39-3.
正直、Sランク錬金術師サルトスはともかく、Sランク魔術師ニコラスになぜなつかれたのか分からない。双方ともに誰からも尊崇の念を向けられるだろうが、いかんせん、常人とは異なる。ニコラスなど、すこぶるつきに破天荒である。
護衛をしてみたジェイクからしてみれば、両人ともに人が興味を示さないものにつきっきりになった。護衛する側としてはやりにくい。だが、そういうものだとジェイクは思っていた。
ニコラスは魔獣との戦闘時、前に出てきた。<ブンブンの杖>を試してみたいという魔術師の護衛、としか聞かされていなかったジェイクは驚きつつも「これが変人か」と思ってフォローに入る。Sランク魔術師は変人だと聞いていたのだ。だから、冒険者ギルドでも彼の護衛には慎重になった。ただ戦闘技術があるだけでは、この依頼は受けさせられないとされていた。
戦闘が終わった後、爽やかな笑顔で、「良い連携だったね!」と言うのに、「あんた、何考えているんだ!」と怒鳴りつけた。ニコラスは平然というよりも、鼻を鳴らして見下す視線を寄越した。
「別にわたしの行動でわたしが死んでも、それは君の責任ではないさ。依頼料をきちんと支払うように言ってある」
「そうじゃない! 魔術師が最前列に出てくるなんて!」
「一度、この<ブンブンの杖>を試してみたかったんだ。一撃必殺って本当かなと思って」
「だったらそれならそれで、あらかじめ言っておいてくれ。方策を考える」
ちゃんとした装備をしていない魔術師が前衛に出るつもりなら、前もって言っておいてくれと言うと、ニコラスは白けた表情から一転、きょとんとする。
「うん? 止めないの?」
相手が聞く耳を持つのが分かったので、ようやくジェイクも荒い言葉遣いを改める心の余裕ができた。
「あなたが止めても、やる人なんだとわかりました。だったら、取りうる方法で一番安全な方法を考えます」
ジェイクは相手の目を見て半ば懇願するように言った。
「ちゃんと話をしてくれるのなら、それ相応の対応をとれます。それがあなたの身を守ることなんだとわかってください。あなただって、別に死にたいわけじゃないでしょう?」
「もちろんさ。死んだらそれっきり。もう魔術を行使することも研究することもできないのだからね」
飄々(ひょうひょう)とした返事をするものだから、さほど彼の心には響いていないように思われた。
しかし、そういうやり取りの後、Sランク魔術師は前もってああやりたい、こうしたいという話をしてきた。だから、ジェイクは彼の望みをかなえるのに最も危険が少ない方法をとることができた。
魔術師というものは護衛の戦士が自分を守って当たり前、それができないのは技量がないせいだと思いがちだ。だから、ジェイクの要望に応えたSランク魔術師も、自分に譲歩させたとして最低評価を下すものと思っていた。
だが、冒険者ギルドに届いたのはSランク魔術師の最上級の賞賛と謝意、魔術師組合からのジェイクを高い評価と報酬の高額上乗せだった。魔術師組合は次のランクアップ試験での考査に強い後押しを請け負った。半ば圧力ともいえるほどの迫力があったという。
しかも、すぐにまたニコラスの名で護衛の依頼が入っている。
事前にどこへどういう目的で行くか、寄り道を考えているのであれば、それを教えてくれるならと条件をつけたら、準備段階から組み込まれた。魔術師の弟子であるというギルバートとともにあれこれ使いっ走りをさせられた。同病相憐れむ。こうして、ジェイクはギルバートたちニコラスの弟子と交流ができた。
ギルバートや他の弟子たちにコツを教えてもらい、また、ジェイクはジェイクで自分の持つコネ、主に冒険者たちに関する伝手を使った。弟子たちの力が及ばない点で大いに活躍することができ、彼らと強固な絆ができた。ニコラスの弟子は高ランク魔術師ばかりだ。そのうちのひとり、Aランク魔術師であるギルバートが一番ジェイクと意気投合した。
なんでだ。
護衛中もなぜかSランク魔術師はことあるごとにジェイクに話しかけてきて、魔術に関しては素人に近いジェイクが頓珍漢なことを言っても馬鹿にしたりせず、一般人はそういう風に考えるのか、と鷹揚に受け止め、気が向いたらあれこれ説明してくれた。ジェイクはそうやってなにからでも学ぶことがある点はさすがは高ランク魔術師だと思った。
草の汁にかぶれて難儀している付き添いのギルバートに、Sランク錬金術師サルトスから教わった草を揉んで塗るという簡単な処方を教えてやると、ニコラスも興味深く聞いていた。
「魔術でもこういう植物の特性を利用したりするんですか?」
「する人もいるよ。魔力は万物に宿っているからね。【神秘のアルルーン】なんか特に魔力含有量が高いよ」
ニコラスは知識に対して貪欲で、ジェイクが少しばかり草木に詳しいと知るとあれこれ質問してきた。
Sランク錬金術師から教わったというと、彼から学べるなんてすごいことだよといった。
「なんだい?」
「ニコラスはSランク錬金術師と仲が悪いと思っていました」
「ああ、嫌いだよ。だって、憧れの人と名前が似ているんだもん」
そんな理由でか、とは言わないでおいた。人がなにに重きを置くかはそれぞれだ。だから、違う呆れた点を挙げておいた。
「だもんって、子供ですか」
「子供でいいもーん」
むきになってことさら幼稚な物言いをする。
こやつめ。
ジェイクからしてみれば、ニコラスもサルトスもどことなく似ていた。もったいぶったところはなく、物言いも柔らかく、ニコラスに至っては子供っぽいほどだ。ちなみに、双方ともにジェイクよりふたつみっつ年上だ。だが、外見はふたつみっつ年下に見える。
解せぬ。
自分が気になる対象にまっしぐら、それをしても危険がないほどの魔力が備わっている。しかし、傍で見ている側からすればはらはらする。ジェイクは護衛だが、おとなしく守られておけとは言えない。なぜなら、彼らが好きに行動するために雇われているからだ。
魔力が高く知識が豊富でも、身体を鍛えているジェイクとは違い、魔術師は体力に乏しい。
「ああ、はいはい。子供ですもんね。ほら、おやつですよ」
言って、干し果物を食べさせる。頻繁に栄養補給させるのも自分たちの役割であると弟子たちから聞いた。そこで、ジェイクは試しにニコラスに干し果物をやると、甘みが強いと気に入った。栄養価が高いので、ちょうど良い。
「わーい」
ジェイクはついでに他の魔術師たちにも食べさせる。
そのすきに、ニコラスはもっくもっくとほほを動かしながら、すぐまたほかの対象に興味を持ってそちらへふらふら向かう。
「水も飲んで」
「うん」
他の弟子にはそうでもないのに、ジェイクには子供のような振る舞いをするものだから、あれこれと世話を焼く羽目になった。ニコラスも彼の弟子たちもぞんざいな態度を取っても文句をつける者はおらず、ジェイクもうっかり普段通りふるまった。呼び捨てにして良いと言われ、そうした。かろうじて敬語を使っていたくらいだ。
ニコラスが聞く耳を持っており、必要だと判断すれば素直に受け入れてくれていたのだということは、後に不肖の弟子を得てから思い知らされることとなる。
ギルバートはジェイクが王都を離れることになった際、最も別れを惜しんでくれた。
正確には相当に引き留められた。
「なんとかアントウェルに留まれないのか? お前はあの方に言い含められる貴重な存在だ! なんなら、魔術師組合専属の冒険者にしよう。もちろん、待遇は相応のものを、好条件を用意する! 上に掛け合う!」
同年代のおじさんに泣きべそですがられてもなあ、とジェイクは内心苦笑する。それに、事はジェイクだけの問題ではないのだ。
「上に掛け合うって、あんたより上がいるのかよ」
「だから議会にかけたらほぼ決まりだ!」
「放せって。まあ、ニコラスはあんな人だが、学ぶことは多いだろうさ」
「なにを! あの方は素晴らしい方だ! 魔術理論も技能も魔力量も随一だ。少々破天荒なだけだ!」
「破天荒に少々もなにもあるかよ」
「わたしを見捨てるというのか!」
「見捨てるって、俺は一介の冒険者だって!」
「だから! うちの専属の冒険者になれって! な?」
あやうく、各方面に手を回されて王都を出られないようになるところだった。これはいかんと思って早々に出てくるしかなかった。
ちなみに、ギルバートを振り切るために、ニコラスやサルトスと別れを惜しむ時間が大幅に削られたので、彼は双方から恨まれていると手紙が届いた。
なんだかな、と思いつつもふたりになだめる手紙を送っておいた。




