↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第4話

 翌日、神官長の高らかな宣言のもとで開かれた緊急上層部会議の会場に、重い扉を叩く音もなく、ガタガタと異様な音が響き渡った。


「失礼します」


 静まり返る場内に足を踏み入れたのは、あの青い顔をした木っ端役人――執政官だった。彼の両脇には、小脇に抱えきれず、床を引きずるほどの分厚い証拠書類の束が抱えられている。


 いつもならおずおずと冷や汗を流しているはずの男の足取りは、奇妙なほどにまっすぐだ。


「な、なんだお前は!今は重要なお前のような下級役人が入ってきていい場ではない!」


 神官長が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。しかし、執政官はぴくりとも動じず、持っていた膨大な書類の束を、会議室の中央の長テーブルに叩きつけた。


 ドンッ!


「重要だからこそ、この場に参りました。これより、神官長および番様の排除を企む一派の不正、そして竜王様ご病状の真の原因に関する弾劾報告を行います」

「ふざけるな!平民の呪いを庇う気か、この無能が!」

「無能ではありません。私の仕事は、正確な処理と因果関係の究明ですので」


 淡々とメガネを押し上げながら、執政官は開いた書類の一枚を指差した。


「まず、神官長。あなた方は近年、宮殿の備品購入の名目で国家予算を不正に流用し、その見返りに特定の業者から多額の賄賂を受け取っている。これがその入出金記録です。さらに、排除を企む美姫たちと結託し、竜王様の番様に対して意図的に悪質な嫌がらせを行い、精神的ストレスを故意に蓄積させました」

「なっ……!ば、馬鹿な、そんなもの捏造だ!」


 血の気を引かせて叫ぶ神官長の前に、執政官はさらに別の書類を次々と突きつけていく。その手際よさは、まるで熟練の検察官のそれだ。


「捏造ではありません。すべて現行の竜都の法典に照らし合わせ、完全に立証済みです。竜王様が倒れられたのは呪いなどではなく、番様から流れ込んだ過度なストレスによるもの。すなわちあなた方の愚行こそが、竜王様殺害未遂に等しい精神的虐待の直接原因です」

「なっ、たかが木っ端役人が、私を誰だと思っている……!この私を処分できる権限など、お前のような下級文官にあるものかッ!!」


 追い詰められた神官長が、権力をかざして絶叫する。しかし、執政官はその冷え切った瞳のまま、一切の感情を込めずに言い放った。


「私の仕事は正確な処理の執行。……あなた方の処分も、感情や私怨によるものではなく、ただの規定の執行に過ぎない」


 執政官が取り出したのは、最高法規の執行を示す黄金の印章だ。


「規定違反、収賄、公金横領、および竜王様殺害未遂の罪により神官長、ならびにあなた方排除を画策していた美姫たちを、即日国外追放および全財産の没収に処します」

「い、いやよ、そんなの認めないわ!私を誰だと思っているのよ、私は高貴な!」


 排除派のリーダー格だった美姫が発狂したように叫び声をあげるが、すでに遅かった。執政官の合図とともに、部屋の扉が開き、厳めしい武装をした竜族の警備兵たちが雪崩れ込んでくる。


 神官長は青ざめたまま崩れ落ち、美姫たちは泣き叫びながら、そのまま両脇を抱えられて力尽くで連れ出されていく。


 会議室に響いていた傲慢な笑い声は完全に消え去り、そこにあったのは、法と正当な事務処理によってもたらされた、排除の静寂だけ。


 周囲の役人たちが恐怖と畏敬の入り混じった目で執政官を見つめる中、彼は崩れた書類の束を淡々と拾い集め、深く一礼した。


「それでは、次の業務に移ります」


 木っ端役人は誰よりも有能な粛清の鬼へと姿を変え、宮殿の最大にして最悪の癌を取り除いてみせた。


 神官たちを規定の執行によって一掃した執政官は、そのままの足で竜王の寝所へと向かった。


 ベッドの上で、いまだ苦しげにうめき声を漏らしている竜王に向かって、執政官はいつもの無表情な顔で淡々と告げる。


「竜王様。これ以上彼女をこの鳥かごに閉じ込めておけば、あなたも一緒に滅びます。いっそ人間界へ返すことも一つの手ですが……」

「断るッ!!」


 途端に、竜王がバッと起き上がった。顔色は相変わらず真っ青だが、目の奥だけは愛しい番を手放すまいとする執念の炎でギラギラと燃え盛っている。


「彼女を手放すものか!だが、どうすればいいのだ!財宝を与えても嫌がり、宮殿に閉じ込めれば日に日に弱っていく……私はいったいどうすれば!」

「簡単です」


 執政官は冷静にメガネを押し上げた。


「彼女は商売がしたいのです。この竜都自体を巨大な市場として捉えてもらい、閉じ込めるのではなく、自由に商売ができる権利を彼女に与えてください。それが、あなたも彼女も救う唯一の道です」


 その進言を聞き届けた竜王は、藁をもすがる思いで即座にフィリアへの全土営業特免許可を下したのだった。


 それから数分後。


「なーんだ!最初からそう言いなさいよ!」


 自室のベッドで塞ぎ込んでいたフィリアは、許可証を手渡されるやいなや、これまでの病人のようなげっそり感を嘘のように吹き飛ばして跳ね起きた。


 その両目には、商売人としての鋭くも輝かしい光が戻っている。


「この国、とんでもない巨大市場じゃない!王都じゃ手に入らない希少な鉱山資源に、極上の魔素材がそこら中にザクザク転がってるじゃないの!なんで今まで誰も活用してなかったわけ!?」

「ひゃあ……フィリア様、なんだか急に生き生きとなさって……!」


 すっかりフィリアを崇拝するようになった容認派の姫たちが、圧倒的な圧に少し引きつつも目を丸くする。


「さあ、商売の準備よ!」


 そして、その復活劇による変化は、すぐに現れた。フィリアが満面の笑みで計算機を叩き始めた瞬間、彼女の精神的ストレスが完全に消滅。


 その精神的繋がりを通じて、寝込んでいた竜王の体にみなぎるような生命力が一気に流れ込む。


「おお……!みなぎってきたぞ!体の芯から力が湧き出る……!フィリアの笑顔、なんと美しいんだ!!」


 竜王は完全復活を遂げ、全快の咆哮をあげて再びフィリアの部屋へと突撃していった。


 そんな二人を少し離れた廊下の影から見送りながら、執政官はそっと懐から胃薬を取り出し、口に放り込む。


(……これで、竜王様の精神も安定し、宮殿の不正も一掃され、業務の平穏が戻りました)


 激務と胃痛の日々は終わった。そう思い直した執政官が小さく息をついたすぐ隣で、すでに商売全開のフィリアが大きく腕を広げて宣言していた。


「よし!まずはこの竜都の中心地に、バーンズ商会竜都支店をブチ建てるわよ!助手はもちろんあなたね、執政官さん!」

「……は?私ですか?」


 こうして、最強の竜王と、ちゃっかり者の商売人、そして巻き込まれ体質の苦労性役人による、前代未聞の大商売とドタバタの日々が、華々しく幕を開けたのだった。


 白亜の回廊を抜ける風の音が、遠くで静かに新しい時代の到来を告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。