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「あ、もうこんなに時間が経っている。メイ、早く始めよう」
「うん。あ、おじさん、便覧と一覧、書架になおしておいて」
我に返ったミオに促され、メイもすっかり錬成の方に気を取られ、分厚い本をジェイクに押し付ける。
「回復剤は【懺悔のヒヤシンス】、【生命の月の石】が素材になるわ」
「解毒剤は【灯のシクラメン】、【ぎらつく太陽の石】ね」
ミオが言えばメイも応える。
ふたりは言いながら、ふつかかけて採取して来た素材を取り出す。
「【西方のハシバミ】、【夢みる水晶】は錬成時の素材の溶媒となるの。
【まよけのナナカマド】、【夢みる緑水晶】は錬成時の素材の分離剤となる」
「つまり、簡単に言うと、【西方のハシバミ】と【まよけのナナカマド】を用いて、
【懺悔のヒヤシンス】や【灯のシクラメン】から必要な成分を分離させるの」
「同じように、【夢みる水晶】と【夢みる緑水晶】を用いて、
【生命の月の石】や【ぎらつく太陽の石】から必要な成分を分離させるわ」
「【瑠璃蝶のロベリア】、【夢みる橙水晶】は錬成時の素材の混合剤となる」
「分離させた成分をそれぞれ、【西方のハシバミ】と【夢みる水晶】、
【瑠璃蝶のロベリア】【夢みる橙水晶】で混合させて回復剤や解毒剤を作るの」
「なるほど、分離と混合か。どちらも溶媒が必要となるんだな」
「そうよ」
素材はレシピによって千切ったり、あるいはざく切り、千切り、みじん切りに刻んだり、砕いたりする。
ジェイクはふたりに指示されて乳鉢に入れた素材をひたすら乳棒でかきまぜすりつぶした。
「もういいわ」
あらく塊が残っているが、やりすぎはいけないらしい。
「これはそのまま火にかけて」
「こっちは蒸留器ね」
「それは水につけて」
ふたりはてきぱきと動いた。ジェイクも言われるがままに手伝う。
「おじさん、力持ちね!」
「助かるわ。こっちもお願い!」
「あ、その鍋、火にかけてくれる?」
褒めながらもあれこれ指示が飛ぶ。人使いが荒い。
「なじませるために、一気に投入するのではなく、かき混ぜつつ少しずつ加えていくのよ」
ミオに指示され、彼女がかきまぜる鍋に、乳鉢の中のあらく砕いた素材を少量ずつ入れていく。強度のためか、すり鉢自体が重いので、この作業はメイにはやりづらいだろう。しかも、火にかけられた鍋は鉤に引っかけてつりさげられており、身長が低めのメイでは踏み台に登る必要がある。ジェイクがやる方が安全だ。
メイはメイで水につけた素材の具合を確かめている。
「一気に投入すると瞬時に強い反応を起こし爆発するものもあるよ」
なんでもないことのように言うミオに、ジェイクの手が一瞬止まる。ミオに視線で促されて残りを少しずつ入れていく。
「これはね、底からすくい上げるようにかき混ぜるの」
レシピによっては材料を投入してすぐにかき混ぜたり、少し置いてかき混ぜたり様々なのだという。
「これはひとりでやるのは大変だなあ」
「そうなのよ。おばあさまはずっとひとりでされていたんだから、すごいわよね」
「わたしたちが手伝い出してから、随分楽になったって言っていたものね」
小さな姉妹が一生懸命に爪先立ちながら、あるいは踏み台に乗りながら、せっせと手伝ったのかと想像すると、微笑ましい。はじめはきっと手伝いどころか、邪魔だったかもしれない。でも、この孤独で淡々とした作業の中で喜びや楽しみを見いだせたことだろう。
「釜や容器の大きさよりも分量を減らすのがコツなんですって」
「錬成反応があるので、膨張したり跳ねたりすることがあるらしいの」
メイが水から引き上げ、水切りした素材を入れた容器を手にやってくる。
ふたりは鍋の中身を注視する。
錬成した経験のあるレシピでも緊張気味だ。特に新しいレシピを試行錯誤する際にはどんな反応が起きるか分からない。
メイが水につけておいた素材を投入する。
すっかりすべての素材を入れた後、ふたりは柄杓の柄を一緒に持ち、それまで円を描くようにかき混ぜていた動きとは全く別のかき混ぜ方をし始めた。
これは魔法陣の一種だ。
魔術を行使し、魔法が発現する際に顕現する陣であり魔力の流れ通って行く。魔法陣は円形、六角形、八角形、五芒星、六芒星、古代文字、記号、などを描いて作られる。魔力を伴った術であり、呪である。そうして、魔力というエネルギーが万物に働きかける。
ミオとメイが意味ある文様を鍋に描き出すと、徐々に淡く光り始める。
真剣な表情のふたりをぼんやりと鍋から発する光が照らす。
やがて、柄杓の動きは止まる。
「そろそろかな」
「まだ、早いんじゃない?」
「うーん」
ふたりの意見はまっぷたつに別れた。
「あ、ちょっと火にかけすぎた?」
「おじさん、鍋! 鍋を火から外して」
「早く、早く!」
錬金術師の錬成に見とれていたジェイクは急かされて慌てて鍋の取っ手を鉤から外す。
熱い。
しかし、慌てるふたりにそんな泣き言は言っていられない。
台の上にぬれ布巾がしかれている。素材を水につけていたメイがあらかじめ準備していたのだ。そこへ鍋を置く。
「助かるわ。わたしたちじゃあ、ふたりがかりでもとても大変なの」
「だから、いつも火にかけ過ぎちゃうのよね」
「それをしないように、早めにおろすと、今度はもう少し火にかける必要があったりね」
加減が難しいとのだという。
「大きな鍋にあれこれ入っているからなあ」
ジェイクはてのひらに息を吹きかけながらさもありなんと思う。
そのころのチロはといえば、すやすやと安らかに眠っていた。
ふたりはその後も忙しく動いた。




