第2話
後宮の広間に集められた各国・高位貴族の姫君たちは、見事に二つの派閥へと分極化していた。その中心にいるのは、もちろん竜王の番として連行されてきたフィリアである。
「フィリア様、お作法をご存知ないでしょう?私たちが作法を教えて差し上げますわ」
そう近づいてきたのは、おこぼれ狙いの美姫たちだった。竜王の寵愛を受けているらしいフィリアに取り入り、恩恵に預かろうという魂胆である。
しかし、根っからの商売人であるフィリアの目は、彼女たちの思惑の裏にある別のものを捉えていた。
「ねえ、あなたたちのドレス、裾の縫製が少し甘いわね。それに、この生地は輸入物の割に卸値が割高よ。……ちょっと貸して、裏からこう縫い直せば、動きやすくてほつれにくくなるから」
言うが早いか、どこからともなく取り出した裁縫道具で、美姫のドレスのほつれをものの数秒で直してしまう。おまけに、こっちの商会から仕入れた方が原価が三割安くなると実用的なアドバイスまで付け加えた。
高位貴族の姫君たちは最初こそ面食らったものの、実際に軽くなった裾に目を輝かせる。
「まあ……!フィリア様、すごいですわ!私たちのこと、ぜひ商売相手として考えてくださいまし!」「商売の話ならいつでも乗るわよ。お互い、生き残るための出費は低く抑えましょ」
すっかり懐柔された容認派とは対照的に、広場の反対側で冷ややかな視線を送る一団がいた。排除派の美姫たちである。
「ふん、たかが平民が竜王様の隣に収まるなんて、身の程を知りなさいな」
リーダー格である公爵令嬢が鼻を鳴らし、フィリアへの嫌がらせとして、国中から集められた使い道のないガラクタや古びた調度品の山をフィリアの自室に押し付けさせた。
しかし、翌朝。その山を見たフィリアの反応は、排除派の予想を完全に裏切るものだった。
「……ふーん。このドレス、裏地のシルクはなかなか上物じゃない。シミを綺麗に抜いて、小物用にほどいて再利用しよ。こっちの古い燭台は、真鍮を溶かして加工し直せば、新しい計算機のケースになるわね」
全くダメージを受けていないどころか、タダで手に入った良質な仕入れ素材として大喜びで解体作業を始める。さらに、ガラクタのタグや宮殿の出納記録の切れ端から、あることに気づいた。
(ちょっと待って……このガラクタ、わざわざ王都の怪しげな業者から法外な値段で買い取ってるわね。そして、その裏で不自然に金が動いてる痕跡が……。これ、裏で糸を引いてるの、あの頭の固い神官たちじゃないの)
嫌がらせの裏側に潜む、神官たちの公金横領と癒着の不正。
フィリアは怪しく笑いながら、羊皮紙の端にスルスルと数字を書き殴る。
(ふふっ、人を怒らせるとどうなるか、お金の計算で教えてあげるんだから。……さて、まずはこの証拠、あの青白い顔の執政官にでも突きつけてみようかしら)
平民と侮っていた少女は、後宮の片隅で、着々と敵を追い詰めるための罠を張り巡らせていくのだった。
長年、神官たちから跡継ぎを迫られ辟易していた竜王。しかし、そんな彼が突如として一目惚れしたのが、目の前でひたすら頭を抱えている人間の娘フィリア。
媚びない、お金と現実への執着が異常、自分の権力に怯えない。そのすべてが竜王にとっては新鮮で、どうにかして機嫌を取ろうと毎日のように部屋へと通い詰めている。
この日も、竜王は満面の笑みで部屋に押し入り、空間収納魔法の宝物庫から眩い宝石の山を床にぶちまけた。
「どうだ、フィリア!気に入ったか?世界の財宝の半分でも、我が愛しい番である君にくれてやろう!」
差し出されたのは、一粒で小さな国が買えそうな大粒の宝石の数々。しかし、フィリアの瞳に宿っていたのは感動ではなく、限界を迎えたストレスによる殺気だった。
「そんなことより外に出させてよ!!」
バッと立ち上がったフィリアは、山積みの宝石を一瞥すらせず叫んだ。
「換金できないガラクタを部屋に置くな!歩きにくい、邪魔、掃除のジャマ!露店でもいいから、片隅で商売させて!私に働かせてちょうだい!」
「なっ、なんだと!?財宝が気に入らないのか?ならばもっと黄金を」
「そういう問題じゃないの!私の心と体は、この計算機と帳簿と汗水垂らした労働で成り立ってんのよ!あと、この王宮特製のドレス、生地が重すぎて肩が凝るのよ!」
竜王の好意を完全に迷惑な不良在庫の押し付けと断定し、身をよじって文句を垂れる。世界の頂点に君臨する竜王が、ここまで露骨に嫌がられたのは初めての経験だった。
「わ、私はただ、君を愛しているからこそ最高の環境を……」
「最高の迷惑よ!こんな鳥かごに閉じ込められて、私の商売人としてのライフはもうゼロよ!」
あわあわと慌てふためく竜王の圧倒的なの求愛を、フィリアは現実的な不満と肩こりの訴えで完全にシャットアウトする。
(もうダメだ……このままだと、私、ストレスで無職死しちゃう……)
ふらふらとベッドに倒れ込み、遠い人間界の我が家を思い出して手のひらを冷たく湿らせながら、フィリアは小さく息を吐き出した。
竜王の溺愛は、日照り状態となった彼女の精神において、もはや毒ガス同然のプレッシャーとなっていたのである。




