聖女と医者
「失礼します」
最初に感じたのは消毒液の匂いだった。
「今日からここで働くことになったリリン=サフィアです」
返事がなかったがとりあえず名乗ってみると、部屋の奥にさらに扉があり、そこが開いて年配の白髪の男性が姿を見せた。その後ろから背の高い40歳くらいに見える茶髪の髪をうなじで結んでいる男性も続いて来た。
「あぁ、新人のみなし聖女さんですか」
白髪の男性が穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「儂はオリエント城で医者をしているベルト=アデラスだ。後ろにいるのが儂の弟子でもある医者のルーク=ソレスト」
ルークと呼ばれた茶髪の男性がわずかに目を細めて会釈した。その緑の瞳はリリスを値踏みしているような視線だった。
「昨日は顔合わせができなかったが、エジェスから話は聞いていた。リリンさんは聖女としての力もあるが、薬も扱えると聞いているよ」
「はい。すべてを聖力で治せればいいのですが、病気は治せません。私たち聖女が担当できるのは怪我専門だと思ってください。ですから、薬草などの知識も学んでいますし、少しですが調合の経験もあります」
聖女として神殿にいた頃に薬草の勉強もしていた。調合などもすることがあったが、専門の薬師ほどの腕があるとはリリスも思っていなかった。難しい薬の調合を頼まれても自信がない。
「儂らも調合はできるし、おそらくリリンさんよりも経験はあるだろう。君には補助をしてもらうことにするよ。怪我に関してはやはり聖女のリリンさんに任せることが多くなるだろう」
「そのためにいますから」
医者が怪我を治してしまったら、リリスがここにいる意味がなくなってしまう。ロベルトの許可をもらえたのに働かなければすぐに追い出されてしまうだろう。
「今日から働いてもらうことになるけれど、わからないことも多いだろう。儂らの補佐という形で仕事の内容を覚えていきなさい」
「はい。よろしくお願いします」
挨拶がすんだことで早速仕事に取り掛かることになった。
怪我人が来ない限りはリリスが聖女としての出番はない。その前に部屋の中の状況や道具などの説明を受ける。
「ここは診療と治療を行う部屋になる。隣に調合室があって、材料はその奥に保管されている。患者がいないときは、在庫確認をして薬の補充をしたり、新しく薬を調合しておく」
簡素な説明をしていくルークは、言葉の中に棘があるように感じたが、害があるわけでもないのでリリスは相槌を打って説明を聞いていった。
「調合室を見せてもらうことはできますか?」
今後リリスも薬の調合をすることになるだろう。部屋の確認と薬がどんな物があるのか確認しておきたかった。
「君は師匠や俺が指示した薬の調合をするだけになる。あくまでも補助として動いてもらう」
余計なことはせず、自分たちの指示通りに動けと暗に言っていることがわかった。
調合でできた薬は誰もが口にする可能性があり、命に直結することだってある。新参者のリリスに勝手な調合をされたくないのだろう。
「わかってます」
リリスがそう言うと、ルークは何も言わずに隣の部屋を案内してくれた。さらに奥にある材料が置かれている場所も見せてくれたが、思っていた以上に材料が豊富だったことにリリスは驚いた。
「ここは北部だ。魔物がいつ押し寄せてくるかわからないから、常に万全の状態を保つことを心掛けている」
淡々と話をするルークだが、いろいろな薬草などが揃っていることを自慢しているようにも見えた。これだけの材料が揃っていることを誇っているのだろう。
「とりあえず、リリンさんの調合の腕前も確認しておきたいね。後で調合を見せてもらうよ」
後から入ってきたベルトが棚の材料を眺めながら何を調合してもらおうか考えているようだった。
「わかりました」
リリスも最高聖女をしている間に何度か薬の調合はしている。ほとんどが聖力での治療なので、薬を使うことが少なかった。ここでは調合の腕もきっと必要になるだろう。どれだけ自分の力が役に立つのか判断するいい機会になると思えばいい。
「いざという時、役に立てるように頑張ります」
そう宣言して、リリスは気持ちを切り替えるのだった。




