39-2.
<クルッポの通信機>
離れた場所の相手と連絡を取り合える。レベルが低いとタイムラグがある。
一時間後に返答が返って来たという報告もあるが、
使用魔力が大きいため長時間繋いだままでいることは現実的でなく、
ガセネタであると推測される。
つぶらな瞳が可愛らしい、ハトの姿をした通信機である。羽根をぴんと伸ばして、空中から飛んでくる情報をキャッチする。使っていないときや収納時は羽根は身体に沿って折りたたまれる。
「魔力も相当必要になりそうだなあ」
ところが、受信側がふんだんに魔力を蓄えていると、発信側はそれほど必要としない。逆もしかりである。
なお、動力源である餌は魔力が籠ったパン型のものである。ちぎってあげた方が可愛い食事風景が見られる。そのままやると、クチバシでむしりとって食べるので、ちょっと怖い。
ジェイクはさっそく、サルトスに連絡を入れた。査問会議の結果を伝える。
『そうかい、それは良かった』
「サルトスのおかげだよ」
笑い声の向こうにわさわさという音がする。あちらも相変わらず、元気な様子だ。
『そう言えば、君、帰る間際にひと悶着起こしたようだね』
「あー、そっちに問い合わせがあったか?」
サルトスはSランク錬金術師だ。なにかと張り合う気持ちはあるだろうが、表立って居丈高なことはしないだろう。
『明確には。ただ、様子見と言うか、事情を探られたらしいよ』
「まあ、そっちの方は大丈夫だと思う」
『というと?』
「今年のランクアップ試験を受けるつもりでいる」
ちなみに、もうすぐだ。事前に申し込んであったとはいえ、査問会議や王都行きでばたばたしていて、当の本人のジェイクですら忘れかかっていた。
『それはそれは。応援しているよ』
そんなサルトスの言葉に、そう言えば、彼もまたジェイクにランクアップ試験を受けるように勧めていたと思い返す。
「ギルバートにはこの<クルッポの通信機>で連絡を入れておくよ」
今後、サルトスの工房に探りを入れられることがないように、手を打つと伝える。せっかく、便利なアイテムをもらったのだから、有効活用する。
『そうすると良いよ』
答えるサルトスは鷹揚なものである。
「今回は本当に骨折りしてもらって助かったよ。その上、迷惑をかけてすまんな」
『このくらい、お安いご用だよ。でも、気になるというのなら、またアントウェルに顔を出してよ』
「そうだな。そのときはチロも連れていくか」
『ああ、そうしてくれると、アルルーンたちも喜ぶよ』
サルトスとの通信を終えて、ジェイクは大きく深呼吸して気合を入れて、魔術師ギルバートに連絡を入れた。
『久しぶりだ。ジェイクが<クルッポの通信機>から連絡を寄越すなんてな』
Aランク魔術師であり、魔術師組合の重鎮でもあるギルバートの静かな声を懐かしく聞く。
「先だっては、挨拶もしないで悪かったな」
『いや、ニコラス師がお会いされたと伺った』
なるほど、あの局面で彼に会っていたからこそ、魔術師たちの追及の手は緩んだのだ。さらにいえば、ニコラスが追うなとでも口添えしてくれたのだろう。
「そんなに気に入ったのか、干し果物」
『ぶっ……』
通信機の向こうで押し殺した笑い声がしばらく続く。
魔術師組合で辣腕を振るい、多くの魔術師から畏怖の念を抱かれているギルバートはたまにジェイクと話しているとこんな風にフランクになる。自分のなにが面白いのかははなはだ不思議ではある。だがまあ、嫌われていない様子なので良しとする。
『ああ、相当好まれていた。あと、やけどの薬も』
「今、世話になっている家主が錬金術師でね」
『そうらしいな』
ギルバートの声音にはなんら変化はなかった。しかし、なんとなく、ジェイクは勘が働く。
「もしかして、ギルバートも口添えしてくれたのか?」
一方的な主張で呼び出された査問会議の結果は早々に到着した。Sランク錬金術師が擁護に回っただけではなかったのかもしれない。
『いや、組合の方にはしていない』
すぐにぴんとくる。
「というと、なんとかっていう貴族の方に?」
『オルブライト卿な』
言外にその通りだと答える。ジェイクはうなった。
「貴族にも圧力をかけられるのか!」
どれだけの力を有しているというのか。知人とはいえ、空恐ろしくなる。が、ギルバート自身もAランク魔術師で、多くの魔術師から敬われている人間だ。
『Sランク魔術師はそれだけ多方面に力を発揮する。多くの者がその力にひれ伏す』
自分が褒められるよりよほど、ニコラスの力が認められることに喜びを感じる態である。
そう、ニコラス、あの<ブンブンの杖>で魔獣を一撃で仕留められるかどうか試した破天荒な魔術師こそが、Sランク魔術師だった。
「あー、俺、敬語を使った方が良いか?」
今さらギルバートにかしこまるのは微妙な感じもする。
『ぶっ……』
ふたたび、ギルバートが吹き出す。向こうで呼吸困難に陥っている気配が伝わって来る。顔を見合わせているわけではないので、雰囲気で察するほかない。そして、思ったことはしっかり言わなければ伝わらない。だから、通信機を使うのは、いつもとは少しばかり勝手が違ってくる。
「おーい、ちゃんと息をしてくれよ。Aランク魔術師のギルバート師を笑い殺したってなったら、魔術師組合から追手がかかる」
ジェイクの言葉は、ギルバートの笑いの発作をよりひどくした。
「今年はランクアップ試験を受けることにした」
『らしいな』
復活したギルバートが答える。
なお、凄腕のギルバートが持つ<クルッポの通信機>も魔力はふんだんで、ジェイク側が使用する魔力量は抑えられている。長話もできようものだ。
ニコラスはジェイクの護衛ぶりを気に入り、しきりに早々にランクアップをしろと要求した。Sランク魔術師の意を汲むのは当然のギルバートは、魔術師組合の重鎮である。その立場を利用して、冒険者ギルドに働きかけた。冒険者ギルドにせっつかれるジェイクからしてみれば、よくぞ今の今まで売られなかったものだと思う。ギルバートの様子から、ジェイクがランクアップ試験に申し込んだことは冒険者ギルドを通じて魔術師組合に連絡がいったのだと分かる。
「ランクアップしたらしたで、難易度が高い護衛をさせられそうで怖いんだよなあ」
ジェイクがランクアップを渋っていた原因のひとつである。あとは不肖の弟子育成に手が掛かり、時期を逃したのだ。
「ニコラスのことだから、受けられるぎりぎりの護衛をさせられそうだ」
Bランクでも冒険者ギルドの受付の判断によっては、Aランクの依頼を受けることができる。
Aランクの採取の護衛ってなんだ。
ジェイクの恐ろしい予想はギルバートの平然とした言葉で肯定される。
『あの方ならば、ドラゴン討伐も容易だ』
ドラゴンも種族によって強さはぴんきりである。
「そうだろうよ。ニコラスなら、軍を率いなければならんドラゴンですら倒せるだろう」
『当然だ』
しかし、問題はその護衛に付き合わされるということだ。
誰が?
もちろん、ジェイクが。
「大人しく後方で魔法をぶち込んでくれるならまだしも、あの人、ドラゴンも<ブンブンの杖>で一撃で仕留められるかな、とか言って、触れんばかりに接近しそうだろう?」
『……』
沈黙は肯定である。
「ドラゴンでやられちゃあなあ。Sランク魔術師とはいえな。塔で大人しく研究してくれている方が、安全のためだ」
<ウッキウキのポーション>でも大量摂取したのかといわんばかりのウキウキ感で魔獣の前面に出られるのだから、護衛としては頭が痛い。
『ジェイクが高ランク採取に付き合えば、気が済むだろう』
「何回付き合ったら気が済むんだよ、それ」
先ほどから「採取」と言っているものの、ニコラスの採取は「魔獣素材」をも含む。つまり、討伐だ。
過去にも稀にしか存在しないSランク魔術師を、ギルバートは信奉している。実質的な魔術師組合の運営はニコラスではなく、Aランク魔術師が行っている。ギルバートもトップのうちのひとりだ。
「まあ、とにかく、ニコラスにも今年のランクアップ試験を受けると伝えておいてくれ」
やけどをお大事に、と添えて、ジェイクは通信を切った。
そうやってさりげなく気遣いするからこそ、破天荒な魔術師に懐かれるのだが、ジェイクは気づいていない。そのニコラスの信奉者であるギルバートが、いくら当の本人が呼び捨てにしろと言ったとはいえ、不快感を抱かない理由であるということも。
忘れたころに顔を出すチート第二弾。
ジェイクって結構すごい人なんじゃあ……。
錬金術師姉妹、100話に到達しました。
この先もミオとメイの成長を見守っていただけると幸いです。
私としては、またアルルーンを出したいです!




