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5-2

 

 鉱山はリージュ市に所有権がある。

 鉱山で採取するには登録して採掘した一部を支払う。錬金術師や鍛冶屋、魔道具職人でなくても登録は可能である。冒険者が彼らの護衛として付き添うこともある。


 坑道から出た水を流す水路が見えて来る。本坑の入り口がぽっかりと口を開けている。落盤を防ぐための坑木が左右と天井とに渡されている。石を運ぶトロッコのレールが伸びている。


 鉱山の中をトロッコのレールに沿って歩く。坑道が崩れないように坑木が時折顔を見せる。横穴が空き、大きくカーブする先はランプで照らしても見えない。足を踏み入れると、まるでそこは迷路のようだ。時折下穴があり、梯子が掛かっている。

 レールの行き止まりにはウィンチがあり、ゴンドラで上下に人や物を運ぶ。


 メイは<ブヒブヒのかばん>から<クーンの採集セット>を取り出した。

 ハンマー、手袋、ルーペ、スコップ、つるはし、ランタンなど、鉱物採集の際に使う道具だ。


「<クーンの採集セット>は人体に有毒なガスが発生する気配を察知したら「クーン」、「キューン」って音を発するの」

「おお、すごいな」

「でしょう? 初心者にはお高めだけれど、おばあさまにねだって買ってもらったのよ」

 しかし、レベルの低いものはそれなりにしか教えてくれないのだそうだ。

「警告音の直後に有毒ガスにまみれることもあるらしいの」

「それはまた……」

「ね? 良い道具をそろえたいと思うわよね」

「そうやって色々手を出すと、道具貧乏になるの」

「素材貧乏と同じよね」

 ミオとメイはそろってため息をついた。心当たりが大いにあるのだろう。


 チロは夜目が利くのかランタンの灯りが届かないところにも自由に動き回る。闇を怖がらない。

「あ、あそこにある」

 メイがつるはしをふるい、スコップですくいあげる。ある程度の力もいるが、つるはしを打ち付ける場所を見極めるコツもいる。


「【ふつふつ光る水滴石】ね。ほら、見てみて」

 メイが岩石のつぶをルーペで拡大してみる。

 ミオがメイの言うとおりにルーペを片目に近づけ、逆の目をつぶる。石を近づけたり遠ざけたりしながらピントを合わせる。

「わ、つぶつぶ!」

 水滴のようにふつふつと粒が集まったものだ。


 ミオがジェイクに渡すと、興味津々でのぞき込んだ。

「ほほう」

「暗いところで光るの。ほら」

 メイがランタンの灯りが届かないところに石を移動させるとぼんやりと光る。

「魔道ランプに用いられるのよ」

「なるほどね」

 メイの言葉にミオが得心する。


「ミオも見たことがなかったのか?」

「こんなにゆっくりできないもの。おじさんとチロちゃんがいるおかげよ」

「知り合いの冒険者の人たちがここや森に来るときにくっついて来たことは何度かあったけれど、のんびりしていられないじゃない?」

 好意で連れて来てもらったのだから、迷惑がかからないように迅速に動いていたのだという。


「ほら、チロちゃんものぞいてみる?」

「なうん?」

 メイはミオが持つバスケットの中のチロにルーペと石を近づける。

「にゃにゃっ!」

 チロは尾を膨らませ、毛を逆立てた。

「ははは。これは石が大きく見えるものなのよ。ね、不思議でしょう?」

「なん!」

 信じられない、という驚愕の表情を浮かべたチロはメイの持つ石とルーペに視線が釘付けだ。片前足を出してちょいちょいと石とルーペをつつこうとするのに、メイが笑って遠ざける。

「工房に戻ったらまた色々見せてあげるね」

「にゃうん」




 岩石の中には異なる性質の鉱物が集まっている。メイはだいたいどの辺りに素材になりそうな鉱物がありそうだと当たりをつけることができるのだという。


 メイがつるはしやハンマーをふるった岩石の中に、【ぎらつく太陽の石】や【生命の月の石】が混じっている。

「【ぎらつく太陽の石】はね、解毒剤の材料となるの」

 太陽の輝きを閉じ込めた赤色の石だ。

「赤いほど品質の良い石なんだよ」

 言いながらメイが見せる石の色の純度は高くない。


「【生命の月の石】は回復剤の材料となるんだよ」

 月の輝きを閉じ込めた青色もしくは白色の光沢を持つ石だ。

「これは青か白に近いほど品質が良い石なの?」

「うん、そうよ」

 うっすら青みがかっているか、白っぽい石ばかりだ。


「意外とかさばるんだなあ」

「そうね。いろんなものとまじりあっているから」

 採取した鉱物は不純物が多いので、まず分離させて必要な石を取り出す必要があるのだ。まずは人の手で可能な限り取り除いた石から、錬成で必要な成分を取り出す。

「かさばるだけでなく、重いのよね」

<ブヒブヒのかばん>は魔道具で、大容量で見た目より入り、軽量化もしてくれるが、ある程度は重くなる。


「俺も持とう」

「大丈夫? 戦闘しにくくならない?」

「重心には気を付けるさ」

 ジェイクはリージュ近隣に出没する魔獣はそれほど強くないという。チロのおかげで不意を突かれることがないので、楽をさせてもらっていると笑う。そんな風にジェイクが大らかであったから、メイは未だかつてないほど、落ち着いて採取をすることができた。




 その後、一行は鉱山の奥で【夢みる水晶】、【夢みる橙水晶】、【夢みる緑水晶】を採取した。

「【夢みる水晶】は透明なもので錬成時の素材の溶媒となるの。【夢みる橙水晶】橙色の水晶で錬成時の素材の混合剤ね。【夢みる緑水晶】は緑がかった水晶で錬成時の素材の分離剤として使うわ」

 どれも必要なものだということで、<ブヒブヒのかばん>はふくれている。


「どうして【夢みる水晶】なんだ?」

「じっと見つめていると、夢を見ているような気持ちになるといわれているの。岩石から取り出して綺麗にみがいたら、それもわかるような吸い込まれる感じがするのよ」


 洞窟の中では【むちゃなコウモリ】の群れと遭遇した。

 ジェイクの指示に従ってふたりと一匹はそっと後退する。

 ジェイクが石を拾い上げて群れの中に投入すると、コウモリたちはところかまわず飛びまわる。そして、洞窟に自ら激突して落下している。

 向かってきたものはジェイクが切り伏せた。

「ここはまだ広いから普通の剣を振り回せて楽だな」


「もっと奥へ行くと狭くなるとは聞いたことがあるよ」

 メイもミオもあまり奥へは行ったことがないという。

「かばんも重くなったし、戻ろうか」

「そうだな。山は天気も変わりやすい」




 早めに切り上げたせいか、鉱山口を出ると、今から入ろうとする冒険者たちと行きあった。

「お、ミオちゃんにメイちゃんじゃーん!」

「久しぶり!」

「なに、素材集め?」

「もしかして、そのおっさん、護衛なの?」

「俺たちが変わってあげるよ。格安で護衛してあげる!」

 祖母が存命の時から工房にも顔を出すものの、商品を買うことはなく、あれこれ話しかけてはメイとミオを連れ出そうとする者たちばかりだ。

 それでも、いつかは客になるかもしれない。むげにすることはできなかった。

「ううん、もう採取は終わったから」

「今から帰るところなのよ」

 ミオにならって、メイもまたやんわり断った。しかし、冒険者たちは口笛を吹き、しつこく誘う。


「あれぇ、メイちゃん、今日はズボンなの? ざんねーん」

 メイは顔がこわばるのを感じた。


 ふと、西日をさえぎられてメイは自分が知らず知らずのうちに俯いていたことを知る。見れば、ジェイクがメイとミオを冒険者たちから隠すように立ち位置を変えていた。力自慢の冒険者よろしく大柄ではないジェイクの背中が大きく見えた。


「おい、あれって」

「確か、まんねん、」

「あそこの、……おいだされ……」

「えーっ」

「笑う!」

 ひそひそ話し合い、吹きだす冒険者たちに、メイは嫌な雰囲気を強く感じた。

 無性に腹が立った。

 なんのことか分からないが、ジェイクを馬鹿にしているのだ。


 ジェイクのことを知りもしないで、と思いつつ、メイは後ろめたくなる。ジェイクの言うとおりだった。ズボンをはいているのかと言われた。状況に応じた格好をしろとさとした分別のあるジェイクと違い、メイもまた場違いな格好を好む冒険者と同じような人間だと思われているだろうか。あれはちょっと我がままを言ってみたかっただけなのだ。ミオは理解してくれるだろうけれど、出会ったばかりのジェイクには分からないだろう。


「行こうよ」

 ミオもまた声が硬い。それはそうだ。こんな風に連れのことを悪く扱われて良い気持ちはしない。

「ああ。そうだな」

 返事をしたジェイクが振り返るのを、メイが上目遣いになって見上げる。

「気にするな。冒険者の中には色んなやつがいるさ」

「うん、それは知っている。そうじゃなくて、あの、わたし、ズボン」

 なんと言えば良いのかわからなくて、メイはただただ言葉を羅列させる。

「ああ。あんなやつらに見せるためのおしゃれじゃないだろう? メイにもっと相応しい相手に見せて可愛いって言ってもらえ」

 なんてことないように言われ、冒険者たちと一緒くたにされなかったことに、メイは安堵した。

「うん! そうする! ふふ」


 ミオが小首を傾げる。

「おじさんはそら見ろ、自分が言った通りだろうとは言わないのね」

「メイ自身が十分思い知らされたというのに、追い打ちをかけるなんてこと、できないだろう?」

 ジェイクは肩をすくめた。

 メイは思わずミオを見た。姉もまたこちらを向いた。顔を見合わせて首をすくめて笑い合った。


「でも、」

 ジェイクが続けるのに、ふたりはそちらを向く。

「メイ、君になにかあったら、君だけじゃなく姉さんも傷つけることになるんだということを覚えておいてほしいとは思うな」

「うん、わかった」

 メイは神妙な顔つきでうなずいた。ミオがなにも言わずにそっと手を握って来た。その手を握り返す。

 この温かい手があるから、大丈夫。メイは馬鹿なことをしない。そして、ふたりで立派な錬金術師になれるよう目指すのだ。


 でも、たまに。たまになら、小さな我がままを言ってもいいよね?



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