謎の聖女
「ロベルト様。本当にあのみなし聖女を雇うのですか?」
「そのための契約書を交わしただろう」
執務室で書類に目を通していたロベルトに、リリンとの契約を終えて戻ってきたエジェスが開口一番に言ってきた言葉に首を傾げた。
エジェスがリリンを雇い入れることに難色を示していたことは雰囲気だけでわかった。だが、公爵家としては治療ができる聖女がいてくれることはありがたいことなのだ。その事情もエジェスは理解しているから強く反対はしないのだろう。
「あの女は帝都の神殿から来たと言っていました。追放されたと言っていますが、神殿の回し者という可能性もあります」
オリエント公爵領は神殿との折り合いが悪いのだ。ロベルトの代からではなく父の代でもそうだった。
「神殿がというよりも皇帝陛下が関わっている可能性もあるな」
神殿と折り合いが悪いというよりも、公爵家と皇家との問題に、神殿が皇帝側についているというだけの話だ。
オリエント公爵家は帝国の北部に位置し、北から侵入してくる魔物を防ぐ役目を担っている。そのため騎士団や魔法師団は帝国内で最強と言われても過言ではない実力がある。その力があまりにも大きくなりすぎることで脅威を感じたのか、代々の皇帝はオリエン公爵家を警戒してきたのだ。
神殿は皇帝側につくことで、公爵家と距離を取っている。
魔物との戦いには必ず負傷者が出る。それを治療できる聖女の力を借りたくて、何度も神殿に聖女派遣の要請をしてきたが、一度も聖女が北部にやってきたことがなかった。どれだけの被害が出たとしてもだ。
そのため、公爵家全体が神殿に不信感を抱き、今回リリンがやってきたことを疑問に思ってしまう。
追放されて行く当てがないから北部にやってきたと言っていたが、ロベルトはすべてを鵜呑みにしているわけではなかった。
「念のためリリン=サフィアについて調べてみよう」
彼女の言っていることが真実ならそれでよし。違うのであればその裏を突き止める必要があるだろう。公爵家を探るために神殿から密命を受けていた場合は、その証拠をつかんでそれなりの処分が必要になる。
どうなるかは調べてからになるだろう。
エジェスもロベルトの意見に賛成し、すぐに手配するため部屋を出て行った。
「何が起こるか楽しみにするしかないな」
リリン=サフィア。茶色の髪に、あまり見かけない紫の瞳をした美人ではあった。だが、会話をしていてどこか表情が乏しかった。感情が顔に出づらいタイプなのかもしれない。それでも会話の中で彼女の感情が読み取れる部分もあった。
「しばらくは様子見だが、その間は聖女としてしっかり働いてもらうことにしよう」
せっかくの治療ができる存在だ。使える者は使うべきだろう。
そんなことを考えてから、ロベルトは再び残っていた仕事に手を付けることになった。




