錬金術師は自分が食べていくためと素材や機材のために、売れるものを作らなくてはいけないの」
「錬金術師も大変だなあ」
やはり、なにをするにも金銭が必要だ。それはミオもメイも自身たちで素材採取をしようとするだろう。
「おじさん、料理したことあるの?」
「いや、今までやったことはない。野営で捌いて串に刺して焼くくらいかな?」
「現地食糧調達ね」
「わあ、冒険者っぽい!」
一応、Cランクのベテランである。
「料理の手伝いをするなんてなあ。生きていたら思いもよらないことがあるもんだ」
言って、ジェイクはふたりに笑いかけた。
「素材集めの護衛ならまたやるから、気にせずどんどん作るといい」
「あ、じゃあ、おじさん、このまま、うちにいる?」
メイが身を乗り出す。
どうしてそうなる。ジェイクはそういう思いからか、唸り声を出した。
「うーん、」
「わたしは構わないわよ」
「構わないどころか! 採取の時の護衛と錬成の手伝いをお願いね!」
気のない風情な言い回しをしたミオにメイが言葉を弾ませる。
「そこから宿泊費と食費を引くわ」
「姉さん、店番のお駄賃もいれてあげないと」
「お給料と言いなさいよ。子供のお使いじゃないんだから」
どんどん話が決まって行く。
「わたしたちがレシピの試行錯誤をしている間は、おじさん、冒険者稼業をしてくれていていいからね」
「店番はいいのか?」
「工房にはしょっちゅうお客さんは来ないわ。扉のベルで気づくでしょうし」
すっかり決まってしまった様子だ。
「ええと、じゃあ、お世話になります」
よくある「貸し部屋あります」というやつだ。家主たちの人となりと本業をしっかり知った上で契約を結べるのだから、良い方だろう。なにより食事が美味い。そして、危なっかしい姉妹の風よけ、虫よけくらいはできるだろうとジェイクは考えた。
気持ちが変わったふたりは成長した。一段階確実に上った。自信は成功につながった。
気負わなくていい、変に身構えなくていいということと、年上の世情に長けた信頼できる人間が身近にいるという安心感のおかげだ。
翌日、薬作成の続きを行い、錬成を成功させたミオとメイは弾けるように笑い合った。箸が転がっても笑う歳ごろとはよく言ったものだ。
「できたわ!」
「やったね!」
昼を大幅に過ぎている。ふたりはそのままギルドに納品に行こうとしたがジェイクは止めた。
「昼飯を先にしよう」
「でも、」
「いくらなんでも、飯を食う時間くらいで買い取りしなくなるなんてことはないさ」
「なうーん」
「ほら、チロも腹が減ったとさ」
ふたりに顔と手を洗ってくるように言うと、互いの顔を見あわせたミオとメイは慌てて洗面所へ駆けて行った。頬や額に素材が汗で張り付いているのに気づいたふたりの悲鳴が聞こえてくる。
その間にジェイクは朝買ってきたパンの残りを出す。
「これだけだと足りないかな?」
「なん?」
「ささっと肉と野菜を炒めるわ」
「チロちゃんはこっちよ」
「おじさん、冷暗庫から野菜を取って来て」
錬金術に夢中になっていたふたりは今度はてきぱきと料理に取り掛かる。ちなみに、ミオとメイの家の冷暗庫は錬金術素材の保存庫も兼ねている。小さい工房ならではだ。食料とは棚が違うが、決して素材と間違わないようにと言われている。
「毒草もある場合があるから」
「お腹を壊す程度じゃすまないかもしれないの」
錬金術師の保存庫、恐るべし。
ジェイクは慎重に野菜を取り出した。変なものが混じっていたら事だ。
野菜を持って行ったらそれを洗え、皮をむいてくれ、と次の指示が飛ぶ。
急ごしらえの野菜炒めは美味しく、パンをソースにつけて十分に味わった。




